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71話 激戦

龍が最初に吐いたのは、咆哮ではなかった。

熱線だ。吸うより早く吐く、直線の白。

空気が蒸発して線路みたいに道を描き、そこにあった岩壁がまるごと消える。


「っ――!」


一歩、遅らせる。踏み出しを半足ずらし、上体だけ落として“雷”をやり過ごす。

熱が頬を剥ぎ取るように抜けて、髪が焼ける匂いがした。

遅れて爆ぜる音、岩が降り注ぐ。構わず前へ。


地鳴り。前脚の一撃。床を抉るほどの踏みつけ――地面ごと潰すつもりか。

膝を緩め、柄尻を下げて肩で受け、すぐに流す。骨が鳴る。背中に汗が走る。近い。踏み込む。


《ナミヒラ》が鳴った。刃というよりも鉄塊。魔力を通す。

刀身の周囲で、感覚が変わる。――重力偏向。

斬るというより、押し潰す。龍の首の付け根、鱗の向きが切り替わる“鍵”めがけて、上から叩き込む――


ガギンッ!


火花が飛び散り、刃が跳ね返った。鱗が、岩盤以上に硬い。

重さは通ったが、角度が悪い。肩まで痺れる反動が戻る。

だが、いつまでも間合いに居座ってはいけない。


尻尾がくる。横薙ぎ。見えた瞬間にはもう圧が来ている。

前へ。尾の懐へ潜り、《ナミヒラ》を柄から手放すように滑らせて“受け流す”。

鉄と岩が擦れる音。逆の手で束を叩き、尾の面を“ずらす”。

直撃が背面へ逸れ、黒曜の縁が粉砕される。


「おっかねぇ皮だな……」


龍が初めて声を上げた。熱の唸り。洞窟の天井から火の粉が降る。

咆哮。空間が振動する。今度は一直線に突進――地竜特有の四脚走。

岩盤が隆起し、振動で足場が割れる。

これを正面から受けるわけにはいかない。


「――雲耀うんよう


呟いた瞬間、空気が裂けた。

重力が一瞬“零”になり、身体が滑る。

残像を置き去りに、龍の頭の横を通り抜ける。

結果だけが残る。頬の側面が抉れ、血と熱風が混じって飛び散った。


「速ぇだろ。俺がいつまでもパワーだけだと思うなよ。」


右腕に痺れ。だが構わず前進。

龍が怒りに身を震わせ、両脚で地を砕いた。

岩柱が立ち上がる――地熱を利用した衝撃波。

真下から突き上げる。


「なら――」


足場を読む。刃を水平に。

砕空斬さいくうざん

地面の空気ごと叩き割り、衝撃を下方へ押し返す。

柱が割れ、熱が散る。


「お返しだッ!」


踏み込み。重心を低く、龍の腹下へ潜る。

呼吸のタイミングを読み、腹部の可動部へ《ナミヒラ》を逆手で打ち下ろす。

「――重破・弐」


落とす刃。斬るではなく、潰す。

腹甲が歪み、鉄のような音を立てて凹む。

龍の息が止まる。熱が噴き出す。


「まだまだだろ!」


火花のような血が飛び散る。

龍の尾が再び襲いかかる。だが、今度は読める。

三連撃――一、二、三。四発目の軌道を見切り、低く潜る。

“流す”。体を傾け、尾の軌道を押し逸らす。

足場が焼ける匂い。


(鱗の流れ、継ぎ目、熱の逃げ道――)


脳裏で組み直す。

龍は鈍いが“弱い”わけじゃない。自らを守る硬い鱗、巨体から繰り出されるパワーは俺にとってはどれも致命傷だ。

だが、勝てないわけではない。

決め筋は限られている。


「――心臓コアを割る。」


龍の胸骨、盾の中心。そこにあるのは心臓そのものではない。

――炎の核。この巨体を動かす原動力にもなっている。

厚い骨、重い鱗、熱の装甲。その手前に、呼吸のたびに“開く窓”がある。

胸郭の間隙。そこへ、どう“間”を合わせるか。


咆哮。地が沈む。

龍が体重を前へ移す瞬間――胸が開く。今。


「――一閃・終滅いっせん・しゅうめつ


踏み込み一歩。

ナミヒラの魔力をすべてつぎ込む。

刀身に重力が集中されていく。

もはや、振り回すことができるような刀の重さではなくなっている。


ズガン――!


洞窟が鳴った。床が沈み、黒曜の島がひび割れ、熱が吹き上がる。

龍の胸部に四角い穴が開き、そこへ重力が雪崩れ込む。

疑似コアが露出し、赤から白へ、色が変わる。

刃の背で“押し込む”。溶ける寸前の核がめり込み、心臓部の周囲の骨が沈んで砕ける。


レッドドラゴンが、初めて恐怖の声を漏らした。


「終いだ。」


刃を返す。核の縁に沿って“縫合を解く”みたいに、静かな軌跡で横一文字。

音が消える。熱が、ひゅう、と抜けた。


次の瞬間、爆ぜる。

赤い風。白い閃光。圧が襲い、耳が抜ける。

《ナミヒラ》を盾に、肩で受けて、足で堪える。

背中で岩を割り、肺の空気を吐き飛ばしながら、それでも立つ。


視界が戻ると、龍は膝を折り、巨体を支えられずに崩れ落ちようとしていた。

爪が黒曜を掻き、最後に金の瞳がこちらを見た。


そこにあったのは怒りでも憎しみでもなく、生き物としての本能――生まれたものの終わり。


「悪いな。今日は俺の勝ちだ。」


連真は一歩だけ近づき、静かに刃を振り下ろした。

頸椎の継ぎ目。抵抗は一度だけ。次には軽かった。


巨体が沈黙する。洞窟の熱がわずかに下がる。

赤紋の鼓動が遅くなる。息を吐く。肩の重みが現実に戻ってくる。

《ナミヒラ》を鞘に収め……ようとして、やめた。


床――黒曜の島に、筋のような“ひび”が走っている。

龍の核が沈んでいた、あの穴の縁からだ。

ひびは熱ではない。冷たい。空気がそこだけ“薄い”。


「……何だ、このひびは。ダンジョンの崩壊でもない。」


誰に向けてもいない文句。返事代わりに、ひびが一つ、カチリと増えた。

まるでガラスの向こう側から、誰かが突いたみたいに。


洞窟の上層――岩の天蓋に吊るされたようなマグマの川が、逆流する。

音が消える。鼓動も、熱のうなりも、吐息も、全部。


世界が一瞬、息を止めた。


「……何なんだ、これは。」


連真は《ナミヒラ》を握り直す。足場の感触を確かめる。深呼吸一度。

もしリュカオンが――この“ひび”の向こうにいる可能性がある。


「上等だ。行こうぜ。」


足先でひびの縁を踏む。そこは空気じゃなく、水面でもなく、何か“薄い”もの。

踏み抜く。黒曜の島が破れ、光のない暗い裂け目が、音もなく口を開いた。


落ちる――直前。背中の筋肉を強張らせ、膝を折り、重心を前へ倒す。

落ちるのではなく、“潜る”。《ナミヒラ》の切っ先を、亀裂の中心へ。


灼熱の洞窟は、音もなく遠ざかっていった。

感想がありましたらぜひよろしくお願いします。


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