69話 桜島ダンジョン化
桜島の噴火口付近――。
視界は、揺らぐ熱の帳で覆われていた。
だが、それは火山の熱ではない。地殻を侵した“異界の膜”が現実を溶かしている。
SIDの観測装置は、1時間前からこの地を「ダンジョン化」と判定していた。
入り口を探すのになかなか手間取ってしまったが。
――島津連真。SID Sランク所属。
この地における最初の抑止力。
今頃、別の隊員は人間狩りの対応に追われているはずだ。
皆、無事に帰ってこい。俺もぜってぇ生きて帰るからな。
「……それにしても熱が、下からだけじゃないな。空気ごと煮えてやがる。」
溶けた岩壁をなぞるように進みながら、連真は息を整えた。
背には、人間の常識を無視したような巨大な刀――《ナミヒラ》。
その長さはおよそ二メートル半。刀身はやや反り、刀身の幅は異様に広い。
ただの鉄ではない。ガンじいちゃんこと鹿児島支部のSID鍛冶師・ガノン・ロードスが、
「こんな馬鹿の刀は前以外には振れん。作るのも大変じゃったわ。」
と笑いながら鍛えた特装刀。
魔力を通すと刀身が“重力偏向”を起こし、斬撃に重さが宿る。
常人なら構えた瞬間に骨が砕ける刀だ。
「……ガンじい、冗談じゃねぇな。」
汗を拭う手の甲が焼けるように熱い。だが、進むしかない。
ダンジョンは自然発生型よりも遥かに不安定だ。
そもそも出来立てのダンジョンは成長する。
それがいったいどこまででかくなるのか、想像がつかない。
肥大化する前にダンジョンコアを破壊しないと、この付近の人里すらも飲み込む可能性がある。
連真は一度だけ無線を入れたが、返答はなかった。
通信妨害と空間歪曲。予想通りだ。
「……やるしかねぇ。」
呟いた声が、赤い岩に吸い込まれる。
空間は広いようで狭い。直線を歩いても、同じ場所に戻ってくる。
視覚と距離感を狂わせる異界特有の“迷路構造”だ。
足元では、マグマの川がゆっくりと流れている。
生き物などいるはずもない――魔物以外はだ。
ボコッ……ボフッ。
溶岩の表面が泡立つ。
気泡の中から、ぬめった肉塊が飛び出した。
それは炎の形をしたスライム――マグマスライムだ。
皮膜のような体が弾み、灼熱の飛沫をまき散らす。
連真は避けない。右肩を半分だけ下げ、ナミヒラを抜く。
音は一つもなかった。次の瞬間、目に見えたのは軌跡だけ。
ジュシュッ。
スライムの核が、空中で四分割された。
地面に落ちるより早く、熱風が遅れて頬を撫でた。
「悪ぃな。時間がねぇんだ。」
その声に応えるように、天井から火蜥蜴が降りてくる。
鋼の鱗をまとい、口から黒煙を吐く。
連真は足を滑らせるように前へ。
地を蹴った音すら聞こえない。
瞬間、火蜥蜴の喉元に斜めの白線が走り、頭が落ちた。
「……こりゃ、強いのが生成される前にどんどん進まねぇーとな。」
岩壁の奥に、規則的な光。
ダンジョン特有の人工的な紋様が浮かんでいる。
近づくほど、空気が粘つき、耳鳴りが強くなる。
そして、広間に出た。
そこには、黒曜石の床と赤く光る紋章陣。
円形の部屋。天井はなく、空の代わりに灼熱の渦が回っていた。
「……中層か。随分と出来が悪い“人工地獄”だな。」
連真が一歩踏み込むと、床の模様が淡く輝いた。
周囲の壁がずれるように開く。
赤く光る裂け目から、金属の腕が這い出た。
「――お出ましか。」
現れたのは、鉄と岩を融合させた巨体。
全身が炉のように赤熱し、胸の中心には灼けた魔石が埋まっている。
灼鉄のゴーレム――この階層の守護者だ。
体高三メートル。拳の一撃でトラックを潰せるほどの質量。
「でかい図体だな。切りがいがある。」
連真はナミヒラを肩に担ぐ。
刀身の重さで、床石がわずかに沈む。
ゴーレムの腕が振り下ろされる。
――遅い。
連真は一歩も退かず、腰を落とし、初太刀を構えた。
「おりゃぁ!!」
気合と共に振り抜いた一閃は、空気を裂き、衝撃を押し出す。
刃ではなく“重さ”が襲う。
ゴーレムの腕が、衝撃だけで砕けた。
だが、すぐに再生。
溶けた金属が溶岩のように腕を再構築していく。
自動修復を制御している。連真は構えを崩さず、わずかに笑う。
「やっぱり核を潰さねぇと無理か。面白ぇ。」
ゴーレムが再び殴りかかる。
空気が重くなる。
その拳が届く寸前、連真は足の向きを半分だけ変えた。
ナミヒラの刀身を横に滑らせ、拳をいなす。
衝突の瞬間、金属が爆ぜる音。
だが連真は動じない。
逆に足で床を蹴り、体を反転させると同時に、刃を逆手に返した。
「その炉口、熱が逃げやすいな。」
刃が閃く。
ゴーレムの背面、炉の吸気孔を斜めに断ち切った。
内部の圧力が暴走し、炎が逆流する。
巨体が仰け反った瞬間、連真は再び地を蹴った。
刃を振り下ろすというより――叩きつけた。
刀の重みと重力制御の衝撃が、コアごと床にめり込む。
ズガァァァンッ!!
爆炎と共に、床が陥没した。
ゴーレムの胴が縦に裂け、赤い光が漏れ、やがて黒く沈んでいく。
残るのは金属と溶岩の混ざった残骸だけ。
連真は静かに刀を納めた。
「……中ボス、突破。こっからが本番か。」
だが、壁に刻まれた紋様がまだ光っている。
まるで“歓迎するように”。
空気がさらに熱を増し、奥の通路が開いた。
風が流れ出る。
熱ではない――魔力そのものの流れだ。
その先に、異様な存在が待つ。
「……この先、ダンジョンボスってわけか。上等だ。」
連真は肩の力を抜き、再びナミヒラを担いだ。
溶けた床を踏みしめながら、奥へと進む。
足跡のたびに、岩が赤く染まる。
だが、彼の背中は揺るがない。
誰もいない灼熱の回廊を、ただ一人で歩み続けた。
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