65話 部隊A
ヘッドセット越しに、緊迫した声が響く。
『――こちら結衣! 部隊A、隼人警戒を! 獣人が一体、そちらに向かっています! 単独行動、速度も異常に速いよ!』
久我隼人は即座に通信を返す。
「こちら部隊A、了解。座標を。」
『通路入口から建物を突っ切って向かっています! 進行方向は真南――! あと十秒で接触!』
「静、構えろ。来るぞ。」
「了解。」
静の落ち着いた声が夜気に溶ける。
一瞬の静寂――次の瞬間、轟音。
店の扉が吹き飛び、粉塵を突き破って黒い影が突進してきた。
白く膨れ上がる毛並み。羊のようなねじれた角。
両腕は岩のように太く、踏みしめるたび地面が沈む。
「メッメッメッ! 見つけたぞォ人間どもォッ! 待ってたかァ!? メェェッハッハッ!」
「……本物のバケモンだな。建物壊しながら出てきやがって。」
久我が低く唸る。
「こっちはSIDだ。素直に投降しろ。」
「メッメッ! それを言うのはなァ、強いヤツだけだぁ! 行くぞォッ!」
羊の獣人が雄叫びを上げ、体を回転させながら一直線に突っ込む。
地を蹴る音が雷鳴のように響き、空気が裂ける。
「速いッ!どういう動きなのよそれ!」
静が回避しながら薙刀を構える。斬撃。
だが――
ギンッ!
火花が散る。
刃は確かに当たった。
だがバソンの毛皮は金属のように弾いた。
「……嘘でしょ、毛が……刃を止めた……?」
「メッメッ! この毛はなァ、魔力で補強してんだよォ! お嬢ちゃんの武器じゃ傷なんて付くわけねェッ!」
羊獣人の拳が唸る。衝撃波のような風が迫る。
久我が咄嗟に割り込んだ。
「静、下がれ!」
久我はすぐに構えた。
羊の獣人の拳を刀でそらし静を下がらせる。
右手に握るのは量産刀不知火――近接戦闘用の刀。
左足を大きく引き、刀を頭上高く――天へ突き上げる。
「静、援護は不要だ。――こいつは俺がやる。」
「は? いきなり何言って……!」
「……俺だって示現流のはしくれだ。初太刀で決める。」
静の目がわずかに見開かれる。
その瞬間、地面を砕く轟音。
羊獣人――バソンが雄叫びを上げて突進してきた。
「メッメッ! 人間のクズがァ! 轢き潰してやるッ!!」
「来い。」
隼人は、静かに息を吸った。
空気が重くなる。
――兄貴の背中。
――あの豪剣のように。
――一撃に魂を込める“示現流”。
(俺も兄貴のように!)
そして――爆ぜた。
「――チェストぉぉぉぉぉッ!!!」
大地を蹴る音が雷鳴のように響いた。
踏み込み一歩、ただそれだけで距離が消える。
《一閃刀》が紅を纏い、夜気を裂く。
地を割る一撃が一直線に叩き込まれた。
ズバァァァァァンッ!!
閃光が走る。
風が爆発する。
斬撃の余波で倉庫の壁が粉砕され、
鉄骨が火花を散らした。
バソンの動きが止まる。
目に映ったのは、夜空を貫くような残光。
「メ、メェエエエッ!? そ、そんなバカな……!!」
胸元に紅い線が走り、血が噴き出す。
獣人がよろめき、重い音を立てて崩れた。
久我は構えを崩さないまま、
静かに息を吐いた。
「示現流――初太刀必中。兄貴の剣に、俺も少しは届いたか……。」
静が駆け寄り、息を呑む。
「……すごい! 私では歯が立たなかったのに……。」
「兄貴の構えをいつも見てたんだ。俺の力じゃ真似にすらならねぇが、気持ちだけは同じだ。」
静が微笑む――その刹那。
ズズッ。
バソンの身体が動いた。
ゆっくりと立ち上がり、血走った眼で笑う。
「メッ……メェェェ……! 人間の癖に……悪くねェな……! けどよォ……俺はまだ、角が折れちゃいねェッ!!」
「……タフだな。」
久我が再び構え直す。
だがそのとき――
『こちら結衣!! 部隊Bが……危険です!! ザクロと名乗った個体に苦戦中、応援要請!!』
通信越しの悲鳴。
背後で爆音と叫びが混ざる。
「結衣!? どこだ、位置を言え!」
『……部隊Bの初期位置より少し北に移動中! ザクロに襲われてる、急がないと!』
結衣の通信から焦りが伝わる。
静が息を呑む。
「……竜太郎君達が!」
久我は拳を握りしめた。
「仲間を……見捨てられるかよ。」
だが、その足を止めるように――笑った。
「メッメッメッ! 行かせねェよォ! 俺はザクロの命令でなァ、“時間を稼げ”って言われてんだァ!」
「そうか。なら倒すまでだ。」
久我が地を蹴る。
再び《シラヌイ》が閃光を纏い、
羊獣人の咆哮と剣圧が夜を裂いた。
火花、衝突、爆風。
轟音とともに、二人の影が店の中に吹き飛ばす。
お互いに満身創痍で、隼人も口から流れた血を拳で拭っていた。
静が歯を食いしばりながら薙刀を構えた。
「私も援護を!」
「大丈夫だ!……ここは俺にまかせろ。」
再び羊の獣人が回転しながら隼人に止めを指しに突っ込んでくる。
「死ねメェ!!」
瞳を閉じ静に深呼吸をする。ゆっくりと頭上に刀を持ち上げ拳に力を込め、声を張り上げる。
ここで斬れねば俺が死ぬ!
「――チェストォォォッ!!!」
斬光。
爆発音。
夜空を裂くような音が響き――。
そして、沈黙。
久我の背後で、巨体が崩れ落ちた。
血と鉄の匂いが漂い、彼は振り返らずに通信機を握った。
「こちら久我。部隊A、敵を制圧。
……これより部隊Bの応援へ向かう。」
静が頷く。
「走りながら応急処置します。行きましょう!」
二人が駆け出す。
その背後――瓦礫の中で、ピクリと動いた。
血の泡を吐きながら、歪んだ笑みを浮かべる。
「メッ……メェェ……俺の役目は……時間稼ぎ……これで十分だァ……後は頼んだぜザクロの旦那。」
――夜が震えた。
それは、部隊B――“ザクロ”の狂気が解き放たれる合図だった。
感想がありましたらぜひよろしくお願いします。
誤字脱字や設定がおかしいなど些細なことでも書いていただけたら嬉しいです




