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64話 リリーの最後

瓦礫の間を抜け、路地の奥へと走る。

肺が焼けるように痛い。折れた左腕がぶらりと垂れ、血の匂いが鼻腔を満たす。

だがリリーは笑っていた。


「……人間のくせに、やるじゃない……。

 流石に遊びすぎたね。――だけど、このまま逃げれば問題ない。」


――そう、逃げればいい。

銀狼の気配も遠退いていくこれはSIDから逃げきれば後はどうとでもなる。

あのホテルの辺りで少し回復してから弱そうなSIDの首をリュカオン様へ報告すれば済む。

そう思って、リリーは再び脚に力を込めた。


だが、走っても走っても――景色が変わらない。


同じ割れた街灯。

赤く錆びた看板。

角のコンビニの自販機の光。


「……あれ?」


再び駆け抜ける。

だが曲がり角の先には、また同じ通り。

空気が妙に重い。

音が吸い込まれたように静かで、風の流れすらない。


(……おかしい。……この感じ……?)


息が荒くなる。額を伝う汗が冷たい。

振り返るが、背後にも出口はない。


「……まさか、閉じ込められてる?」


その時――。


カツ、カツ、カツ。


夜の静寂に、ヒールの音が響いた。

ゆっくりと、こちらへ近づいてくる。

影が揺れ、月光に照らされたその輪郭が露になる。


白銀の髪。血のような紅い瞳。

そして、黒い日傘を差した一人の少女。


その姿は、まるで夜の中に溶け込む“夢”のようだった。


「……ごきげんよう。」


微笑。まるで舞踏会の挨拶のように、優雅に。


「“ミツキさん”に頼まれたんですの。

 敵を片付けておいて、って。」


「……ミツキ? 誰だそれは。」


「ご存じないの? あなたが先ほどまで恐れていた“銀狼”のことですわ。」


リリーは鼻で笑った。

「へぇ……あの化け物の仲間ってわけか。

 いいね、タイミングが悪かったな。ちょうど誰かを殺したい気分だったんだ。」


「まあ怖い。では――その“気分”のまま、どうぞお好きに。」


そう言って、ネリーは日傘を閉じた。

パチンという音が、やけに響く。


リリーは口角を吊り上げ、地面を蹴った。

一瞬で距離を詰め、拳を振り抜く。

風が唸り、アスファルトが割れる。


だが、少女の姿はふっと霞のように消えた。


「――っ、どこへ!」


背後に気配。

振り向くより早く、ネリーの指先がリリーの頬を掠める。


「まあ、速いのですね。でも粗暴ですわ。」


「……口の利き方を知らねぇな!」


爪が閃き、ネリーの身体を斜めに裂く。

確かな手応え。肉が裂け、血が飛び散る。


「ははっ、どうした。防御すらできねぇじゃねぇか!」


だが、ネリーは倒れなかった。

裂かれたはずの身体から血が流れ、地面に落ちる前に――蒸気のように霧散した。


「なっ……何だ今の……」


「“傷”というのは、わたくしの身体ではあまり意味を成しませんの。魔力さえあれば回復いたしますので。」

ネリーが微笑む。

その声は冷たく、どこか甘やか。


「あなたこそ、そんなに血を流して。痛くはないのかしら?」


リリーは息を荒げ、腹を押さえた。

確かに、いつの間にか出血が増えている。

あの時受けた傷が――広がってる?


「……いつの間に!何をした!」


「あら?少々速すぎましたかね……これでも緩くやったつもりでしたのに。」


頬に手を当てながら首をこてんと傾げながら挑発をしてくる。


「……チッ……っざけんな!!」


リリーは跳躍した。

ネリーの背後を取ると同時に、爪を横薙ぎに振り抜く。

鋭い風圧が夜を切り裂き、建物の壁が崩れた。


ネリーの身体が半ばから裂かれる――片腕、片足と切り落とされ地面にはね飛ばされる。

だが、黒く変色して地面の中に溶けていく。


「痛いじゃありませんか。」


「……な……!?」


すぐ後ろから、声が聞こえた。


「ですがその程度の攻撃でわたくしを倒せるだなんて思っていましたの?」


振り返ると、ネリーが無傷で立っていた。

さっき斬り裂いた手足が元通りに戻っていた。


「……どうやって……」


「影の中で移動しただけですわ。」


「……影、だと?」


「えぇご存知ありませんか?闇魔法を。」


ネリーの足元から黒い波紋が広がる。

闇が地面を這い、建物の影と繋がっていく。

その瞬間、リリーの全身を冷気が走った。


(……こいつ……この空間全体を支配してる……!)


「フフ……ようやく気づかれましたのね。」


「お前、いったい何をした!」


「何を? ただ、わたくしの“影”に落としただけですわ。

 出たければ、わたくしを倒せばいいんですの。

 ――倒せれば、の話ですが。」


「ふざけやがってッ!!」


咆哮と共に、リリーが地を蹴る。

超加速。目にも止まらぬ速度。

爪が弧を描き、ネリーの喉を狙う。


だが、ネリーはまったく動かない。


「動かねぇのか……なら死ねぇッ!!」


狙いを変え爪が確かに彼女の腹を貫いた。

肉を裂き、骨を砕く感触。

血が吹き出し、リリーの腕が肘まで沈む。


「……はっ、口ほどにもねぇな!」


リリーが笑う。

だが次の瞬間、異変に気づいた。

腕が、抜けない。


「……っ、なにこれ、動かねぇ……!?」


ネリーの指が、リリーの手首を掴んでいた。

そして、笑った。


「まぁ、本当に人の話を聞いていないんですわね。それにわざわざ近づいてくださって――ありがとうございます。」


ぞくり、と背筋が冷たくなる。


「な、何を――」


「わたくしの血に触れたことを、後悔なさった方がよろしいですわよ。」


ドクン――。


リリーの心臓が跳ねた。

腕から全身へ、焼けつくような熱が走る。

血管が浮かび、皮膚の下で黒い紋様が広がっていく。


「……なっ、熱いっ……何、これ……ぐ、ぐあああああああっ!!!」


「ふふ……わたくしの血は武器でもありますの。時には武器として、時には盾として、そして時には相手を蝕む毒としても。」


リリーは絶叫しながら腕を引き抜いた。

肉が裂け、血が飛び散る。

だがその傷も、同時にネリーの腹の傷が“逆流”するように塞がっていく。


「な、なんで……腹を貫かれたのに死なねぇんだ……!」


ネリーは、優雅に一礼した。


「まだ気づきませんの?わたくしは吸血鬼なのですが。おつむの弱い猫ではわかりませんか。」


その瞬間、ネリーの瞳が輝いた。

紅が溶け、光が闇に滲む。

周囲の影が揺らめき、リリーの足元を掴むように伸びてくる。


「なっ……!?」


「さあ、終わりにしましょう。

 貴方のそのカスみたいな魔力でも少しは足しになりましょう。」


「ふざけるなぁぁぁぁ!!」


リリーが跳躍する。

しかしその身体は途中で止まった。

影が絡みつき、動きを奪っていた。


「くそっ、離せ……離せぇッ!」


「無駄ですわ、貴方程度が抜けられるほど弱くわありませんので。」


ネリーが歩み寄る。

日傘の先で、リリーの顎を軽く持ち上げる。


「……安心してください。痛みは――すぐ、消えますわ。」


紅い瞳が光を宿し、狂喜の笑顔が溢れ出す。


「っ……や、やめろっ……!」


ザンッ!!


微かな音。

いつの間にか背を向けてサイス両手で持ちそのまま去っていく。

リリーの視界がずれ目線が地面へと落ちていく。

体から力が抜け目の前が徐々に暗くなった。


「……大したことありませんわね。。」


最後に見えたのはネリーがゆっくりと傘を開く姿だった。


「……後2匹ですわ。」


日傘が開く音とともに、影が街を包み込む。

闇が波のように押し寄せ、音が消えた。


――そして、月が戻ったとき、路地には誰の姿もなかった。


感想がありましたらぜひよろしくお願いします。


誤字脱字や設定がおかしいなど些細なことでも書いていただけたら嬉しいです

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