59話 銀狼の準備
夕日が沈む前――。
自由行動なんて言葉はもう形だけで、俺達は楽しむどころではなかった。
磯臭くなった服はコインランドリーに放り込み、靴も新しいスニーカーに買い換えた。
お陰で偉い出費になった。
フェンリルにはしばらくおやつ抜きだ。
『ひどい!!』
「おまえのせいだろうが!!」
それに悠真は「ごめんイツキン、俺ちょっと仙巌園見てみたいから行ってきてもいい?」なんて笑顔で言ってきた。
「付いていこうか」と言った俺に、あいつは軽く手を振って返す。
「1人で大丈夫。だからお前らは仲良くデートでもしとけよ」
……何の冗談だ。
仕方なく俺は靴を買い換え、いろはは「通信に必要な部品を集める」とか言って電気屋に消えていった。
そして今――。
俺はホテルの展望デッキから、夕暮れに染まる鹿児島の街を見下ろしていた。
計画停電のお知らせが、今日の十時頃にはニュースやスマホの通知で一斉に流れていた。
市内は「節電のため」だとか「設備点検の影響」だとか理由をつけられて、夜は早々に店が閉まり、人の足もまばらになっていく。
……よかった。いろはのお陰で、裏ではきちんとSIDに繋がったらしい。
表向きは停電、裏では“人間狩り”対策のために街を封鎖。
電気なんて無くても関係ない。
俺――いや、ミツキの目は夜目が利く。
闇の中だろうが、獣人の目なら問題なく動ける。
「準備できました」
いろはがそう言いながら、小さなインカムを差し出してきた。
「これなら……その、大きな耳にもきちんと収まると思います」
狼耳を意識した視線に思わず苦笑する。
小型のクリップイヤホンを止め、耳の根元にぴたりと合わせて装着。
服の裏地から通して襟に張り付けたマイクは、外から見てもほとんど目立たない。
「……ずいぶん手馴れてるな」
「訓練用に作った物を少し流用しただけです。問題なく通信できます」
さらに、いろはは袋を差し出してきた。
「それと……こちら。ミツキさんが動きやすそうな服を買ってきました。サイズは、えっと……」
言葉を濁しながら、彼女の耳が赤くなる。
……そうだ。サイズを図るとき、わざわざトイレで計測してくれたんだった。
渡された服はシンプルな戦闘向けのカジュアルウェア。
黒を基調としたパーカーに伸縮性のあるショートパンツ――尻尾や耳を隠しやすい仕様になっている。
「……ありがとな」
インカムとマイクを取り付けた服を手に、俺は深く息を吐いた。
もうすぐ“夜”が始まる――。
ホテルの屋根から片足を垂らしながらぼんやりと夕闇が桜島の稜線を呑み込むのを眺め。
潮風に混じっていつもと違う“重さ”が鼻腔を刺した。空気がざらつき、肌がピリリとする——魔素の異常な高まりだ。
『おっ、来た来た〜♪ いい匂い──すっごく“やる気”出そうな匂いだね!』
フェンリルが期待を込めて低く鳴く。だが今回はいつもの陽気な嘲笑ではなく、やや挑発的で生意気な調子が耳に残る。にひひ、と笑っているが、目は真剣だった。
(桜島。間違いない。やつがダンジョンコアを放り込んだんだ)
頭の中で連真の言葉が反芻する。だがはっきりしているのは「コアを置いた」ということだけ。敵の構成につい全部で何体いるのか、本当にそれだけなのかは不明だった。
ここにきてSIDと繋がっていない事が裏目に出るとは、まぁ今はそんなことを言ってもしょうがない。
「先に手は出せねぇよ。あいつが“人間狩り”を公言してる以上、一般人が巻き込まれるのは見過ごすわけにはいかねぇ。」
フェンリルが肩越しに囁く。言葉は生意気だが、その口調の裏に冷たい苛立ちが滲んでいる。
(夜の計画停電を宣言してあるお陰で夜の街は歩いている人間はほぼいない。
民家に押し入ったり、こんな時にスマホ片手にたむろして愚痴ってる若者には勘弁してほしいが。)
だが優先すべきは――人命だ。
俺はポケットからインカムのスイッチに手を伸ばし、耳元に押し当てる。小さなボタンに触れた瞬間、画面の向こうの声が瞬時に返るのがわかった。
「いろは、聞こえるか。今から動く。何かあったらすぐ連絡くれ。ホテルの部屋は絶対出るな。学校がもし避難するなら、俺の支援は気にせず避難しろ。携帯は失くさないでくれよ 。」
『はいはい〜、あなた様のい・ろ・は・す、応答ですよ〜♪ 了解しました、銀狼様。今から支部の網を追って、使えそうな情報を引っ張ります。あと監視カメラハッキング何ヵ所かしてあるのでそれでも見てみますね。そして部屋は一歩も出ません。もし何か入ったら即逃げますね。』
返事は、ネット越しのいろはらしい軽やかさと礼儀を混ぜた文体だったが、決意は確かだった。
「ならこっちも動く。まずは人間狩りの痕跡を見つけ次第潰す。可能な限り一般人の被害を抑える。それが済めば、ダンジョンへの接近を試みる。」
今から街の方に飛び出そうとした瞬間ふと、魔力の波を感じた。
『ねぇ、今のはあれじゃない?』
「あぁ、感知系の魔法だ。
よくこんな魔素の薄い所でこんな広範囲に使えるな。
だが、一体誰だ?SIDかそれとも敵か?」
『ミツキは感知苦手だもんね。』
「うるせぇ!あれ、結構細かい魔力操作が必要なんだよ。こんな広範囲じゃなきゃ使えるわ!」
誰かが動き出したと言うことはこちらも答えるか。
「俺もさっさと終わらせるぞ!!」
『よっしゃぁぁ!!』
俺は身体強化をあえてバレるように圧力を放つように解放した。
「馬鹿どもが人間狩り何て集中出来ないようにしてやるよ。せいぜい俺に宣戦布告したことを後悔して逃げ回れ!!」
『狩りの時間だぁぁ!!』
俺はホテルの屋根から弾丸のように飛び出した。
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