58話 夜間対策
分厚い鉄扉が閉じられ、重たい空気が部屋を満たした。
長机の奥に並ぶ隊員たち。その中央、壁一面の大型モニターには一通のメールが映し出されている。
件名:【至急】桜島に関する警告
差出人:【銀狼様のい・ろ・は・す】
――そこには「リュカオンを名乗る獣人が桜島をダンジョン化すると宣言。部下による人間狩りを今夜行うと発言。銀狼との小競り合い有り」という文字が鮮やかに並んでいた。
島津連真が机の端に立ち、腕を組んだまま全員を見渡す。
低く通る声が、会議室の隅々に響く。
「見ての通りだ。この“い・ろ・は・す”なる人物から、秋ヶ原支部と同時に我々鹿児島支部にも直通で警告が届いた。内容は一致している。リュカオンという獣人、桜島ダンジョン化、人間狩り、そして――銀狼との接触だ。」
画面の赤字で強調された【桜島ダンジョン化】の文字が光り、場の空気がさらに張り詰めた。
その瞬間、席のひとつから鋭い声が上がる。
「……い・ろ・は・す? 支部を何度もハッキングしていた奴か、何故こんな情報を」
茜が机を叩き、モニターを指差す。
「それに銀狼だと、何故“銀狼”が鹿児島にいる」
場の視線が一斉にモニターへと集まる。
“銀狼”――その存在が、この場の全員の緊張を一段階引き上げた。
そんな中、隣で目を輝かせる人物がひとり。
紅い瞳の少女、ネリー・カーミラが両手を胸の前で組み、小さく息を弾ませる。
「……ついに、会えますのね、ミツキさんに。あぁ、1秒でも早く……会いたいですわ」
その声はあまりにも無邪気で、場の重苦しさをほんの少しだけ揺らした。
島津は眉一つ動かさず、二人を見渡し、再び低く言い放つ。
「……質問は後だ。今は事態を整理し、対応を決める。
“銀狼”が敵でないなら利用する。だが――それを判断するのは我々だ。桜島及び街は今夜、完全封鎖する。
街にも表向きは計画停電と流して夜間の外出を控えるようにして貰うつもりだ。」
モニターに映る【銀狼様のい・ろ・は・す】の差出人欄が、赤く点滅を繰り返していた。
島津連真は背筋を伸ばし、全員を見渡した。
モニターに映る“リュカオン”の名と、【銀狼様のい・ろ・は・す】のメール。
それを背に、重い声が響く。
「――人員を分ける。桜島には俺が単独で乗り込む。
街に危害が及ぶ可能性があるなら無視も出来ん。俺が1人でダンジョンに先に乗り込み他の部隊は人間狩り鎮圧後に桜島の攻略に参加できる者は参加だ。」
会議室が一瞬ざわめく。しかし連真の眼光に誰も反論できなかった。
「そして、“人間狩り”の現場対応は次の通りだ」
彼は机上の資料を片手に読み上げていく。
「鹿児島支部より――Aランク、久我 隼人」
「承知した。必ず狩りは阻止する。」隼人の短い言葉に決意が滲む。
「Bランク、早乙女 静」
「……了解です。人命優先、ですね。」静は眼鏡を押し上げ、冷静に答える。
「桂 竜太郎」
「おうよ! 任せとけ、絶対に取り逃がさん!」豪放に笑って拳を握る。
「Cランク、有馬 徹平」
「ひゃ、ひゃい! が、頑張りますっ!」緊張で声が裏返った。
「園崎 凛」
「了解。命令通りに動くわ。」端的に答えるも、瞳の奥に闘志が光る。
連真は次に視線を茜たちに移す。
「秋ヶ原支部より――御影 茜」
茜は静かに黙り込み、短く頷いた。
「御影 悠真」
「了解! 一旦学校側に顔だけ出しに行き、昼に戻ってきます。」悠真は軽く胸を張る。
「ネリー・カーミラ」
「っ……あぁ、ミツキさんに会える……この胸の高鳴り、もう抑えられませんわ!」両手を胸に当てて、陶酔したように微笑む。
連真は息を整え、続ける。
「後方サポートは――日鞠のオババ筆頭に、島津 結衣、志藤 向日葵だ。」
「誰がオババじゃ! 後で説教じゃからな!」日鞠が会議室に一喝する。
「はいはい、日鞠様は落ち着いて」結衣が苦笑いでなだめる。
「……バックアップは任せてください! ですが名前は勘弁していただけると。」志藤が小さく、それでいて強い声で告げる。
連真は頷き、机をめくるように資料を探ると、さらに追加入りの人員を読み上げた。声が部屋に響くたび、各人が一言で応答する。
「医療班――藤村 真梨子」
「はいっ! 絶対に一人も死なせません!」と、若い女性が力強く手を上げる。眼差しには冷静な決意が宿っている。
「神楽 光」
「は、はいっ……私も全力で癒します!」と、小柄なハーフエルフの少女。耳の先が小さく震え、日鞠の孫という名に似合わぬ緊張と責任感を滲ませた。
「武器整備班――ミーナ・アイアンベル」
「よっしゃ、任せときな! 壊れても直すし、性能は上げてやるよ。」と、幼い顔立ちからは想像できぬ豪快な返答。油まみれの指で笑うその姿には頼もしさしかない。
「ガンじいちゃん」
「……フン。」
寡黙に一言。鍛え込まれた巨体と無駄のない口数が、彼の信頼感を裏付ける。
連真は一覧を仕舞い、最後に全員を見渡して言い放った。
「――以上だ。各員、己の役割を全うせよ。桜島の惨劇は絶対に許さん」
会議室に重苦しい沈黙と、それを切り裂く決意の熱が広がった。
誰もがそれぞれの胸に、これからの夜の重さを刻みつけていた。
会議の空気が一瞬引き締まったまま満場の視線が茜へと向く。
連真の宣言で役割はほぼ固まったが、茜は席を立ち、静かに歩を進める。床を踏む音が畳の張った道場にかすかに響く。
「連真殿――一点、確認してもよろしいですか。」
茜の声は穏やかだが揺るがない。皆を見渡すその視線に、雑念はない。
連真が軽く頷く。
「なんだ?」
茜は小さく息を整えてから続ける。
「連真殿が単独で桜島に乗り込むのは理解しております。ですが、現場収集(人間狩りの阻止や被害者の救助)を終え次第参加出来るものはどうやって移動をするのですか?」
連真はしばらく黙して皆の顔を見渡していた。やがてゆっくりと口を開く。
「人間狩りの部隊の敵も雑魚ではないはずだ。
俺の予想だとおおむね一部隊組めるぐらいの人数がそのまま続行となる予想している。
最速を考えるならヘリからパラシュートで降下し上陸そのままダンジョンへ突入と考えている。それにダンジョンの攻略は難易度も上がるその為体力が残っていない者の参加は認めない。」
茜は即座に返答した。短く、しかし確固たる声で――
「承知しました。」
悠真は胸を張って肩を揺らす。
「了解! 指示通りに動きます。」
ネリーは紅い瞳を細め、小さく一礼した。
「私はミツキさんが見つかれば何処でも構いませんわ。」
連真は三人を見渡し、短く命じた。
「準備が整い次第、各班は夜まで待機。通信は常に確保しろ。油断は禁物だ。
俺は先に準備をし桜島に乗り込む。」
室内には、引き締まった決意と緊張が交差した。各班はそれぞれの任務へと動き出す。
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