57話 本部へ
重厚な机を挟んで、鷲津は真っ直ぐに報告を述べた。
「――リュカオン。カラミタスの幹部と思われる存在が昨夜、鹿児島で銀狼と接触しました」
阿部理事の瞳がわずかに細まる。
「ほう……“銀狼”に首輪をつけられなかったか」
前に上げた報告書の銀狼にやはり興味があるか。
当たり前か表の戦力を使えぬ以上日々強い異世界人に対応するには強い異世界人をぶつけた方が早い、目には目をと言うことか。
だが、あれ程の戦闘能力を持った人物に首輪などつけられるはずもない!どうやって制御しろと言うのだ。
そんな愚痴をこの場で言っても仕方がないか。
「……かなりの戦闘能力を有しておりました。正面からの拘束は困難。むしろ敵対関係に陥らぬよう、言葉を選んで最小限の誘導をするのが精一杯でした」
阿部は腕を組み、机越しに低く呟いた。
「まぁいい。報告は受け取った。――さて、君が上げていた“星の狭間”の件だが」
鷲津の喉が、ごくりと鳴る。
「……」
「報告書は読ませてもらった。だが現在のところ、本部でも正体は掴めていない」
「……やはり」
阿部は静かに視線を落とす。
「予言の巫女にも確認を取ったが、『我も知らぬ。ただ良くない気配を感じるの』としか答えなかったそうだ」
「良くない……気配、ですか」
「そうだ。もしリュカオンとやらが、その狭間を開こうとしているのなら――早急に事態を収束させねばならん」
鷲津は深く頷いた。
「……承知しました」
阿部は言葉を切り替える。
「それと、銀狼だ。秋ヶ原に現れたかと思えば、今は鹿児島にいるそうだな」
「はい。現地の情報では、リュカオンと小競り合いが発生したとの報告がありました」
阿部の瞳がさらに鋭さを増す。
「……そうか。ならば方針は決まった。銀狼が敵でないのであれば、必ずこちらに引き込め。戦力は多いに越したことはない」
「了解しました」
阿部は腕を組んだまま、冷ややかに告げる。
「君の働きに期待している。……今後も国民のために尽力せよ。下がっていい」
鷲津は背筋を正し、深く一礼した。
重厚な扉を開き、足音を響かせて部屋を後にする。
その影を見送った阿部は、机の上に視線を落としたまま、小さく息を吐く。
室内に静寂が戻った、その時だった。
部屋の隅、闇に溶けるようにしていた影がゆっくりと動く。
姿を現したのは、深いローブをまとい、杖のような長い装具を携えた男。
まるで古き魔術師のような装い。だが、その瞳は冷たく研ぎ澄まされ、現代には似つかわしくない異様さを帯びていた。
「……良かったのか? 本当のことを言わなくて」
阿部は窓の外に視線を向けたまま、微動だにしない。
「構わんさ。いずれ、知ることになる。
ラプラスの棺は我々の課題でもあった。
本来我々では立ち入ることも不可能だった問題だ。それが急に動き出した、例の銀狼が現れてからだ。」
魔術師めいた男の口元がわずかに歪む。
「フッ……手遅れになる前に、すべてが整えば良いがな。」
阿部は答えず、ただ夜景を見下ろしていた。
東京の灯火は、何も知らぬ人々の営みを照らしている。
だがこの部屋の中だけは、冷たく、重く、別の世界の気配を孕んでいた。
SID本部の重厚な扉を抜け、夜明け前の東京の街へ出る。
高層ビル群の向こうに、白み始めた空が覗いていた。
東の雲を割って差し込む朝日が、フロントガラスを柔らかく照らす。
車に乗り込み、エンジンをかける。無機質な機械音と同時に、昨夜の緊張がようやく少しだけ緩む。
だが頭の中では、阿部理事の言葉が繰り返されていた。
(――“星の狭間”については調査中、か)
曖昧。つまり本部ですら正体を掴めていない。
だが“良くない気配”という言葉が、あまりにも抽象的で、逆に胸に残る。
(リュカオン……自ら幹部を名乗る獣人。
そして桜島をダンジョン化させると予告した。
これまでの件と同じなら、“星の狭間”とやらは奴らの狙いに繋がっているはずだ。
だが何故奴らはその場所に執着する。
この世界を乗っ取るなら初めから現れてから暴れればいいだけの事だがそれをしなかったと言うことは、この世界に興味はないと言うことだ。ならそこに何が隠されているんだ。)
ハンドルを握る手に力がこもる。
夜明けの道路はまだ空いていて、車はすいと進む。
その静けさが、余計に思考を加速させた。
(――それに銀狼。あれほどの戦闘力を持つ存在が、鹿児島にまで動いた。
味方でも無いが敵にも現状なってはいない。だが阿部理事の方針は“引き込め”。
正直、首輪をつけるどころか制御すら難しいだろう。無理にやれば……あの力が敵に回れば、こちらは詰みだ。)
息を吐く。曇ったガラス越しに、白く昇る朝日が車内を染める。
(俺に出来るのは、“国民を守る”という一点。
星の狭間が何であろうと、ダンジョン化がどれほどの規模であろうと――
俺は現場を束ね、最悪の犠牲を出さないことだ。)
サイドミラーの中で、東京の街が少しずつ明るさを増していく。
その光景に背中を押されるように、鷲津はアクセルを踏み込んだ。
(鹿児島は待ってくれない。……急がねばならん)
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