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56話 SID

SID秋ヶ原支部・管制室


深夜の支部に、唐突に暗号通信が走った。

差出人――【銀狼様のい・ろ・は・す】。


SIDの記録に何度も登場しながら、その正体をいまだ掴めていない匿名ハッカー。

ただひとつ確かなのは、“銀狼の関係者”であるということ。


久遠はモニターに表示された内容を食い入るように読み取り、そのまま鷲津へ報告した。


> 【至急報告】

鹿児島にて“リュカオン”を名乗る獣人を確認。

自らをカラミタス幹部と称す。

昨夜、桜島をダンジョン化すると宣言。

併せて「部下による人間狩り」を今夜行うと発言。

銀狼様との小競り合い有り。

警察が介入し戦闘は中断。SIDの姿は確認できず。

現地への即応対応を求む。




「……リュカオン?」

久遠が声に出すと、管制室の空気がざわめいた。


「資料にあるか?」鷲津が眉をひそめる。


「いえ。これまでのカラミタス情報には該当なしです。初出の名前ですね」


久遠の手がキーボードを叩き、過去のファイルを検索していく。


鷲津は低く唸った。

「カラミタス……やはりまだ潜伏していたか。No.4カーティスで最低でも四人は想定済みだったが……これでそのリュカオンのNo.次第では五人以上は確実する。」


「たしかに、このリュカオンが階級も戦闘能力も含め不明です。……“幹部”という自称だけでは裏は取れません」


「……それにしても」鷲津は椅子に深く腰をかけたまま、天井を見上げる。


「何故銀狼が鹿児島に居る? 秋ヶ原市での目撃情報は昨日なかった。いつも顔を出していたゲーセンにも現れず……。飽きたと思っていたが、まさかこんなとこに飛んでいたとはな。

いったい何故銀狼はここを嗅ぎ付けた?

我々の知らない何かを知っているのか。」


久遠の声は冷静だ。

「理由は不明ですが、桜島での“ダンジョン化予告”は看過できません。これは確実に動くべき案件です。」


鷲津は深く息を吐き、即断した。


「奴らの目的は“星の狭間”とそれに繋がる鍵だ。それは茜隊員の報告にもあったな。ならば、今回の動きもその延長線上と見るべきだ」

彼は机を叩き、命令を下す。


「久遠、鹿児島支部に直ちに連絡を入れろ。警戒体制を敷かせろ。……私は本部に報告し、追加の情報が上がっていないか確認する」


「了解しました」


久遠はすぐに鹿児島SID支部の専用回線を開き、指示を飛ばした。


「こちら秋ヶ原支部・久遠。緊急通達を送ります」


鹿児島支部の管制室に、張り詰めた声が響く。

当直の隊員たちが一斉に顔を上げ、状況を把握しようと端末に群がった。


「内容を確認……“リュカオン”なる未知の獣人、桜島のダンジョン化予告、人間狩り……!? 本当なのか?」


「信憑性は高いと見ています」久遠の声はブレない。

「今夜、桜島周辺に警戒部隊を展開してください。監視網を広げ、民間人の動きを制御。特に観光船やフェリーの運航は要確認です」


「了解! すぐに県警との調整も開始します」


鹿児島支部のオペレーターたちが一斉に動き出した。

地図上に赤いラインで桜島を中心とした警戒網が描かれ、各班に次々と指令が下されていく。

通信士は県警への連絡を取り、別の隊員は緊急装備庫を解錠。現場の緊張は一瞬にして最高潮に達していた。



通信を切った久遠が、静かに鷲津へ報告する。


「現地は即応体制に入りました。桜島周辺は今夜には完全封鎖されるはずです」


「よし」鷲津は頷き、立ち上がる。

「……本部にも既に話は通した。星の狭間に関する情報の進捗と新たなカラミタスの存在を報告してくる。

そのまま久遠が現場の指揮を取れ!

私はしばらく席を外す。」


久遠は冷ややかな視線をモニターに落とし、短く返す。


「……了解しました。後は、銀狼がどう動くか、ですね」


視線の先、モニターにはまだ“銀狼様のい・ろ・は・す”からの連絡履歴が点滅していた。

正体不明の協力者と、得体の知れない新幹部リュカオン。

そして“桜島ダンジョン化”の予告。


秋ヶ原SID支部の空気は、これまで以上に重く張り詰めていった。



SID本部 東京千代田区のとあるビル


夜を切り裂くネオンとヘッドライトの群れを背に、鷲津は一際高くそびえるビルの前に立っていた。


四十階を超えるガラス張りの超高層。その正面玄関には「国際安全保障研究機構」と銘打たれたプレート。

だがこの場所が、実際にはSID統括本部――異世界事案を統括する組織の心臓部だと知る者は少ない。


自動ドアをくぐると、広々とした大理石のロビー。

深夜にもかかわらず、黒いスーツの職員が無言で立ち、受付カウンターの奥では光るパネルが淡々と稼働していた。


鷲津は迷いなく歩み寄り、革の手帳を開く。

中には金色で刻まれた「SID特異事案対策部」専用の識別証。


「……秋ヶ原支部の鷲津だ。本部理事に面会の要あり。通してもらえるか」


受付の女性は視線を上げず、冷静に証を受け取った。

端末に差し込み、数秒の沈黙。

背筋を伸ばしたまま小さく頭を下げる。


「確認を取りますので、しばらくお待ちください」


周囲は静まり返っていた。時計の針の音すら響きそうな緊張感。

やがてインカムに手を添えた受付が、再び顔を上げる。


「……確認が取れました。理事より直接、地下区画へご案内するよう指示がございます」


「……なるほど。相変わらず厳重だな」


鷲津は手帳を受け取り、無言で頷く。

奥の廊下に案内されると、そこには一般職員のIDカードでは決して開かない鋼鉄のエレベーターが待っていた。

パネルの横には複数の認証装置――指紋、網膜、そして識別証の三重セキュリティ。


職員が手際よく操作を済ませ、恭しく一礼する。

「こちらから、お願いします」


重い扉がゆっくりと開く。

冷気を含んだ空気が吹き出し、エレベーター内部は無機質な銀色の壁に囲まれていた。


鷲津は一歩、足を踏み入れる。

この先――SIDの中枢、統括理事が待つ場所。

そして地下には、Sランクの予言の巫女と呼ばれる存在すら幽閉されているという。


まるで異世界と現実の境界線に踏み込むような錯覚に、鷲津は拳をわずかに握りしめた。


「……カーティスが言っていたと言う星の狭間とその鍵。奴らが動く以上、ここからが正念場か。」


エレベーターの扉が閉まり、重々しい駆動音とともに、深淵へと沈んでいった。

エレベーターが沈黙のまま地下を抜けると、やがて静かに止まった。

鋼鉄の扉が左右に開き、眼前に広がるのは荘厳な長い廊下。

天井には整然と並ぶ白い蛍光灯が続き、床には黒と灰の石板が交互に敷き詰められている。

ここは――SIDの中枢区画。限られた者しか足を踏み入れられぬ、組織の「臓腑」。


鷲津は無言で進む。

左右の壁にはいくつも無人の扉が並んでいたが、そのどれもが鋼鉄製で番号が刻まれているだけ。

行き着く先はただ一つ、廊下の最奥。


そこに聳えるのは、異様なまでに重厚な扉だった。

黒檀を思わせる艶を放つ鋼板に、金色の装飾が走る。

それはもはや「扉」ではなく「門」と呼ぶべき威容。

その前に立った瞬間、鷲津の背筋に冷たい汗が一筋落ちた。


(……この中に、“SIDの頂点”がいる)


拳を握り、深呼吸一つ。

そして、ゆっくりとノックした。


――コン、コン。


数秒の沈黙の後、内側から低い声が響く。

「……入れ」


扉を押すと、重く鈍い音と共に開く。

中は広々とした部屋。

壁一面を覆う書棚、中央には深い色合いのカーペット、その奥に鎮座する巨大な執務机。


机の向こう――その椅子に腰掛けていたのは、統括理事 阿部 信三。

白髪交じりの短髪、刻まれた皺は年輪のように深いが、瞳の奥は獣のように鋭い。

着ているのは派手さのない濃紺のスーツ。だが、その存在感だけで部屋を支配していた。


鷲津はすぐに背を正し、重々しく頭を垂れる。

「秋ヶ原支部所属、鷲津。……ご面会の栄を賜り、光栄に存じます」


数度しか顔を合わせたことのない、SID現トップ。

普段なら末端の支部員が直接報告できる相手ではない。

今回こうして通されたこと自体、異例中の異例だった。


(……たまたま運が良かったのか、それとも――)

胸の奥に疑念が生じる。

いや、違う。

おそらくは上層部も、この案件を極めて重大なものとして捉えているということ。


阿部理事は視線を逸らさず、ゆっくりと口を開いた。

「――話は聞いている。カラミタスに関わる新情報を持ち込んだそうだな、鷲津」


その低く圧のある声に、鷲津は無意識に背筋を伸ばした。


感想がありましたらぜひよろしくお願いします。


誤字脱字や設定がおかしいなど些細なことでも書いていただけたら嬉しいです

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