55話、朝からシャワーだよ
朝方4時、俺は不快感で目が覚めた。
全身びしょ濡れだったのだ。磯の匂い付きでな。
「……は? なんだこれ……」
シーツはじっとり濡れているし、服は海水の塩でパリパリ。
寝汗なんてもんじゃない。絶対あいつの仕業だ。
フェンリルが勝手に表に出て暴れた――それしか考えられない。
(……クソ、マジ最悪だ)
慌ててシャワー室に飛び込み、熱めの湯を頭から浴びた。
塩気を落とそうと必死に洗うが、磯の匂いはなかなか取れない。
「……なんで俺がこんな苦労を」
洗面所の鏡に映る顔は、寝不足と疲労と苛立ちでひどい有様だった。
水滴を拭うたびに、耳の奥であの声が木霊する。
――『にひひっ♪ 楽しかったじゃん?』
「楽しくねぇよ! お前は楽しいかもしれないけど、こっちは洒落になってねぇんだよ!」
壁に頭をぶつけそうな勢いでタオルを被り、わしゃわしゃと拭いていると――
――『ねぇねぇミツキ夜散歩してたらさリュカオンって名乗った奴いてさ。』
「……誰だよ、それ」
――『黒い毛むくじゃらのデカい狼。自分で“カラミタスの幹部だ”って言ってたよ。屋根の上から“俺の軍門に下れ”とか偉そうに言ってきてさ。バッカじゃないの?』
「……カラミタスの幹部……マジかよ。で、襲われたって?」
――『うん。最初は言い合いだけだったけど、先手はもらった♪ ドーン!って蹴り入れたら、アイツ、海にボンッて飛んでった!』
「……お前が先に手ぇ出してんじゃねぇか」
――『にひひっ♪ でもさ、そっからがちょっと楽しかったんだって。海から“おもしれぇ”って戻ってきてさ、硬いし速いしで。足払いくらってドガァン!ってやられたけど、背後取ってドゴォ!って返したし、で楽しんでたんだけど人が来ちゃってさ。』
「いや、効果音いらねぇから。……で、“人が来た”って誰だ? SIDか?」
――『ちがーう。赤と青のピカピカ光る車に乗った人間。ほら、“そこで何してる!”って叫んでた。あれ、なんて言ったっけ?』
「……パトカー。警察だな」
――『そうそれ! 警察! SIDじゃなかった。だからさ、そこで続けると人間いっぱい集まって面倒だし。“続きは明日だ”みたいなこと言って不意打ちしてきた!卑怯だよ!!』
「……SIDじゃなかったのか」
もしリュカオンが本当にカラミタスの幹部なら、あいつらがまだSIDの目をかいくぐっている可能性がある。
「それにあの海の向こうの山?ダンジョン化するって、あと部下に人間狩りをするからお前に守れるかだってさ、うざすぎ!」
「桜島の事言ってんのか、それに人間狩りだと!くそ面倒さい事に巻き込まれてんじゃねーか!」
その情報をどすればSIDに知らせられる?
(悠真? いや、ダメだ。あいつに伝えたら俺の正体がバレるリスクが高すぎる。SIDの窓口なんて表には存在しない。直接連絡なんて取れない)
誰にも怪しまれず、SIDにだけ情報を届けられる人物……。
頭に浮かんだのは、一人の少女。
(……いろは。あいつなら“い・ろ・は・す”として、裏からSIDと繋げるかもしれねぇ)
シャワーを切り、磯臭い黒のパーカーと短パンを手に取る。
靴まで海水が染み込んでいて、鼻を刺す匂いが広がった。
正直触りたくも無いが。
「……これ靴どうすんだよ。洗っても乾くかこれ?あと4時間で……備え付けのファブリーズでもして明日の自由時間に買うか。」
ビニール袋を取り出し、濡れた黒のパーカーと短パンからパンツやら何やらをまとめて押し込み、きつく縛ってバッグの奥へ押し込む。
キャリーケースから制服を取り出し、静かに着替えた。
部屋へ戻ると、山田と森田が爆睡している。
時間は午前5時、窓の外はまだ薄暗い。
悠真は先生に呼ばれたきり、戻って来た様子がないなぜなら布団が綺麗なままだからだ。
ベッド脇に腰を下ろし、スマホを開く。
いろはの名前を表示させ、しばし画面を見つめた。
(……寝てるだろうけど、残しておくしかねぇ)
メッセージ入力欄に打ち込む。
「事件だ!!起きていたら連絡をくれ、詳細は起きてきたら話す。」
送信。
スマホを伏せ置き、俺は深く息を吐いた。
「……にしても、あの臭い服、洗濯しねーとダメだな。」
送信して数分も経たないうちに、スマホが震えた。
「……は? もう返ってきた?」
画面には、やたらテンションの高い文章が表示される。
> あなた様のい・ろ・は・す、です。
おはようございます!
朝から晩まで24時間365日、何時でもお返事いたします♪
「……コイツ、なんで文章と通信の時だけこんなハイテンションなんだよ」
思わず額を押さえる。リアルのいろはは物静かなのに、ネット越しだと別人すぎる。
続けてメッセージが飛んできた。
> で? 何があったの? “事件”って通知飛んできたけど。
俺は深く息を吐き、指を走らせた。
「……まずは、ちゃんと状況を説明しねぇと」
> 夜、“リュカオン”と名乗る獣人に襲われた。
そいつは自分を“カラミタスの幹部”と名乗っていた。
桜島をダンジョン化させると宣言し、さらに“部下に人間狩りをさせる”とも言っていた。
途中で警察が来て騒ぎになりかけて、その場は収まったが……SIDは気づいてない可能性がある。
送信ボタンを押すと同時に、胸の奥の不安がじわりと広がる。
(……これでいい。まずは向こうに伝えねぇと始まらない)
すぐに返信が飛んできた。
> わかりました、私がSIDに連絡しておきますね。
それと必要そうな情報も引っ張ってきます。いつもの部屋のPCじゃないから時間はかかるかもしれませんが、ノートpc持ってきてるので大丈夫です。
「……助かる。ありがとう」
思わず声に出してしまった。胸の奥の重みが少しだけ軽くなる。
続けざまに、いろはから新しい吹き出しが流れてきた。
> あ、そういえば鹿児島で“銀狼様”の目撃情報が掲示板で話題になってましたよ。いったい夜中に何をしてたんです?
俺じゃないんだけどな、まぁ、フェンリルの存在は知らせては無いしな。
「……散歩をな。すこしだけだ。」
> ……居酒屋から追い出されてる写真とか、ナンパ男をゴミ捨て場に突っ込んでる写真とか、貼られてましたけど?
「おい、何やってんだお前はほんとに!!」
思わずスマホを遠ざけて叫ぶ。
脳内でフェンリルがぷくっと頬を膨らませるような声を出した。
『お酒と焼き鳥食べようとしただけだし! 私800歳超えてるから合法だし!知らない奴でストレス発散できたし 私悪くない!!』
「お前の見た目はどう見ても子供なんだよ! よく見ても中学生だわ!!」
『……にひひっ♪ まぁ、楽しかったからいっか』
「“いっか”じゃねぇ!」
鏡越しに、自分の顔がひどく疲れた顔をしているのを見て、頭を抱えた。
不安も苛立ちも山積みだが――今はまず、SIDが動いてくれることを祈るしかない。
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