51話 合流
夕食後、廊下では女子たちが友達の部屋へ駆け込み、笑い声を響かせていた。
ベッド脇に置いていた黒いジュラルミンケースを持ち上げ、ベッドの上に置き中を開ける。
――紅桜とクレストエッジ、二本の刀が収められた私専用の収納。
指紋認証と魔力封印を併用した厳重な施錠で、私以外には開けられない。外から見れば楽器や貴重品のケースにしか見えない造りだが、中身を知る者は限られている。
技術部の部屋で握った感触が、まだ掌に残っている。
(……扱えるのか、私に。)
謎の幻影を見せられ取り乱してしまった。
胸の奥で微かにざわつく不安を押し殺し、静かに息を整え部屋を出た。
廊下を進むと、反対側の角から悠真が現れた。
彼もまた黒いケースを手にしている。中には《P90m》をはじめとするPM仕様の装備が収められているはずだ。
「準備はいいか、姉さん」
「ああ…仕事の時間だ。まずは顔を会わせに行かなくては。」
短いやり取り。だがそれで十分だった。
ふたりで並んで歩き出すと、悠真が小さく息を吐いて口を開く。
「……顔、固ぇぞ。まぁ、外支部の人に会うんだ。緊張もするか。」
「……余計なお世話よ」
「今回はSランク隊員もいるから前回みたいな失態は起きないさ。」
「気を抜くな、足元をすくわれるぞ。」
「はいはい、相変わらず厳しいですね姉さん。」
声を荒げず、淡々と返す。
悠真は肩をすくめ、わざと調子を崩した声で笑った。
だが私は表情を崩さず、ただ前だけを見据えて歩き続けた。
ホテルの自動ドアを抜けると、夜気に混じるぬるい風が頬を撫でた。
そのすぐ前に、深緑の袴姿で背筋を伸ばした女性が立っていた。
こちらと目が合うと出迎えるように深々と頭を下げる。
「お迎えに上がりました。早乙女 静と申します。」
凛とした声が夜空に響く。
静が案内した先に停まっていたのは、黒塗装のワンボックス――ハイエースだった。
窓はスモークガラスで覆われ、外からは中の様子が窺えない。
観光客の送迎車にも、運送会社の車両にも見える、目立たぬ一台。
「お二人は免許をお持ちかもしれませんが――高校生が表立って運転しては、いささか問題が発生いたしますので。」
茜は小さく頷き、視線を交わさずに短く返した。
「助かる。……案内をお願いする。」
悠真は片手でケースを持ち直し、肩をすくめる。
「ま、そりゃそうだな。生徒会長とその弟が夜の市内を爆走してたら、さすがに目立つ。学校も退学だしな。」
静の表情は変わらない。けれど、その瞳の奥にわずかに冷たい光が宿っていた。
「ご理解いただけて何よりです。……こちらへ」
先導する静の背を追いながら、二人は黒い車へと歩みを進める。
エンジン音が低く唸りを上げ、黒塗りのハイエースは夜の市街を抜けて海岸沿いの道へと滑り出した。
窓の外では街灯が点々と続き、時折視界の向こうに月光を反射した波がちらりと覗く。
運転席の静がルームミラー越しにこちらを見やり、柔らかい声を投げた。
「こうして直接お目にかかるのは初めてですね。御影流の後継者様に――いえ、秋ヶ原支部のAランクエージェント、御影茜様そしてその弟の御影悠真様。」
私は軽く首を傾け、膝上のジュラルミンケースに視線を落とした。
「……名前をそこまで知られているとは思いませんでした。畏れ多いことです。」
静は微笑を浮かべて、前方へ視線を戻す。
「薩摩にいても、その名は耳に入ってまいります。剣を受け継いだ御影流の後継者―― 一度お会いできる日を心待ちにしておりました。」
その声音に、形式的な礼ではない真心が滲んでいた。
助手席の悠真が、にやにやと口角を上げて割り込む。
「おお、姉さん。やっぱり有名人だな。」
「余計なことを言うな、後から訓練でしごくぞ。」
「任務前に勘弁してほしいなぁ、姉さん。」
私は小さく息を吐き、彼の軽口をいなした。
静がくすりと笑いを漏らす。
「支部では軽くですが宴の席をご用意しております。警戒ばかりでは身も心も持ちませんから……息抜きも、どうぞお忘れなく」
「宴、ですか」
私は目を瞬き、隣の悠真が待ってましたと言わんばかりに肩を揺らす。
「いいじゃん。鹿児島のうまい飯だぞ? 黒豚に焼酎に……あ、俺達未成年か。」
「当たり前だ。……ただし、食事だけでもありがたい話だ。」
呆れ半分に言い返すと、静が真面目な声色で続けた。
「皆で卓を囲むことも、連携を深める第一歩だと考えております。御影様達には少しでも寛いでいただければ幸いです。」
その言葉に、わずかに張り詰めていた胸の奥の糸が緩むのを感じた。
「……お気遣い、感謝します」
窓の外、桜島の稜線が夜空に浮かび上がる。
火山の影と月光の対比が、まるでこれから迎える嵐を予告しているかのように見えた。
座敷に通されると、既に膳が整えられていた。
卓の一方には秋ヶ原支部の面々――志藤、ミーナ、ネリーがすでに腰を下ろし、軽く言葉を交わしている。
茜と悠真も案内に従って席へつき、静が丁寧に頭を下げた
「ささやかですが、こちらでお食事をどうぞ。……襖の向こう部屋は男衆が酒を飲んで騒いでおりますので、こちらの方が落ち着いて話せるかと。」
襖の向こうからは、豪快な笑い声と杯のぶつかる音。
「おう隼人! もう一杯いけ!」
「兄貴、もう無理ですって!」
「馬鹿者、薩摩隼人が酒を断ってどうする!」
どんどん畳を踏み鳴らす声に、襖ががたがた震える。
志藤が苦笑し、ミーナは鼻を鳴らす。
「ははっ、こりゃ止められねぇな。ま、あの人らにとっては日常なんだろ」
そんな中、静が襖を開けて一人の少女を招き入れた。
「こちら、島津結衣。連真の妹で、武器製造を担う者です」
「はいはい、お待たせしました!」
割烹着姿の結衣が笑顔で料理を抱えて現れる。
黒髪を後ろでまとめ、元気いっぱいに皿を並べていく。
「兄ちゃんが“お前が運べ”ってうるさいからさ! はい、熱いから気を付けてね!」
ミーナがすかさず手を伸ばす。
「ほぉ、揚げたてじゃねぇか!」
「ちょっと、先に皆に分けるの!」
結衣が慌てて皿を押さえ、場が和やかに揺れる。
彼女は酒には手を出さず、湯呑みにお茶を注ぎながら卓を回る姿は、まるで妹分のようだった。
やがて再び襖が静かに開き、静が恭しく頭を下げる。
「――日鞠お婆様」
現れたのは、落ち着いた藍色の着物に細やかな文様の帯を締めた女性。
しなやかな肢体に滑らかな肌、二十代の姉さんにしか見えない若さを保ちながらも、その場に漂う気配は全員を自然と正座させるほどの威厳を帯びていた。
「まぁまぁ、よいよい静畏まらんで。
賑やかでよろしいことだ。
年寄りの耳には少々響くが……若さとはそういうものじゃろう。」
茜は思わず目を瞬いた。
(……お婆様? この人が? かなり若く見えるのに……)
ネリーがふっと笑みを浮かべる。
「……なるほど。エルフ、ですのね。見た目に惑わされるのは人間の悪癖ですわ。」
結衣が補足するように頷く。
「この支部じゃ“日鞠お婆様”って呼ぶのが普通なんだよ。だって、本当は千三百歳を超えてるんだから」
1300歳という年齢にネリー以外の秋ヶ原支部の面々は2度見していた。
「ほっほっ。とはいえ、日本に腰を落ち着けておるのは、ほんの三百年ほどにすぎん。江戸の頃からじゃな。まだまだ新参者のつもりよ」
その言葉に志藤が目を丸くし、
ミーナが「それは、スケール違いすぎますね。」と笑いを漏らす。
場の緊張は解け、笑い声と湯気が交じり合う。
日鞠は盃を掲げてにっこりと笑った。
「長生きは退屈に思われがちじゃが……こうして若い者らと卓を囲めば、まだまだ退屈にはならんよ。」
その一言で空気が柔らかく広がり、女座敷の宴は静かに、そして温かく始まった。
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