49話 校外学習2
展示室に入ると、ひんやりとした空気が肌を撫でた。
壁際には遺影と、淡い色に褪せた手紙が並んでいる。音声ガイドを耳に差し込むと、抑揚を抑えた声が流れ始めた。
「――若くして戦地へ赴いた彼らは、祖国を守るために自ら命を賭しました」
その言葉に、胸の奥がぐっと重くなる。
(……俺も、戦ったよな)
脳裏に浮かぶのは異世界の空。真紅に焼けた大地を背に、魔王が吐き出した黒炎。
世界を守るため。仲間を守るため。ただそれだけで拳や魔法を振るった。
何度も何度も、命を奪い合って―。
それが例え魔族や魔物であったとしても変わりはない。時には人を殺めた事もあった。
(正義のためとはいえ……結局は、戦争なんだ)
正義を掲げていたはずだ。
守るために戦っていたはずだ。
だけど拳を振り下ろすたびに、誰かの命を消したことに変わりはない。
展示ケースの中、震える文字で「帰りたい」と書かれた遺書が目に留まる。
その一行が、異世界で死んでいった仲間の瞳と重なった。
――最後に残す言葉は、どんな世界でも同じなのか。
『……ミツキ、顔暗いよ。ここは静かにする場所だけど、しんみりしすぎじゃん?』
(……放っとけよ)
フェンリルの軽口を受け流しながらも、足は自然と止まっていた。
展示されている手紙や遺影は、この世界のものだ。けれど、そこに映る想いは、俺の過去と同じ匂いを放っていた。
(平穏を望んでる。なのに……どうして俺は、戦いから逃げられないんだ)
バスが知覧を離れ、車窓の外に広がるのは夕暮れの田園風景だった。
赤みを帯びた空が畑を染め、遠くに見える山々が影のように沈んでいく。
後方ではトランプの勝敗に一喜一憂する声が響いている。
だが俺はその輪に加わらず、窓に額を寄せたまま、さっきの展示を思い返していた。
(……やっぱり、戦争ってのは、どんな理屈を並べても、ただの地獄だよな)
視線が泳いでいるのを見透かしたように、隣のいろはが小さく囁いた。
「……悲しいですね、戦争って」
彼女の横顔は窓に反射して、少し揺れて見えた。
俺は短く息を吐き、視線を落とす。
「そうだな。……展示を見てて、思い出したんだ。俺は、異世界で五年間……戦ってた。世界を壊そうとする魔王と、守るために立ち上がる人たちと。その中で…。」
口にしてから、自分でも驚く。いろはにここまで正直に話すなんて。
けれど彼女は驚きよりも、真剣な眼差しをこちらに向けていた。
「……だから、あんな手紙や遺影を見ても、どうしても他人事に思えなくて。命を賭ける気持ちも、守ろうとする想いも……あっちと同じで、重なって見えたんだ」
静かな沈黙が落ちる。
やがていろはは、そっと小さく微笑んだ。
「……やっぱり一樹くんは、特別なんですね」
「いや、特別なんかじゃない。俺はただ……もう二度と、あんなのに関わりたくないだけだ」
答える声は、思った以上に弱かった。
それでもいろはは、俺の言葉を否定せず、ただその隣に座り続けていた。
やがてバスは夕暮れ鹿児島市内の街並みを抜け、大きなホテルのロータリーへと滑り込んだ。
冷房の効いたロビーに入ると、ほっと息が漏れる。
正面玄関前には既に先生たちが並んでいて、まるで軍隊の点呼のように整列させられた。
その中に混じっているのは――秋ヶ原高校の生徒会長、御影茜。制服姿のまま凛と立ち、淡々と視線を巡らせていた。
(……外学習ってそんなに大事なんだっけ? いや、なんでよりによって俺たちのクラスに同行なんだよ……。)
先生が大声を張り上げる。
「一年B組! 部屋割りは事前に決めてあるだろ! 班長は前に出て鍵とプリントを受け取れ!」
列がざわめき、班長たちが順に前へ出ていく。
俺の班は――俺と森田と田中、そして悠真。
その悠真が班長に事前に決まってる。俺にちょっと行ってくると鍵を受け取りに歩いていった。
「これ、部屋で必ず回し読みしておけ! 質問はまとめて班長が聞きに来い!」
先生の言葉に「はーい」と気の抜けた返事が続く。
部屋に入ると、四人部屋の畳敷きに布団がきれいに並べられていた。
キャリーバッグを壁際に置き、それぞれが「どこに寝るか」で軽くじゃんけん大会になる。
「じゃ、俺ここな! 窓際ゲット!」
「お前ずるー! 俺もそこが良かった!」
賑やかな声が響き、自然と空気が緩んでいく。
「とりあえずプリント確認しとくか」
悠真が真面目に紙を広げる。
「夕食は六時半から大広間、風呂は七時半から八時半まで……だってさ」
「じゃあそれまで暇だな」
「よし、暇つぶし用に――これだ!」
どん、とベッドの上に置かれたのは小さなゲーム機本体。
「お前持ってきてんのかよ!? 怒られるだろ!」
「ばれなきゃセーフだって! ほら、せっかくだから皆でやろーぜ!」
悠真の目がきらきらしていて、止める気力も削がれる。
「異世界大乱闘な! 負けたらジュース買い係な!」
「おお、それいいな!」「よし、やろうぜ!」
瞬く間に布団の上に即席ゲーム大会が開かれた。
コントローラーを握った瞬間、部屋は笑い声と叫び声で満たされる。
「おいふざけんなよ! 今の絶対狙っただろ!」
『にひひっ♪ ほらミツキ、そこだ! ジャンプしろって!』
(お前は口出すだけで気楽だな……!)
笑い声に包まれるこの瞬間、俺はほんの少しだけ安堵していた。
戦いも血の匂いもない。ただの高校生として、友達と騒ぐ――それだけのことが、こんなにも温かいなんて。
あっという間に時間が過ぎ、時計を見た誰かが「あ、やべ、もう夕食の時間じゃん!」と慌てて立ち上がる。
慌ててコントローラーを放り出し、全員で服を整えて廊下へ飛び出す。
夕食会場の大広間に入ると、すでに長机の上には湯気の立つ鍋が並べられていた。
黒豚しゃぶしゃぶ、甘い香りの地鶏の陶板焼き、鮮やかに盛られた鹿児島名物の鳥刺し、さつま揚げ――テーブルいっぱいに並んだ料理は、普段の学食では絶対に味わえないものばかりだ。
「うおー、肉! 肉だぞイツキン!」
「落ち着けって……煮える前に突っ込むなよ」
隣で悠真がはしゃぐ声に、思わず苦笑いが漏れる。
熱い出汁に薄切りの黒豚をくぐらせ、ポン酢に落とす。ひと口食べると、脂の甘さがじゅわっと広がり、思わずため息がこぼれた。
「うま……」
『なにこれ!? 甘っ! とろける! おかわり! おかわりぃ!』
(……だから味覚は共有だって言ってんだろ!)
森田が鳥刺しを前にして首を傾げる。
「なあ、これって生で食って大丈夫なのか?」
「鹿児島の人は普通に食べるらしいぞ」田中が答える。
『いやいや絶対ヤバいって! 腹の中で魔物湧くやつじゃん! にひひっ♪』
(お前の世界の迷信と一緒にするなよ……)
恐る恐る口に運んだ鳥刺しは、驚くほど柔らかくて淡白。それでいて旨みが舌に残る。
「……うまいな」
「だろ? 地元すげぇな」悠真がにやりと笑った。
『……ぐぬぬ、美味い……。やっぱり私もガッツリ食べたいー!』
(だから一緒に味わってるっての!)
大広間はわいわいと賑わい、まるで祭りのようだった。
(……こういう時間、悪くないな)
――
食後はそのまま班ごとに大浴場へ。
硫黄の匂いが漂い、広々とした湯船が蒸気に包まれていた。
肩まで湯に浸かった瞬間、全身から力が抜けていく。
「はー……生き返るわ」
『ふぉぉ……最高! とろけるぅ~! もっと沈め、肩までいけ!』
(お前まで風呂堪能してんのかよ……)
隣で森田が大きく伸びをする。
「やっぱ温泉は違うな! 疲れ吹っ飛ぶわ」
「確かに……。修学旅行で温泉入れるなんて贅沢だな」
『なぁミツキ、いいじゃんこういうの。血の匂いも戦いもなし。ただダラダラ湯に浸かるだけ。これが一番平和ってやつじゃん?』
(……そうだな。本当に、こういう時間が一番だ)
天井から滴る湯気の向こうで、笑い声や水音が響く。
ただの生徒たちの声――それが今の俺にとっては、何よりも心地よい響きだった。
夜。
布団を敷き終えた俺たちの部屋では、再びゲーム大会が始まっていた。
小声で盛り上がりながらも、笑いを堪えきれずに枕を叩く音が響く。
「おいっ、ずるい! アイテムのタイミングおかしいだろ!」
『にひひっ♪ 下手すぎじゃんミツキ!』
(お前は口だけで好き勝手言うな!)
そんな最中――コンコン、と部屋のドアがノックされた。
「……やっべ!」
全員が同時に息を呑む。
悠真が素早くゲーム機を布団の下に隠し、俺たちも慌てて正座する。
ドアの向こうから低い声が響いた。
「御影、ちょっと来い」
悠真が短く息をつき、こちらを振り返る。
「ちょっと行ってくるわ、イツキン。お前らは先に寝とけよ」
そう言って立ち上がり、ドアを開けて先生に連れられていった。
部屋に残された俺たちは、互いに顔を見合わせながら小声で囁き合う。
「……なんだろな、あれ」
「夜に呼び出しってやばくね?」
(……こんな時間に?なんか裏があるのか。)
静かに胸の奥でそう呟いた。
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