46話 真実
この話書くのにすごく悩みました。
このタイミングで良いのか。
ゴールデンウィーク最終日。
俺は結局――天城からのメッセージに「ひとまず、もう一度詳しく話せないか」とだけ返した。
そして今、天城の家の前に立っている。
長袖のTシャツにチノパン。ポケットにはスマホと財布を突っ込んだだけの、どこにでもいる高校生のラフな格好。
その自分が、目の前の光景にひどく場違いに思えた。
一軒家にしては……いや、“一軒家”ってレベルじゃねぇ。
白壁と黒瓦の屋根が重厚に構え、門柱には立派な表札。
門の奥には整えられた庭木と石畳のアプローチが広がっていて、まるでホテルのエントランスだ。
(……でけーな。都会でこんな土地持ってるとか、普通じゃねぇだろ)
思わずため息をついたところで、脳内から茶々が入る。
『うひひっ♪ すっげーお屋敷じゃん。ミツキもここに住めば? 絶対お嬢様扱いされるって!』
「やめろ、勝手に妄想すんな……てか俺は男だ!」
ビビりながらもインターホンを押すと、すぐに返事が返ってきて玄関のドアが開いた。
現れたのは私服姿の天城いろは。
カーディガンに淡い色のワンピース、髪は後ろで軽く結ばれ、学校の時よりも柔らかな雰囲気だ。
俺を見ると一瞬驚いたように目を瞬かせ、すぐに微笑んだ。
「……来てくれたんですね、鏡くん」
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天城の家は、一軒家にしてはあまりに大きすぎた。
白い外壁に整えられた植栽。門を抜ければ広いポーチに重厚な玄関ドア。
(……でけぇな。いったい何者なんだ親は。)
『にひひっ♪ 完全に場違いだぞミツキ。庶民まるだし~』
(やめろって……! 俺だって一応、普通の暮らしはしてんだからな!)
靴を脱いで上がると、広い玄関ホールに磨き込まれた床が広がっていた。
正面にはリビングへ続く廊下。だが、いろはは迷うことなく「こちらです」と言って階段へ向かう。
廊下の両脇には大きな窓や観葉植物が飾られ、照明はホテルのように明るい。
そのまま二階へと上がり、奥のドアを開けると――少女の部屋。
パステルカラーのカーテンに整ったベッド。棚には可愛らしい小物が並び、女の子らしい雰囲気が満ちている。
だが部屋の片隅だけは異質だった。
複数のモニターが並ぶデスク。その横の大きなボードには――盗撮されたミツキの写真が何枚も貼られている。
『うわぁ……にひひっ♪ これもう完全に“銀狼ストーカー部屋”じゃん! やるねぇミツキ~』
(おいおいおい……マジかよ……!)
一樹は居心地の悪さを誤魔化すように、差し出されたクッションに腰を下ろした。
――借りてきた猫ならぬ、借りてきた狼のように。
テーブルに腰を下ろしたまま、俺は部屋の豪奢さをぼんやり眺めていた。
大きな窓、飾られた絵画、陶器の花瓶――どれも都会の一軒家であることを強調している。
足元のクッションに、借りてきた狼みたいにおとなしくそこに沈んでいる自分が少し滑稽だった。
「じゃあ、いきなりだけど私が鏡君に見せたいものがあって。」
天城は軽く笑い、立ち上がってパソコンデスクへ向かう。
机の上にはモニターが四枚並び、ケーブルが絡み合う隙間には見慣れない機材やUSBが差し込まれている。
いろはは手慣れた様子でキーボードを叩き、画面のひとつを軽くタップした。
「こっちに来てください。こっちの方が見やすいです」
招かれるまま、俺はクッションから立ち上がり、彼女の隣の椅子に腰を下ろす。
モニターの光が俺といろはの横顔を照らし出し、部屋の空気がひんやりと緊張する。
(……なんだ、これ。やっぱり機材オタクかよ)
『にひひっ♪ 見ろよミツキ。立派な“ストーカーの巣”ってやつじゃん』
フェンリルの声が頭の奥で小馬鹿にするように響く。
いろはは気にする様子もなく、指を画面に滑らせた。
「ここで映像のメタデータを見れば、消された痕跡やハッシュの残滓が分かります。SIDの手が入ってるなら、必ず証拠が残るんです」
画面には港の夜。霞む銀色の髪と狼耳の少女――銀狼が映し出される。
「……どうして私が“銀狼様がいる”って信じられるのか、不思議に思ってますよね?」
俺は黙って頷いた。
「普通ならデマで片づけられて終わりです。
でも、私が信じたのは――逆に“消されすぎてる”からなんです」
彼女の声は静かで、しかし熱を帯びていた。
「SNSに動画が上がっても、掲示板に書き込みがあっても、一瞬で消える。徹底的に“存在しないこと”にされてる。……そこまでやるのは、逆に本物だから」
『へぇ~、頭の回転早いじゃん。でもコイツ、ただの観察眼じゃねーな』
(……たしかに、普通の女子高生にしては不自然だ。)
俺が眉をひそめた瞬間、いろはは一度視線を伏せ、やがて決意したように口を開いた。
「……本当は、私が“ただの天城いろは”じゃないからです」
モニターの隅に浮かんだ文字列――
《い・ろ・は・す》。例のハンドルネーム。
「私……少しだけ、ネットワークに潜るのが得意で。SIDっていう組織が不自然に情報を消してるのも、そこに入り込んで知ったんです」
(SIDのネットに入り込んだだって、とんでもないことしてるぞこいつ。)
『好奇心ってやっぱり恐ろしいねミツキ。』
いろはの紅い瞳がまっすぐにこちらを射抜く。
「だから確信したんです。銀狼様は本当にいる。……そして、救うために戦っているんだって。
私を助けてくれた人は偽物なんかじゃなくて、本当の存在だったんだって。
それに――私は銀狼様と“直接会話”もしました。秋ヶ原地下での事件の時、無線を通じて。
それにSID側のボティカメラの映像を見て銀狼が敵と戦っているところも見ていました。
この世界は知らないだけで、もっと大変なことが起きてるんだって。」
俺はその言葉に息を詰め、喉が熱くなった。
(……やっぱり、あのダンジョン化の時の無線ジャック。“い・ろ・は・す”って名乗ってた奴……天城いろは本人だったのか)
『ほらね~? やっぱこいつだったじゃん。
あの時イカれた電波ジャックはこいつの仕業だよ。」
(あの時やっぱり手を借りたのが失敗だったか。)
一樹はしばらく黙ったまま、モニターに映る銀狼の残像を見つめた。
やがて、ゆっくりと口を開く。
「……じゃあ天城。銀狼が――この先、何かと戦っていくとして。お前はどうするつもりなんだ」
いろはは一瞬、目を瞬かせた。
「その場所に……行くつもりなのか? 危ないところかもしれないのに」
問い詰めるような声。だがそれは、怒りよりも不安の色を帯びていた。
いろはは小さく息を整え、紅い瞳でまっすぐこちらを見返す。
「……それでも、行きます。だって――銀狼様は、私の“ヒーロー”ですからサポート出来るならやれることをやりたいから。」
「……銀狼は、そんなことを望んでない」
沈黙。
彼女の目が揺れた。
「……どうして、鏡くんにそんなことが分かるんですか!」
いろはの声が鋭く響く。
俺は口を閉ざしたまま視線を落とす。心臓がいやにうるさい。
――平穏を望んでるのに。普通の高校生活を送りたいのに。
ここで打ち明ければ、もう後戻りはできない。
『にひひっ♪ 何グズってんだよ。いいじゃん、バラしちゃえよ。どうせ隠しきれっこねーんだからさ!いっそ引き込んで情報をとってもらおうぜミツキ。』
(……うるさい。俺だって考えてるんだよ。)
でも――天城をこれ以上危険に巻き込むくらいなら。
「俺が銀狼だとしたらどうする。」
「何を言ってるんですか?鏡君は男じゃないですか?銀狼様は小さな女の子で獣人の見た目なんですよ?」
「……本気で言ってるんですか?って顔だな」
ぎゅっと拳を握りしめ、顔を上げた。
「……俺は、ただの鏡一樹じゃない。異世界で五年間、“ミツキ”として戦っていた。だから――銀狼は、俺なんだ」
「……冗談でも笑えませんよ?」
「……言葉じゃ信じてもらえないだろうから。――見せる」
次の瞬間、全身を光が包み込む。
胸の奥から熱と冷たさが入り混じったような圧が押し寄せ、血流が一気に逆流するみたいに全身を駆け巡った。
ざわりと髪が逆立ち、黒髪が白銀へと染まっていく。耳の奥に鋭い痛みと痺れが走り、やがて形を変えて頭上に狼の耳が現れる。
背筋が軋む感覚とともに、腰の辺りから尾が生まれ、ふわりと空気を切る。
呼吸が変わる。視界の解像度が跳ね上がり、いろはの瞳の震えまで鮮明に見えた。
手足は細く、声帯も柔らかい少女のそれへと変わっていく――。
光が収まったとき、そこに立っていたのは人ではなく、白銀の髪と狼耳を持つ少女――銀狼だった。
着ていた服は今のサイズには合わず、ズボンもずり落ちそうになりながら手で押さえている。
部屋の空気が一気に張り詰める。
モニターに映る銀狼と、目の前にいる自分の姿が、重なり合う。
「……っ」
いろはの紅い瞳が大きく見開かれ、声が震えた。
「ほ、本当に……銀狼様……」
驚愕と戸惑いと、そしてどこか崇敬の入り混じった表情のまま――彼女は俺を見つめていた。
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