45話 模擬戦闘
――SID東京支部・訓練施設。
その態度に、茜の眉がわずかに動いた。
ふざけているようでいて、漂う魔力の圧は洒落にならない。
尋問記録に残された数値が脳裏をよぎる。――五千超。
通常の人間や異世界人の枠を軽々と越える魔力量。
それを誇示することなく、涼しい顔で立っている。
「……始めるぞ」
茜は低く吐き出し、鯉口を切った。
次の瞬間――。
「御影流抜刀術・一の太刀《閃華》!」
鞘走りと同時に閃光のような斬撃が走る。
カッ、と白い閃が走り、茜の姿が掻き消える。
稲妻めいた初撃必殺の太刀筋。
正面から不意を突く電撃の一閃が、ネリーの喉元を狙う。
――キィン!
鋭い火花。
日傘の骨組みが刃を受け止め、金属同士が衝突する甲高い音が弾けた。
ネリーはわずかに腕を傾けただけ。微動だにせず、その赤い瞳を茜へと注いでいる。
「ほう……見事な踏み込み。まるで雷が地を走るかのようですわね」
「……口を閉じろ!」
茜は即座に身を翻し、返す刀を振り上げる。
「二の太刀――《霞斬》!」
霞が如き揺らめき。
体を沈め、滑るように間合いを詰めた茜の刀が、日傘の脇腹を狙って鋭く返る。
受け流しと反撃を同時に成立させる、守りと攻めの均衡。
だが、ネリーはひらりと一歩後退する。
日傘をすっと傾け、刀身を受け流すように払い落とした。
まるで舞踏のステップのように軽やかに。
「霞……なるほど、次の斬りは霧のように形を変えますのね。美しい流れですわ」
「くっ……」
茜の胸に苛立ちが走る。
どの太刀も、受けられている。
全力ではないはずなのに、余裕の笑みを崩さない。
己の刃が届かない――銀狼の夜を思い出す。
焦りが再び喉を締め上げていく。
「……まだだ!」
茜は踏み込み、呼吸を一点に収束する。
気配を消し、体を沈めた。
「三の太刀――《残月》ッ!」
残光の月影を思わせる斜めの一閃。
回避と同時に繰り出される必殺の斬撃が、虚を狙って走る。
瓦礫を蹴り、砂塵を巻き上げ、斜め下から切り上げる軌跡は光の弧を描いた。
――ガギィンッ!
再び、傘骨が火花を散らす。
ネリーは日傘を閉じたまま、その布張りを刀に合わせ、受け止めていた。
常識ではあり得ない。
布のように見えるその表面は、鋼鉄すら凌駕する硬度を宿している。
「……なるほど。月影の斬り。避けると見せかけて斬り返す……残月、ですか?」
ネリーは楽しげに口元を緩めた。
「……どうして、技の意を……」
「分析は得意ですの。刃の軌跡、呼吸、重心の動き。見ればおおよそ分かりますわ」
茜の胸が波立った。
ただの余裕ではない。
本当に、全てを見切っている。
(……この女、本当に、只者ではない)
ネリーは日傘を片手に軽く回し、傘骨をカチリと鳴らした。
「けれど――焦りすぎですわよ、茜さん。今の一連の太刀、どれも磨き抜かれているのに……どこか急いている。まるで、何かを追いかけているよう」
図星を突かれた。
茜の手に汗が滲む。
銀狼。あの圧倒的な力の前で味わった無力感。
それを埋めようと必死に振るう刃。だが、焦りは動きを濁らせる。
「……黙れ!」
怒声と共に茜は踏み込む。
再びの閃華、霞斬、残月――連続の斬撃が嵐のように繰り出される。
光が閃き、金属音が交錯し、砂塵が吹き荒れる。
――キィン! ギャリッ! バンッ!
何度も火花が散り、瓦礫の床に衝撃が走る。
茜の動きは切迫し、荒ぶり、速さを増していく。
だが、ネリーは日傘一本で舞うように受け流し続ける。
彼女の足取りは軽やかで、まるで戦場すら舞踏会のフロアであるかのよう。
「力も速さも申し分なし。ですが――今のあなたには刃の“重さ”がない。必死さに囚われて、刃そのものが震えている」
「……っ!」
ネリーの赤い瞳が鋭く光る。
「わたくし、あなたの“御影流”とやら、気に入りましたわ。――けれど、焦りで刃を鈍らせるのは美しくありません」
茜の心に、悔しさと同時にかすかな震えが走った。
剣を見抜かれた。焦りを見透かされた。
だが――まだ退けない。
「……わたしは、負けられない!」
叫びと共に茜は地を蹴った。
その声は、己を鼓舞するように響いていた。
茜の琥珀色の瞳が鋭く光を帯びた。
「――御影流、四の太刀」
ぎゅうんッ、と刀身に魔力が収束する。
空気が押し潰されるような重圧。
次の瞬間、爆ぜるような衝撃と共に――
「《断空》!」
ズバァァァンッ!!
衝撃波が床を裂き、砂煙を巻き上げ、一直線にネリーへ襲いかかった。
直撃した刃圧に耐えきれず、日傘が砕け散った。
ぱきんッ!!
布地が裂け、骨が折れ、影の粒子となって霧散する。
「まぁ……見事な一撃ですわね」
ネリーは紅い瞳を細め、しかし微笑みを崩さない。
だが手元から消えた武器を見やり、ほんの僅かに息を吐いた。
茜はその隙を逃さない。
地を蹴り、さらに間合いを詰める。
「御影流――五の太刀」
すっ、と姿勢を沈める。
その動きは影に溶けるように静かで――次の瞬間、疾風の突きが放たれた。
「《影穿》ッ!!」
ドンッ!! と床を割る衝撃音。
光の矢じりのような突きが、寸分の狂いもなくネリーの胸を狙う。
避ける間も与えぬ速さ。必殺の一撃――
だが。
「ふふ……勢い任せ、ですわね」
ヒュッ、とネリーは軽やかに片足を退けるだけで、その刃をむなしくも空を切らせた。
「――なっ!?」
茜の顔に驚愕が走る。
完璧に決めたはずの一刀。それを、あっさりと避けられた。
【――模擬戦終了。勝敗判定、無効。安全装置作動】
ARIAの無機質な声が響くと同時に、都市廃墟の幻影はかき消え、白い訓練場が戻ってきた。
「……ふぅ」
茜は肩で息をしながら、なおも刀を構え続ける。
確かに日傘を斬り落とした。だが――相手には届かない。
その事実が、胸を締め付けた。
ネリーは影の中に片手を差し入れる。
す、と音もなく新たな日傘を引き抜き、優雅に開いた。
「……わたくしの日傘を斬り落とすなど、そう易々と出来ることではありませんわ。見事でした。
それにご安心を。これでもかつては勇者パーティーの一員――そして今のところは敵になるつもりもございません。」
ひらり、と扇ぐ仕草で影の残滓を散らす。
茜は唇を噛み、悔しげに刀を納めた。
胸の奥に残ったのは、敗北ではない。だが、届かぬ距離を見せつけられた悔しさ。
「……まだ……足りない」
小さな呟きが、訓練場に落ちた。
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