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43話 試作品?

――SID東京支部・医療区画。


白い壁の静けさに、つくよみの荒い息だけが響く。

「……どうか命だけは……」と繰り返すその姿に、ネリーは小さくため息をついた。


「本当に……わたくしを何だと思っていらっしゃるのかしら。頭痛ですのよ、頭痛」


紅い瞳をわざと柔らかく細め、ゆるく笑ってみせるが――つくよみはなおも震えるばかり。狐耳が情けなく垂れ、白衣の袖口をぎゅっと握りしめている。


その時、背後のカーテンの影から慌ただしい足音が近づいた。


「つくよみさん!? どうしました、そんなに怯えて!」


現れたのは栗色の髪を肩で切り揃えた女性。白衣に名札をつけ、落ち着いた気配を纏っている。人間の医療班員――真理子。


彼女は慌ててつくよみの肩を支え、ネリーに向き直って軽く会釈した。

「失礼しました。彼女、ちょっと臆病でして……。

彼女の名前が神楽月詠、私が藤村真理子と言います。

ここの医療室の管理をまかされています。

えぇと、診察いたしますので、どうぞこちらへ」


「……ええ、よろしくてよ」

ネリーは紅い瞳を細め、優雅に腰を下ろす。


真理子は小さな白い錠剤を取り出し、紙コップに水を注いで差し出した。

「鎮痛薬です。飲めばすぐに落ち着きますよ」


「ふむ……これが“薬”ですの?」

ネリーは指で摘まみ上げ、しばらく光に透かして眺めた後――ぱくりと口に含み、水で流し込んだ。


「……なるほど。魔法なしで痛みが和らぐ。合理的ですわね」

紅い瞳がわずかに楽しげに光った。


真理子はほっと息を吐き、続けて別の小瓶を差し出す。

「こちらは睡眠薬です。眠れないときにどうぞ」


「眠りの薬? ……ふふ、気が利きますわね」

ネリーは小瓶を手に取り、ころりと転がしながら笑った。

「わたくし夜行性ですので、使うことはまずないでしょうけれど――念のため、いただいておきますわ」


立ち上がり、白衣の二人に軽く会釈する。

「ご安心くださいまし。無駄に血を吸ったりはいたしません。……では、ごきげんよう」


そしてドアを開け、廊下に出る瞬間、わざと小さく呟いた。

「――まぁ、使いませんけどね」


扉が閉まると同時に、医療室に重苦しい沈黙が残る。

真理子は肩を落とし、つくよみは狐耳を震わせながら真っ青な顔で壁にもたれていた。


一方その頃、廊下を歩くネリーは、指先で小瓶をくるくると弄びながら微笑む。

「さて――次は、技術部を見せていただきましょうか」


無機質な光が連なる廊下の奥。鋼鉄の扉が、彼女の次の“遊戯”を待っていた。


扉が横に割れ、金属音と機械油の匂いが押し寄せる。

作業台の奥で、小柄な影が背中を丸め、ガンガンとリベットを打ち込んでいた。

おでこにずり上げた大きなゴーグルが光を反射し、三つ編みがぶんぶん揺れている。


彼女の格好は――オーバーオールの肩紐を片方だけ外し、下はゆるい白いTシャツ。その裾は大きすぎるのか、腰の位置で結ばれている。油染みのついた布手袋をはめ、車輪付きの足台に乗って、まるで工房を縦横無尽に泳ぐように動いていた。


「ん? あんた、見ない顔だな」

小さな体でぐいっと足台を滑らせ、すぐ目の前に来る。大人びない顔立ちに反して、その瞳だけは削り出した鋼のように冴えていた。


ネリーは紅い瞳を細め、観察するように彼女を見下ろす。

「……まぁ。あなた、小柄で……妙に“造り手”の匂いを纏ってますわね。もしや、ドワーフ……? この世界にもいるのかしら」


「はぁ?」

少女は目を瞬かせ、油まみれの指で自分の胸を叩いた。

「ミーナ・アイアンベル。SID東京支部、技術班主任。……“ドワーフ”って、あんたの国の言葉でそういうんだな」


ネリーは扇のように手を口元にあて、くすりと笑った。

「まぁ、やっぱり。天狐族に続いて、こちらでは二人目。……この世界、想像以上に種族が雑多なのですわね」


「まあな。危険度低い連中は、人間と一緒に普通に働く。あたしもそう。……で、アンタ」

ミーナは腰に手を当て、片言混じりに問いかける。

「ただの見物か? それとも“武器”興味ある?」


「“武器”……ですの?」

ネリーの紅い瞳がわずかに輝いた。

「興味はありますわね。ぜひ拝見させていただきますわ」


「よし、ちょうど良い。昨日仕上げたやつある。見せてやる」

ミーナは工具台の端に置かれた布掛けを片手で乱暴にめくった。

中から姿を現したのは、光沢を放つ黒鉄のフレームと、脈打つように淡い青光を漏らす魔導式の装置だった。


「――これ、最新の“オモチャ”。じゃなくて、武器」

ミーナがにやりと笑う。


ネリーは紅い瞳を細め、その武器を覗き込んだ。

「……確かに面白そうですわね」


ミーナは肩を竦め、足台をくるりと回して奥の作業台へ。

ごちゃごちゃと並ぶ金属パーツやコンデンサの隙間から、まるでおもちゃのような武器を引っ張り出した。


「余りもんで作った試作品ばっかだけどな。ま、見せてやるよ」


まず取り出したのは、片手剣ほどの長さの金属棒。スイッチを入れると――ブォン、と青白い刃が迸った。

「《光刃試作一号》。要はビームサーベル。見た目は派手だが、持続時間は三十秒。電池が死んだらただの鉄の棒」


ネリーは紅い瞳を細め、光に手をかざす。

「……まぁ、綺麗ですわね。けれど三十秒では舞踏の前奏曲ほども持ちませんわ」


次にミーナは肩に担げるほどの筒を持ち上げた。

「《圧縮音砲》。音波を魔素で圧縮してぶつける。壁くらいならぶっ壊れる。……が、撃った後は反動で操縦者が三メートルふっとぶ」


ネリーは唇に笑みを浮かべる。

「ふふ……使用者に試練を与える設計、ですのね」


さらに、掌サイズの丸い球を机に並べた。

「これは《魔素煙玉》。煙幕と同時に微弱な魔素乱流を発生させる。魔術系の相手ならしばらくは術が乱れる。……ただし味方にも効く」


ネリーは球をつまみ上げ、紅い唇に笑みを浮かべる。

「敵も味方も平等に不幸になる、と。……実にドワーフらしい造りですわね」


ミーナは「うるせぇ」と肩をすくめつつ、最後に机の奥から小型の拳銃を取り出した。

「《魔力式短銃》。実弾じゃなく、魔素を直接撃ち出す。けど、出力が安定しない。弾が飛ぶかどうかは五分五分」


パチン、と軽く引き金を引く。青白い閃光が一瞬走って、次の瞬間には煙だけが残った。


「……五分五分、というより二分八分ですわね」

ネリーは唇に指を当て、楽しそうに笑った。


「ふふ。けれど――おもちゃにしては、なかなか趣がありますわ」


ミーナは最後の試作品を机に置き、油まみれの指でごしごしと額を拭った。

「ま、こんなとこだな。……次は訓練施設でも見とくか? 最新の映像式シミュレーター、あんた気に入ると思うぜ」


ネリーは紅い瞳を細め、扇のように手を口元にあてる。

「……興味はありますわね」


工房の空気に、くすりと小さな笑いが混じった。


感想がありましたらぜひよろしくお願いします。


誤字脱字や設定がおかしいなど些細なことでも書いていただけたら嬉しいです

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