38話 買い物
セントラルスクエア。
ゴールデンウィーク前ということもあって、広いフロアは家族連れや学生で賑わっていた。あちこちから笑い声やBGMが混ざり合い、休日の熱気で空気が少し重い。
「で、何から買うんだっけ?」
悠真が頭の後ろで手を組みながら歩く。
「……キャリーケースだな。家にあるやつ、キャスター壊れて動かねーんだよ」
一樹は少し面倒そうに答えた。
「おぉっと旅行あるある! じゃあ新品デビューだな」
悠真はにやっと笑い、真っ先に売り場へ向かう。
壁一面に色とりどりのキャリーが並び、金属の光沢が照明を反射して眩しい。
「ほらよイツキン!」
悠真が掴んできたのは――どピンク。
「これ似合うんじゃね? 可愛いぞ~?」
「……絶対に選ばねぇ色だろ、それ」
一樹は心底嫌そうな顔をする。
「え、似合わない?」悠真はわざとらしく首をかしげる。
「ま、冗談冗談。……でも目立つのは大事だぜ?」
「その目立ち方は社会的に死ぬ」
そこに、ふわりと柔らかな声が割り込んだ。
「鏡くん、こっちはどう?」
いろはが手を添えていたのは――銀色のキャリー。金属質な輝きが控えめなのに目を引く、落ち着いたデザインだった。
「シルバー……?」
一樹は思わず目を瞬かせる。
「うん。シンプルだし、遠目からでも見分けやすいと思うの。それに……鏡くんらしい色だと思うよ」
「……俺らしく?」
不意に言われ、言葉が喉に詰まった。
悠真が割って入る。
「銀ならさ、他のやつと被らねーし。タグ付け忘れても一発で見つかるぞ? 便利じゃん」
「お前、さっきまでピンク推してたろ」
一樹がジト目を向けるが、“被らない”というのは確かに無視できない。
「……まぁ、悪くはねぇけど」
黒キャリーを棚に戻し、渋々銀のキャリーを手に取った。
「目印はどうする?」悠真がキャリーを覗き込む。
「……家にある人形でもつけるわ」
「人形?」
「……狼のぬいぐるみ。いつの間にか部屋にあったやつ」
(そういやあれ、フェンリルが得意げに持ってきてたな……)
一樹が思い返した瞬間、頭の奥に声が響く。
『にひひっ♪ 知らない奴が勝手に取ってくれたんだよー。ラッキーじゃん?』
(……余計に怪しいだろそれ。絶対なんかやったな)
キャリーを選び終えると、いろはが小さく手を挙げた。
「ごめんね、私ちょっと見たいものあるから……少し行ってくるね」
にこやかにそう告げ、手提げを抱えたまま足早にレディースフロアへ消えていった。
「……女子は大変だな」
一樹がぽつりと呟くと、悠真がニヤニヤしながら肘で小突いてきた。
「下着だろ下着。わざわざ言うわけないじゃん」
「声に出すな馬鹿!」
周囲に聞こえたらどうするんだと慌てて睨む。
悠真は肩をすくめ、「じゃ、俺らは俺らでパジャマとかタオル見に行こうぜ」と気楽に歩き出した。
悠真はにやにや笑いながら、パジャマ売り場のハンガーを物色していた。
「なぁイツキン、これどうよ? ピンクのハート柄! インパクト大だぞ?」
「着るか!」
「じゃあこっちは? 全身ヒョウ柄! 絶対ウケるって。お前が着れば芸能人デビュー!」
「なれるか!」
「ほら、文化祭の一発芸に使えるって!」
「俺は芸人じゃねぇ!」
売り場に響くやり取りに、近くの親子連れがクスクスと笑いを漏らしていく。
一樹は耳まで赤くしながら、無難な黒のパジャマを手に取った。
「……俺はこれでいい」
悠真は肩をすくめつつも笑いを隠せない。
「つまんねーやつ。でもそういうとこ嫌いじゃないけどな」
その時、悠真が手をポンと打った。
「――あ! そうだ、必要なもん思い出した!」
「は? 急にどうした」
「姉ちゃんに頼まれてたのがあったんだわ。……悪ぃ、ちょっと行ってくる!」
「おいおい……」
悠真は手を振って人混みに消えていった。
静かなベンチに腰を下ろすと、頭の奥から声が飛んできた。
『ミツキぃ~! 入ろうよ入ろうよ! あの店! わたしもこの世界の服ほしいんだってば!』
「バカ言え。俺が女子服売り場でウロウロしてみろ、社会的に死ぬわ」
『ちぇー……。じゃあミツキが着てくれればいいじゃん。絶対似合うって!』
「着るか!!」
素通りしながら必死にツッコむ一樹。だがフェンリルは諦めない。
『いいなぁ……。あの短パン可愛い……。ほしい……ほしい……』
「駄々こねるな! 大体耳と尻尾どうやって隠す気だよ」
『じゃあさ、そのスマホで買えるんでしょ? ねぇねぇ、見せて見せて!』
「……さっきからうるせぇ。そんなもん買ってどうするんだよ」
『見せろって! スマホなら誰にも見られないじゃん! ほら!』
ため息を吐き、しぶしぶスマホを開く。
「……ちょっとだけだぞ」
画面をスワイプする指。フェンリルの声が弾む。
『おっ♪ これこれ! キャミソール! 布少なっ! 絶対わたしに似合うって!』
「無理だ。耳と尻尾出してそんな格好で歩いたら、即SIDに連行だ」
『じゃあこの背中ざっくり空いてるドレス! 髪と尻尾が映えるでしょ!』
「映えてどうすんだよ!」
『ちぇっ……。あ、これ! 黒パーカーにショートパンツ! ゲーセン行くときピッタリじゃん!』
「勝手に行くなって言っただろ!」
フェンリルはにひひっと笑い、悪戯っぽく言い放つ。
『……だからミツキはモテないんだよ。センスねぇ~』
「うるせぇわ!」
一樹は思わず声を荒げ、通行人が驚いて振り返る。
「……鏡くん?」
振り向けば、袋を抱えたいろはが立っていた。不思議そうにこちらを見つめている。
「な、なんでもねぇ!」
一樹は慌ててスマホを閉じ、真っ赤な顔を隠すように背もたれに沈み込んだ。
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