3話、夜空を駆ける銀の少女
駐車場を出た俺と悠真は、並んで駅方面へ歩いていた。街灯の光がアスファルトに落ち、夜風が少し肌を撫でる。
さっきの小競り合いのせいか、悠真はやけに俺の横顔をちらちらと見てくる。
やっと口を開いたと思えば、小さく――本当に小さく、呟くように言った。
「……何者なんだ、こいつ」
「ん? なんか言ったか?」
「いやいや、何も。気にすんなって」
そう言って笑い飛ばす悠真。でもその目の奥に、妙な探るような光があった。
――面倒くさいことにならなきゃいいけどな。
『にひひっ♡ 図星つかれてビビってんじゃん? やっぱあんた隠しごとしてると顔に出るよね~』
心の中に響く、フェンリルの悪戯っぽい声。
……この調子で四六時中話しかけられたら、そりゃ表情も崩れるだろ。
「で、あれだ。お前、あんな動き普通できねーだろ。格闘技とかやってんのか?」
「……まあ、護身術の真似事くらいはな」
「へぇー。俺、運動神経だけは自信あったけど、あれはマジでビビったわ。」
悠真はそう言って肩をすくめ、話題を切り上げた。俺も深追いされずに済んでホッとする。
「あ、そうだ連絡先交換してねぇじゃん。
イツキンのくれよ。」
「あ?俺はpawtalkとかやってねーよ。」
「おいおい、高校生がやってないのは流石にまずいって。」
そう言うと悠真が俺の携帯を奪い勝手に操作し始める。
「おい、なに勝手に!」
「はい、出来たこれから連絡これにするから既読スルーは許さないからね。
じゃ、また遊ぼうぜ。それと今日は助かったわじゃぁな!!」
そう言って俺のスマホを返してそのまま去っていった。
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家に帰り着くと、部屋の明かりをつける前にスマホが震えた。画面には「母さん」の文字。
通話を取ると、明るい声が飛び込んできた。
『一樹、入学式お疲れ様! ちゃんと起きられた?』
「……まあな。危うく遅刻するところだったけど」
『ほらやっぱり! ちゃんとカレンダー見なきゃダメよ』
「はいはい」
母の声の向こうから、父の笑い声が聞こえてきた。どうやら発掘現場から休憩中らしい。
夫婦は相変わらず仲が良く、二人で俺に「ちゃんとご飯食べろよ」と口を揃える。
短い通話を終えると、ベッドに倒れ込んだ。
今日一日のことが、頭の中を駆け巡る。
入学式。悠真との出会い。ゲーセン。不良との小競り合い。
普通の高校生活を送れると思っていたのに、早くも波乱の予感しかしない。
いや、ここは異世界じゃないんだ。
あそこみたいな血生臭い事は起きないだろう、せいぜい不良やチンピラ相手にするくらいなら問題ないか。
……気がつけば、瞼が重くなり、そのまま眠りに落ちていた。
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午前一時過ぎ。
部屋には月明かりが差し込み、白い光が静かに床を照らしている。
その中で、寝ている俺の体に変化が起こった。
髪は雪のように白く染まり、頭からは狼の耳がぴょこんと現れる。
背中からふわりと尻尾が伸び、毛並みが月光を反射する。
そして――瞼が開いた。
『ふふーん……やっとあたしの番じゃん♡
まさかミツキの姿で動けるなんて。』
そこに宿っていたのは、フェンリルの意識。
彼女はゆったりと身体を伸ばし、寝間着姿の自分を見下ろした。
『ん~、この服じゃ走れないじゃん。……着替えるか♪』
指先からふわりと魔力が溢れ、布地が形を変えていく。
柔らかな白毛で縁取られたケモ耳パーカーが頭をすっぽり覆い、狼耳は耳穴からぴょこんと顔を出す。
胸元は白い軽鎧風の布地に変わり、腰には黒いショートパンツに、戦闘用スパッツ。
膝下までの黒いブーツには白い毛皮の飾りが揺れ、尻尾の根元には銀のリング状アクセサリーがきらめいた。
『ふふーん、やっぱこれが一番落ち着くんだよね♡ よし、行こ行こ!ずっとミツキの中に居るのもいいんだけど、やっぱり体は動かさなくちゃね♡』
窓を開けると、フェンリルは夜の街へ跳び出した。
ビルの屋上から屋上へ、電線の上を軽やかに渡り歩き、月明かりを背にして駆ける。
夜風が耳と尻尾をくすぐり、フェンリルは笑みを浮かべた。
街は昼間とは別世界のように静まり返り、遠くでパトカーのサイレンが響く。
『ん~、やっぱこの世界の夜って静かでいいね。あっちじゃ夜でもモンスターとか出たし。』
高層ビルの縁に腰を下ろし、足をぶらぶらさせながら眼下を見下ろす。
車が、ゆっくりと信号を曲がっていった。
『ふーんあれが車って奴か?一樹の記憶が私に共有されているとはいえ、初めてみたよ。
それにこの世界は夜でも明るいなぁ。』
私がいた世界とは全くの別物、人々は知らない服装で夜の街を歩き、賑わっている。
王都とか夜は賑わっていたけど、そんな風景とはまるで違う。新しい物に囲まれてワクワクする。
私1人ならつまらなかったかもしれないけど今はミツキと共に一緒に居る。
それだけで毎日が楽しい。
『さて、どっち行こっかな……ふふっ、やっぱ走るか!』
フェンリルはまた立ち上がり、風を切って夜の街を駆け出した。
その瞬間――。
「……あれ?」
帰宅途中の大学生が、スマホで夜景を撮っていた。
レンズ越しに、月光を浴びて跳躍する白髪の少女が映り込む。
狼耳と尻尾、白いパーカーが夜空に溶け、幻想的な姿を描き出していた。
「……やっべ、なにこれ……」
彼は慌てて録画ボタンを押し、数秒間その姿を追う。
フェンリルはそんなことに気づかず、ビルからビルへと飛び移っていった。
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