35話 ゴールデンウィーク前に
夢のせいで寝覚めは最悪だったが、逆に飛び起きたおかげでいつもより早く家を出られた。
制服の袖を整えながら、まだ熱の残る頭を振る。
「……あの騒動から、もう一か月か。」
港の異変、不良との揉め事、SIDの影。四月は落ち着く暇もなかった。
気づけば季節は進み、新緑の五月。
俺の平穏は何処へやら、気付いたときにはすでに1ヶ月。
学校生活の日常が俺の癒しとなっている。
相変わらずフェンリルはちょくちょく夜中抜け出しているようだが、街の不良たちの溜まり場が減ってきているという噂も出てきて平和らしい。
さらに掲示板はいつも通りで、最近は「自主制作映画の一部の撮影でした」みたいな話が唐突に出てきて。
知らない動画配信者がミツキの姿に若干似ている奴が謝罪動画を上げてたのを最近見かけたりもしたが。
もしかしてSIDのせいなのか、それともただの乗っかりなのかは知らないが沈静化していた。
まぁ、いつも通りの日常に戻りつつあるということらしい。
そんなことを考えながら歩いていると、背後から声が飛んできた。
「よっ、イツキン! 珍しく早いじゃん今日は!」
振り返ると、ネクタイをだらしなく緩めた悠真が、にかっと笑っていた。
「……別に普通だろ」
「いやいや、いつもは俺の方が先に教室にいるじゃん? だから珍しいって」
「……そうか?」
「ま、せっかくだし一緒に行こうぜ」
二人並んで歩き出す。通学路には他の生徒たちもいて、ざわめきと笑い声が広がっていた。
悠真が口を開く。
「そういやさ、明日からゴールデンウィークだろ? なんか予定あんの?」
「特にない。寝る」
「うわー出た。つまんねーやつ。遊べよ、遊び! 俺は友達と映画とかボウリングとか詰め込みまくりだぞ」
「……疲れるだけじゃないか、それ」
「思い出作りってやつだよ。高校一年のGWなんて一回きりなんだからさ」
一樹は肩をすくめる。
(俺は、ただ平穏に過ごせればいい……それだけでいいんだけどな)
脳裏に、夢で見たネリーとエリーカの姿が過ぎった。
胸の奥が微かにざわついた。
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チャイムが鳴り、ざわめいていた教室が少しだけ静まる。
前に立った担任は出席簿を片手に、にこやかに笑った。
「はい、おはよう。……っと、明日から待ちに待ったゴールデンウィークだね。」
教室のあちこちから「やったー!」「遊び行こーぜ!」と声が上がる。
担任は手をひらひらと振って、笑いながらも軽く釘を刺す。
「はいはい、静かにね。浮かれるのはいいけど、羽目を外しすぎないこと。まだ入学して一か月なんだから、最初の大事な時期を無駄にしないようにね?」
生徒たちから「はーい」と気の抜けた返事が返る。
「それと――ゴールデンウィーク明けには校外学習があります。ちゃんとグループを組んで行動するから、今から心づもりしておいてね」
そう言って、担任は机の上に分厚い束を置き、手際よくプリントを配り始める。
「はい、これがしおり。日程や集合場所、諸注意はぜんぶ書いてあるから、家でちゃんと読んでおくこと。忘れたら即アウトよ。
なんでゴールデンウィーク前に配るか分かる? 準備をこの5日でしてもらうためだから。……遊び呆けて読まなかったー、は通用しないからね?」
一樹は受け取ったしおりをぼんやり眺める。
鹿児島――見慣れない地名がそこに記されている。
(……鹿児島か。ずいぶん遠いな。修学旅行で行くくらいだと思ってたけど)
担任が板書を始める。
「というわけで、ゴールデンウィーク明けの一時間目は班決めから始めます。いいですね? ――はい、今日のホームルームはここまで。」
チャイムが鳴り、生徒たちは一斉に雑談を再開する。
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チャイムが鳴ると同時に、教室は一気にざわめきの渦に戻った。
「鹿児島だってよ!」「遠すぎだろ!」「飛行機かな? バスかな?」
配られたしおりを手にした生徒たちが、口々に感想を漏らしている。
「班どうする?」
「四人か五人って言ってたよな」
「おい、一緒にやろうぜ!」
あちこちで声が飛び交い、机を移動する音が響いた。
一樹はそんな喧騒を少し離れて眺めていた。
悠真の周りにはすでに男子が数人集まり、「お前も一緒な!」と肩を叩き合っている。女子からも「あの、御影くん、よかったら……」と声がかかり、悠真は笑顔で対応していた。
(……相変わらず人気者だな、悠真)
一方、教室の反対側では天城いろはが囲まれていた。
「いろはちゃん、こっちの班に!」「いや、俺らの班が先!」
男子も女子も手を挙げて競い合う。彼女は微笑んで「ごめんなさい」と丁寧に断っていった。
(……こっちもやっぱり別格か。なんで同じクラスなんだか)
一樹は肩をすくめ、机の上のしおりを広げた。
ページに大きく書かれた地名――鹿児島。
「……鹿児島か。ずいぶん遠いな」
『ふーん何処そこ?ミツキなら走って五日で行ける?』
「は?」
『だってさ、異世界のとき山脈越えたじゃん? 二日で。鹿児島?くらい余裕でしょ。』
一樹はこめかみを押さえて、ため息をつく。
「……地球の文明なめんな、走らなくても行く方法あるんだよ。」
『にひひっ、あんたのツッコミ、マジでクセになるわ』
そんな内心のやり取りをしていると、悠真がこちらへ戻ってきた。
「よし決めた。俺、イツキンと組むわ。……悪いな、他のやつら。こいつ放っとくと一人になっちまうから」
あっけらかんとした言葉に周りから「お前ら仲良すぎ!」「やっぱりかよ。」「そうだよね私もその方が……┌(┌^o^)┐」と笑い声が飛んだ。
おい待て今何か変なの居なかったか。
辺りを見渡したが見つかるわけもなく。
「……はいはい」
一樹はため息を混じらせながら答える。
そのとき――
「……あの」
声のする方を見ると、天城いろはが立っていた。しっかりと背筋を伸ばし、こちらを見つめている。
「鏡くん、御影くん。もしよかったら、私も入れてもらえないでしょうか?」
瞬間、教室の空気がぴたりと止まった。
人気者二人が、なぜか当然のように一樹の班に集まる。
「嘘だ!!」「俺たちのいろはちゃんが」「許すまじ御影!!」「顔なのか!やっぱり顔なのか。」と阿鼻叫喚が訪れた。、
おいおい、勘弁してくれよ。
「……なんでだよ。なんでクラスの人気者が俺の周りに集まってんだよ」
一樹の突っ込みに、フェンリルの笑い声が頭の奥で弾けた。
『にひひっ、よかったじゃんミツキ。これで“ぼっち回避”確定だね!』
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