34話 最後の記憶
――大地は裂け、空は血のように赤く染まっていた。
荒れ果てた草花も咲かない不毛の大地。
その前線に無数の魔物が押し寄せる戦場を、本隊はまっすぐ突き進んでいた。
ミツキ、勇者、炎の魔神、風の魔神、雷の魔神。
作戦ではこの五人が魔王の間に挑むと、最初から決められていた。
だから他の仲間たちはただひたすらに、敵を退け、その道を切り開いていた。
「……ここから先は、わたくしが引き受けますわ」
群れを遮るように、薄紫の髪を揺らしてネリーが一歩前へ出る。
白い手袋を裂き、掌から血を垂らす。
それが赤黒い光を帯び、漆黒の大鎌へと形を変える。
「ブラッドウェポン――《クリムゾンサイス》」
血と魔力が渦を巻き、彼女の背を彩る。赤い瞳は妖しく燃え、戦場に咲く花のように美しかった。
その隣に、眠たげな声が加わる。
「……ねむたぁ〜い。でも、ネリーを一人にしたらだめだよね……」
エリーカがとてとてと歩いてきて、ネリーの隣に並んだ。
袖で目をこすりながらも、両手に魔力を集める。
「……ミツキ〜。わたしもここに残るよ。だって眠らせるの、得意だから」
魔物の群れに小さな声で呟く。
「……ねんね、してくださぁい……」
十数体の魔物がその場に崩れ落ち、土煙を上げた。
「……二人とも」
ミツキは足を止め、振り返る。胸が締め付けられる。
「……無茶は、するなよ」
ネリーは大鎌を握り直し、ふっと笑みを浮かべた。
「ふふ……ご心配なく。わたくしはヴァンパイア。血さえあれば、何度でも蘇りますのよ。
――ですから、ミツキさん。あなたこそ、絶対に帰ってきてくださいませ」
エリーカも欠伸をしながら、こくりと頷く。
「……ミツキ〜。帰ってきてね。でないと……膝枕してもらえないから……」
勇者がミツキの肩に手を置いた。
「……聞いたわね、ミツキちゃん。二人はここで全力を尽くしてくれる。
だから、私たちは進むのよ。お姉ちゃんが一緒にいるから、安心して。」
ミツキは唇を噛みしめ、二人の姿を焼き付ける。
炎と血煙に包まれながらも、二人の瞳は確かに自分を見つめていた。
――ネリー。エリーカ。
名を呼んだ瞬間、視界が白い光に包まれる。
次に目を開けたとき、ミツキはもう、別の場所に立っていた。
「……っ!」
バッと上体を起こした。
額から汗が滴り、シャツが肌に張りついて気持ち悪い。
心臓はまだ戦場にいるかのように激しく脈打っていた。
見慣れた天井。
散らかった教科書や、机に放り出されたままのペットボトル。
ここは俺の部屋――現実だ。
「……夢、か……」
思わず額を押さえながら呟く。
だが瞼の裏には、さっきまでの光景が焼き付いたままだ。
赤い空。荒れ果てた大地。
そして――ネリーとエリーカの背中。
「ネリー……エリーカ……」
無意識に名前が漏れる。
その瞬間、頭の中に甲高い声が響いた。
『なぁにぃ? エッチな夢でも見たの、ミツキ?』
にひひっと悪戯っぽい笑いが耳元で弾ける。
「――違ぇよ!」
思わず布団を跳ね除け、声を荒げた。
汗で湿ったシーツが、ぐしゃぐしゃに皺を作る。
フェンリルの声は楽しそうに続く。
『ふーん、顔赤くしてさぁ。ほんっとわかりやすいんだから。で? 夢の中で誰とイチャついてたのよ、ミツキ?』
「イチャついてねぇ! ……ただ、ネリーとエリーカが……」
言葉が途切れ、唇を噛む。
『あーぁ、あのミツキラブラブ吸血鬼と……いつもあんたの膝で寝てたちびっこね』
にひひっと笑いながらフェンリルが言い放つ。
胸の奥がさらにざわつく。
「……そうだよ。二人とも、俺を先に行かせて……結局、その後どうなったのか、知らないままなんだ」
フェンリルの声が一瞬だけ真面目になる。
『……そりゃそうだよ。あんたは魔王を倒した瞬間、こっちに戻ってきたんだから。二人の結末なんて、知りようがないじゃん』
一樹は拳を握りしめ、低く呟く。
「……だから、無事だったの気にはなるだろ。
仲間だったんだからさ。」
しばし沈黙の後、フェンリルが鼻で笑った。
続けざまに、軽く言い放つ。
『ふーん……ネリーなら、もしかしたらあんたを追いかけて来るんじゃない? あの子、言ってたじゃん――“ミツキさんが死んだら追いかけますからね”ってさ』
一樹は息を呑み、拳をさらに強く握りしめた。
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