31話 後日談
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昼下がりの秋ヶ原高校の屋上。
俺はフェンスのそばに寝転がり、青空を仰いでいた。
耳にイヤホンは差していない。ただ、スマホを掲げてニュースアプリを流し見する。
『――秋ヶ原市の地下構造物で発生したガス漏れ事故。死亡者はなく、十数名が重軽傷を負いました。現場はすでに封鎖され、市は再発防止に向けたインフラ整備計画を発表。市長による謝罪会見が開かれました――』
俺は画面を閉じ、ひとつ息を吐く。
……ダンジョン化も、あれほどの戦いも、世間では「ガス漏れ」で片づけられたらしい。
SIDが裏で手を回したのだろう。一般人に真実が知られることはない。
「……カーティス」
脳裏に、あのサングラスの男の笑みが浮かぶ。
星の狭間、鍵、カラミタスNo.4――。
残された言葉は謎ばかりで、答えに繋がる糸口はどこにもない。
俺は制服のポケットに手を差し込み、硬い感触を掴み出す。
掌に乗せたのは、あと場所で手に入れたこの宝石だ。
太陽の光にかざすと、黄金色に澄んだ輝きが揺らめいた。
「……鍵か。」
思わず声が漏れる。
ただのトパーズにも見える。だが違う。
それは息を呑むほどに澄み切り、どこか「心臓の鼓動」のような脈動を放っていた。
『にひひっ♪ そいつが鍵なんでしょ、いったい何処で使うんだろうね?』
頭の中でフェンリルが鼻で笑う。
「知らねーよ。」
問いかけても返事はなく、ただ無邪気な笑いが返ってくる。
ポケットに宝石をしまいながら、俺は再び空を見上げる。
カラミタスとは何者なのか。
No.4ということは、あの先にまだ幹部がいるのか。
そして「星の狭間」とは――。
「……面倒くせぇな」
呟いて、目を閉じる。
まだ戦いは終わっていない。いや、むしろこれからが本番なのだろう。
俺の平穏はいつになったら来るのだろうか。
(俺が異世界から帰ってきて一週間でこの事件は呪われてるよな。
神社とか行って、お祓いした方が良いのかな。
いや、しよう。)
『でもさ、ミツキがトラブルに巻き込まれるなんていつものことじゃぁん。
まぁ、そのお陰でわたしは退屈しないけどねぇ♪
大好きだよミツキ♡』
(嬉しくねぇーー!)
風が吹き抜け、空はやけに青かった。
屋上で風に吹かれながらぼんやりしていると、ギィ……と扉が開いた。
そこに現れたのは――しばらく学校を休んでいたはずの悠真だった。
「よぉ、イツキン。……こんなとこで昼寝?」
相変わらず軽い口調。けれど、その顔には絆創膏が貼られ、頬に残る擦り傷が痛々しい。
袖の下にも包帯が覗いていて、とても「風邪で休んでた」ようには見えなかった。
「……おまえ、しばらく見なかったけど。怪我……それも“転んだ”ってやつか?」
「ははっ、そーそー。ドジってさ。……心配した?」
笑う悠真の目は、どこか探るように細められていた。
屋上に並んで腰を下ろし、しばらく他愛もない雑談を交わした。
最近始まった購買の新しいパンがどうだとか、体育の授業がダルいだとか――
ほんの少し前まで血と氷に塗れた戦場にいたのが嘘みたいに、くだらない話題ばかり。
「……ま、そういうわけで。俺のドジは秘密な」
「はいはい。バレバレだろうけどな」
「ちぇー、イツキン冷てぇ」
くだらないやりとりに、思わず笑みが零れる。
――カン、カン、カン。
終礼を告げる鐘の音が校舎から響いた。
「ほら、行くぞ」
「んじゃ、一緒に戻るか」
俺と悠真は立ち上がり、フェンス越しの空に一瞬だけ目をやってから、
肩を並べて教室へと戻っていった。
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重苦しい帳の下りた広間。
燭台に揺れる炎だけが、闇の奥に沈む幹部たちを照らしていた。
長机に並ぶ影は七つ。
しかし顔は闇に溶け、見えるのは黒衣や軍服、修道服といった衣の輪郭だけ。
その中で、クラウスは椅子の横に控え、恭しく一礼した。
「……ご報告いたします。カーティス様が――消息を絶ちました。
ですが星の狭間の特定は出来たようでございます。」
静まり返る空気。
その報告に、数人の影が小さく揺れた。
沈黙を破ったのは、獣じみた気配を纏う男の低い笑い。
黒衣の隙間から覗くのは、鋭い牙と闇に光る双眸。
「……やっぱりな」
広間に、獣の唸りにも似た声が落ちる。
その言葉に、クラウスはすぐさま視線を向け、丁寧に問いかけた。
「どうかいたしましたか?リュカオン様。」
影の奥で、黒狼――リュカオンが肩を揺らして笑った。
「ふ……。カーティスが負けたのは想定内だ。
あいつは狡猾だったが、結局は“力”が足りねぇ。
……だが銀狼ってやつには興味が湧いた」
その声は、戦いを欲する獣の本能に満ちていた。
「序列で言えば、俺はカーティスの下って扱いだったが……それも前から気に食わなかった。
次は――この俺が出る」
広間を圧するように、リュカオンの気配が膨れ上がる。
他の幹部たちは表情を変えない。ただ、静かな緊張が場を覆った。
クラウスは一歩も退かず、淡々とその横顔を見上げる。
「承知しました、リュカオン様。……すぐにご用意いたしましょう
それでは今回はこれお持ちまして解散とさせていただきます。」
幹部たちのざわめきを背に、クラウスは無言で奥の扉を押し開けた。
広間とは対照的に、そこは静謐そのもの。
重厚なカーテンの隙間から差し込むのは、細い月明かりだけだった。
銀糸のような光が椅子を照らし、その上に座る少女の輪郭を浮かび上がらせる。
肌は雪のように白く、蝋細工のように血の気がない。
月明かりに照らされた横顔は息を呑むほど整っている。
まるで人形がそこに置かれているかのようだった。
ただひとつ、瞳だけが異様に深く澄み、虚空を映すように揺れていた。
クラウスはその視線を受け、恍惚とした表情を浮かべる。
音もなく片膝をつき、深々と頭を垂れた。
「……どうかご安心を。計画は滞りなく進んでおります。
“鍵”も、いずれ必ず揃いましょう。
――そしてすべては、貴女の御元に」
少女は何も言わない。
ただ月明かりに照らされながら、ガラス細工のような瞳で彼を見下ろすだけだった。
その沈黙すらも肯定と受け取り、クラウスはさらに深くかしずく。
「すべては――主のために。」
奥の間には二人の影だけが揺れ、静かな月光と冷たい沈黙が落ちていた。
夕暮れの街並み。
黒い日傘を差した少女が、校舎の屋上をじっと見下ろしていた。
薄紫色の髪が風に靡き、黒のゴシックドレスが夜のように揺れる。
「……ここですか。ミツキさんがいる世界は」
その口元に淡い笑みが浮かぶ。
けれど、すぐに表情が変わる。
「……誰ですかね? 不躾な視線を**私**に向けるのは?」
日傘をわずかに傾けた瞳が、ビルの影に潜む“何か”を射抜く。
そこにある気配は動かず、ただ彼女を見つめている。
「……ふふ。隠れているつもりでも、その程度では。
それにしてもここはいったい何処なのでしょうか?
わたくしの知ってる町並みとはずいぶんと違いますね。」
美しい白い顔に影が落ち、微笑が深まる。
次の瞬間、少女の姿は夜風に紛れるように掻き消えた。
「今会いに行きますからねミツキさん」
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