28話 フェンリルvsプロト・ケルベロス
赤黒い魔素が空間を満たし、焦げた鉄の匂いが鼻を刺した。
崩れた床の隙間からは蒸気のように瘴気が噴き出し、熱と冷気が交互に押し寄せ、鼓膜がビリビリと震える。
白銀の霜が足元からじわりと広がり、天井から垂れ下がった氷柱が、炎に焼け焦げた鉄骨とぶつかり合って――――パキィィンッ!!
金属と氷が砕け散る、不快な音が戦場に木霊した。
その混沌の中心に立つのは、白銀の髪を振り乱し、狼耳をピンと立て、尾を揺らす少女。
フェンリルは口元に嗜虐的な笑みを浮かべ、獲物を前にした獣のように目を輝かせた。
「ふふーん……にひひっ♪ やっぱ格下の匂いしかしないなぁ。
ねぇワンコちゃん、三つ首あるくせに頭は一個分も働いてないんじゃない?」
挑発の声に呼応するように、プロト・ケルベロスの三つ首が同時に吠える。
咆哮が壁を震わせ、空気が裂けた。
――ギャアアアアッッッ!!
三つ首の喉奥から、灼熱と瘴気が混じったブレスが轟々と吐き出される。
床石がジュウジュウと音を立てて溶け、鉄骨が赤熱して歪む。
瘴気に触れた壁面がドロドロと崩れ、空間そのものが焼けただれるようだった。
だが――フェンリルは一歩も引かなかった。
むしろ前へ踏み込み、胸を突き出す。
「おっそいおっそいっ! その程度で焼けると思ってんの? 効きませーん♪」
――ゴォォォォッ!!
炎と毒をまともに浴びながら、彼女の身体を覆う蒼白い氷のオーラが一斉に輝いた。
熱が触れた瞬間に「ジジジッ」と音を立てて凍りつき、逆にブレスを飲み込む。
煙すら氷結し、粉々に砕けて宙を舞った。
「……あはっ♡ ほら見て? 焦げるどころか髪の毛一本すら無傷なんだけど?
もっと頑張んなきゃぁ? 三つ首のくせに、やること単調すぎじゃない?」
白銀の髪先が輝きを増し、挑発的に視線を投げかける。
ケルベロスの三つの瞳孔が揃って収縮し、次の瞬間――。
――ドガァァァァンッ!!
三つ首が同時に動いた。
正面の首が牙を剥き、鋭い顎が彼女の身体を噛み砕こうと迫る。
もう一つは尾を振り回し、鉄骨を巻き込みながら薙ぎ払う。
最後の一首は顎を大きく開き、泡立つ毒液を霧のように撒き散らした。
「そうそう、それでいいっ♪ ……って思った? 残念でしたぁ♡」
――ヒュッ。
彼女の身体が霞のように揺れ、正面から迫った牙を紙一重で回避する。
尾が振り抜かれる直前に氷のステップで宙へと舞い上がり、逆にその尾を掴んで――
――ドガァンッッ!!
床へと叩きつけた。地面が爆ぜ、石片と氷片が吹き飛ぶ。
粉塵を浴びながらも、フェンリルは楽しげに舌なめずりをした。
「にひひっ♪ ねぇ、痛かった? でも大丈夫だよ、まだまだ“おもちゃ”は壊さないからぁ♡」
挑発は止まらない。
残った二首が逆上し、さらに攻撃を仕掛けてくる。
――ガガガガガッ!!
前脚の鉤爪が鉄床を抉り、巨大な体躯が矢のように突進した。
顎が開き、鋭い牙が迫る。
フェンリルはわざと避けず、両腕を広げて迎え入れるように立った。
――ガブゥゥッ!!
牙が腕を噛み砕こうと突き立つ。だが――。
「……ねぇ、もっと強く噛んでみ? その歯ぁ、折れるから♡」
氷が逆流する。
牙に触れた瞬間、顎全体が凍りつき、
――バキバキバキィィッ!!
凍結が走って顎が粉々に砕け散った。
「にひひっ♪ ほーら、壊れちゃった。次はどこ壊してほしい?」
残る二首が吼え、尻尾が鞭のように床を叩き、破片が四方に飛び散る。
フェンリルはそれを軽く弾き飛ばし、白銀の尾を大きく揺らした。
「ねぇ、久々に戦えるんだからさぁ、簡単に死なないでね? まだまだ遊び足りないんだよ!」
彼女の掌に白霜が収束する。
指先から伸びた氷の鎖が、残る二首を絡め取った。
「ほら、動けないでしょ? そのまま……凍りつけぇぇ!!」
――バキィィィィンッ!!
巨体全体に氷が駆け巡り、毛並みも肉も金属も固まっていく。
ケルベロスの目が絶望に見開かれ、最後の咆哮を上げるが、その声すら氷霜に閉ざされて消えていった。
「んふふっ……止まった♡」
フェンリルは凍りついた巨体を一瞥し、笑顔で足を振り上げる。
「じゃ、ばいばーいっ☆」
――ドガァァァァァンッッ!!
かかと落としが氷の巨体を粉砕した。
砕けた破片が光の粒子となって四散し、残ったのは赤黒い瘴気すら凍りついた静寂だけ。
「ふぅ……おもちゃにしては楽しめたかな。にひひっ♪」
白銀の狼耳を揺らし、フェンリルは満足げに尾を振った。
その顔は、まるで遊び終えた子供のように無邪気。
だが足元に転がる氷塊は、紛れもなく神獣の力で滅ぼされた残骸だった。
『ふぅ……楽しかった♪ さてと――次はあんたの番だよ、ミツキ♡』
氷片を踏み砕きながら、フェンリルはサングラスの男へ視線を向ける。
白銀の尾を大きく揺らし、その声は弾むように明るく、だが背筋を凍らせるほどの嗜虐を帯びていた。
『ま、負けそうになったら――あたしが割り込んで、全部ぶっ壊しちゃうけどね♪ にひひっ!』
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