27話 こういうのなんだっけ2Pカラー?
亀裂の向こうに茜たちの姿が消えるのを見届けると、場に残ったのは俺と、飄々とした笑みを浮かべるカーティスだけになった。
「意外と判断力はあるんだな。」
『引き際をミスって死ぬ奴なんて山ほどいるしね。』
異形が低く唸り、赤黒い魔素を吐き散らす。
「……以外にも見逃してくれるんだな」
ミツキが睨みつけながら吐き捨てる。
だがカーティスは肩をすくめ、薄笑いを深めただけだった。
「ふふ、あんなものはいつでも潰せる。
SID? 眼中にすらないさ。
全滅させる気なら一瞬で終わる――だが、そんな雑事よりも興味深いものが目の前にある」
指先で帽子のつばを押し上げ、サングラスの奥から銀狼を見据える。
「君だよ。銀狼。……今は、君の力を測る方が先だ」
その声音には、ぞっとするほどの愉悦が混じっていた。
だが――もう誰も見ていない。
ミツキは深く息を吐き、唇の端を吊り上げる。
………何しても大丈夫だな。
ギャアアッ、と空気を裂く咆哮。
プロト・ケルベロスが跳躍し、石床を砕いて三つ首の影が覆いかぶさってくる。爪がコンクリートを引き裂き、耳障りな火花が散る。
「鬱陶しいな……!ただ図体がでかいだけの犬コロが。」
ミツキは身を沈め、床を滑るように転がり込む。
すぐさまプロト・ケルベロスの頭上に飛び上がり、
「伏せ!!」
ゴッ、と鈍い衝撃音。振り下ろしたかかとが獣の側頭を叩き割り、重い肉体が床に沈む。
砕けた地面が粉塵を舞い上げ、辺り一面にひび割れが走った。
そのまま追撃を――拳を叩き込もうと跳躍した瞬間。
「これはどうですかな?」
ヒュンッ、と風切り音が耳を裂いた。
反射的に身を捻ると、銀色の閃きが肩を掠め、壁に深々と突き刺さる。刃の縁には紫黒い毒液が滴り、ジュッと嫌な音を立てて石を焦がす。
「……チッ、戦闘は苦手なんじゃねぇのか?」
ミツキが視線を上げると、カーティスが片腕を軽く振り、サングラス越しに飄々と笑んでいた。指先で刃を弄んでいる。
「嫌らしいタイミングで攻めてきやがるな」
「お褒めいただきありがとうございます。貴方もずいぶんと感がいいご様子。」
だが構えを直す暇すらなく、ケルベロスが立ち上がる。
仕方なく後ろに下がり、距離を取って次の動作に切りかえた。
ゴゴッ、と骨が軋む音。口腔が開き、赤黒い魔素が膨張する。
三方向から吐き出された瘴気混じりのブレスが壁を溶かし、鉄骨がジュウッと黒煙を上げて崩れ落ちた。
「っ――」
紙一重で飛び込み、顎下へ渾身の蹴りを叩き込む。
バギッと骨が折れる手応えと共に、獣の頭が仰け反った。
お返しとばかりに左右の顔がこちらに向かって噛みついてくる。
鋭い牙を紙一重で避けつつ、足元に着地をして前足を蹴り倒そうとした。
だが再び、横側から乾いた銃声。
「おやおや、よそ見はいけませんねぇ。」
パァンッ! 火花が散り、弾丸が壁に弾け飛ぶ。
ミツキは舌打ちし、後方へ跳び退る。肺が焼けるように熱く、額には汗が滲んだ。
「あいつ俺が気付くのを分かってわざと音を出してやがる。」
「これも避けるとは、素晴らしい。」
カーティスは面白いものを見るかのように嬉しそうにはしゃいでいる。
本当にあいつは嫌らしい性格してやがる。
『一人だとしんどいんじゃない。私が手伝ってあげようか、にひひひ。』
「戦いたいだけだろお前。」
『見てるだけだと暇なんだもん。』
一人でやれないことは無いが、無駄に傷を負うのもめんどくさいな。
「はぁ……本気でやれば行けねぇ事はねぇけど。」
白銀の尾がふるりと揺れ、足元の床に冷気が走る。霜が音もなく広がり、周囲の空気がチリチリと凍りついていく。
「仕方ねぇか、蹂躙してやってもいいんだけど……片方は、あいつに譲ってやる。」
――《銀幻》
氷の残影が幾重にも揺らめき、戦場は白銀の幻想に覆われた。
一拍置き、目を細める。
「中で暴れたくて仕方ない奴がいるんでな。
こっちも2人でやらせてもらうぞ。」
『ふふっ、やっと言ったな! あんたが自分から譲るなんて、ほんっと珍しい! にひひっ♪』
フェンリルの声は嬉々として弾んだ。
獲物を前にした猛獣のように、喜びと昂ぶりを隠そうともしない。
「プロト・ケルベロスは任せる。好きに暴れてこい。ただし――暴れすぎるなよ。」
『分かってるって! でも、派手にやった方が楽しいでしょ? あんただって心の奥じゃワクワクしてるくせに』
ミツキは小さく息を吐いた。
胸の奥で血が騒ぐのは確かだった。
「……久々に少し本気でやるぞ、フェンリル」
『任せなさいって! 魔神の名に恥じない戦いを見せてやる!』
その瞬間、ミツキの周囲で氷の結晶が一斉に弾け飛ぶ。
淡い光の中、影が二つに裂けた。
――残像ではない。
氷が織り成す鏡のような術式が形を結び、もうひとつの存在が顕現する。
氷の残像《銀幻》
現れた瞬間、彼女は息を大きく吸い込み、霜混じりの吐息をわざと楽しむかのように吐き出した。
氷晶を踏みしめるたび、パキパキと床が凍り、足跡のひとつひとつが煌めく。
『……ふふっ、待ちに待った! やっと出られたじゃん! にひひっ♪』
白銀の髪を振り乱しながら、子供のように全身で喜びを表す。
狼耳がぴんと立ち、尾は嬉しげに大きく揺れる。
その仕草はまるで狩りに出る前の獣そのもの――期待と昂ぶりで震えていた。
「あんたが閉じ込めてばっかだから、ずっと退屈してたんだよ! やっと暴れられる……!」
「閉じ込めてばっか?勝手に暴れまわってただろうが。」
「知らなーい♪ねぇ、ミツキ、楽しいよね? ワクワクするよね!?」
氷霧の中、彼女の笑顔は無邪気そのもの。
だがその背後に広がるのは、神獣としての狂気と殺意。
喜びと破壊衝動が渾然一体となり、戦場の空気を震わせていた。
そこに立つのは、ミツキと瓜二つの少女。だが決して同じではない。
ミツキの髪が月光の銀糸なら、フェンリルの髪は氷晶の棘を帯び、毛先は霜に濡れたように輝いている。
瞳は蒼を通り越し、ほとんど白銀に近い光。無垢さではなく、挑発と愉悦を宿していた。
鋭角に立つ狼耳。逆立つ尾。霜の靄が全身を包み、双子のように似ていながら、背負うものの質が違う。
ミツキが人としての理性を抱く存在なら、フェンリルは神獣としての狂気を体現する。
『さーて! 犬っころの相手は私に任せときな! にひひっ♪』
氷霧の向こうから響くその声に、プロト・ケルベロスが牙を剥いた。
戦場は二つに分かたれた。――フェンリルと異形。ミツキとカーティス。
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