26話 い・ろ・は・す
モニターに走る赤いライン。
銀狼を示す小さなアイコンが、地下区画の地図を進んでいく。
ところが、ある座標に差し掛かった途端――点滅を繰り返し、挙げ句の果てに消滅した。
「ん? ……ちょっと待って、そこって……!」
――プツッ。
一瞬だけノイズ混じりの音声。すぐに砂嵐のような雑音に変わる。
「……え、うそ……GPSごと途絶? そんなの、あり得ない……!」
手が一瞬止まる。けれど躊躇は一秒も続かなかった。
再起動、再接続、複数ルートの探索。
それでも返ってくるのは「空白」だけ。
「……マジかよ。SIDのシステム、やっぱり化け物か」
舌打ちし、息を整える。
静かに、慎重に。防御AIの目を欺くようにコードを走らせる。
SIDのフィルタは表向き完璧だが、隅々を撫でれば必ず綻びがある。
監視カメラに映らない死角を探す泥棒のように、見えない通路をなぞる。
――ビリッ。
画面に一瞬、赤黒いエラーコードが走る。
防御AIが侵入を察知した。
《不審な挙動検出――遮断プロトコル起動》
「っ……バレた!? くそ、こっちは静かにやりたいんだよ!」
即座に別の経路を走らせ、コードの署名を偽装する。
まるで別のSID端末からの通常通信のように見せかけて――。
《正常通信に復帰》
「……よしっ! だまされたな、アホAIめ!」
小さくガッツポーズをしながら、再び奥へと潜り込む。
――スッ。
次の瞬間、モニターに別の窓が開いた。
SID隊員のボディカメラ。
ノイズ混じりで色彩は荒い。けれど確かにそこに――白銀の狼が映っていた。
「あ……あぁ……銀狼さま……! やっぱり……! 生きてる……!」
震える声。けれど手は止まらない。録画、保存、二重三重のバックアップ。
同時にもう片方の手でモニターを握りしめた。
――ズドォォンッ!!
地面が揺れる。カメラが大きく跳ね、銀狼が弾丸のように飛び込むのが映る。
六枚の翼を広げた機械天使。
その槍が閃き、銀狼がかわす。
「よっしゃああああッ!! 避けたぁぁ!! すごい……! はぁ、尊い……!」
「スクショ! スクショ保存!! やばいやばい! 後で壁紙確定だこれ!!」
無音の画面に、声だけが熱を乗せていく。
拳、蹴り、爪――火花が散り、装甲が歪むたびに机を叩いた。
「そこぉ!! 決まったぁぁ!! もっといけぇぇ!!」
「銀狼さまのドヤ顔きたーーー!! あああ保存保存保存!!」
だが――機械天使の装甲は自己修復を始める。
金属の肉が生き物のように蠢く。
「ちょっ……しぶとすぎるでしょ!? そんなの反則じゃん!!」
レーザーの雨。氷の鎖。
攻防が繰り返されるたびに、呼吸は早くなり、胸を押さえた。
「いけぇぇぇ銀狼さま!! その拳でぶち抜いてぇぇ!!」
画面の中で、銀狼が吼えた。
氷狼の影を背に纏い、詠唱を重ね、世界そのものを凍りつかせていく。
――バキィィィィンッ!!
凍気を纏った拳が振り抜かれ、機械天使は一撃で粉砕された。
砕けた金属片は氷塵となり、星屑のように宙を舞う。
「はぁ……っ、やった……やったぁぁ!! 銀狼さま最強ぉぉ!! 尊い……!」
「保存保存保存ッ!! この瞬間を一生語り継ぐからぁぁ!!」
涙がにじみ、キーボードがぼやける。
けれど次の瞬間――。
画面の端に灰色のスーツ姿。
丸サングラスに薄笑い。悠然と拍手をしながら歩み寄る男。
「……っ! まさか……あれ……カーティス・ロウ……!?何でこんなとこに!?」
盗み見た資料でしか知らなかったレベルSの犯罪者。
彼が黒い鎖で残骸を絡め取り、異形を生み出していく。
肉と鋼の三つ首が咆哮し、映像がブレる。
「やばいやばいやばいって……あんなの出してくる!? 反則……!」
銀狼が一歩前に出てSIDを退かせ、たった一人で立ち向かう姿。
だが――ボディカメラは揺れ、背後の走る隊員を映した。
銀狼の姿は、画面の端に小さく遠ざかっていく。
「え……ちょっと待って……嘘でしょ!? ここで撤退!?」
モニターにしがみつき、涙で視界を歪ませながら叫ぶ。
「なんでよ!! なんでこんな大事なところで撤退するのよ!!
銀狼さまが……推しが今、本気で戦ってるのにっ……!!」
彼女の声は届かない。
だが震える指先は、最後まで録画ボタンを離さなかった。
推しの勇姿を、一秒でも多く残すために。
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