25話 黒幕
割れた空間の向こうから、場違いなほど緩やかな拍手が響いた。
闇を切り裂くように現れたのは、灰色のスーツに身を包み、帽子を目深にかぶった男。丸いサングラスの奥で薄笑いを浮かべ、周囲を値踏みするように視線を滑らせている。
「……カーティス・ロウ」
茜が低く名を呼ぶ。張り詰めた声が、空気の温度をさらに下げた。
すぐ隣で悠真が眉を寄せ、喉の奥で押し殺すように呟く。
「レベルS……SIDが最警戒指定してる異世界犯罪者。資料で見た顔だ……だが、本物を見るのは初めてだ。」
その名を聞いた瞬間、場を覆う緊張が一層強まる。連城も無言で刀を抜き、静かに身構えた。
しかし、当の本人は気にも留めず、まるで舞台に上がった役者のように両手を広げてみせた。
「やあやあ、そんな怖い顔をしないでほしいね。わたしはただ、星の狭間を確かめに来ただけさ。」
すると急に思い出したかようにカーティスがわざとらしい仕草で語りかけてきた。
「そういえば――私が仕掛けた《商品No.11》、はいかがだったかな?なかなかの出来だっただろう。」
帽子の影から見える口元が、愉快そうに歪む。
「当初は、あそこまで進化するとは想定していなかったんだが……まさか補食にまで手を伸ばすとはね。あれには私も驚かされたよ」
カーティスは両手を広げ、舞台の観客に説明するかのように言葉を重ねる。
「けれど結果的には最高のデモンストレーションになった。会場も観衆も揃っていたし、実験データも山ほど取れた。……いやはや、偶然とはいえ完璧な舞台だったじゃないか」
その余裕と不気味な口ぶりに、茜の眉がぴくりと動く。
悠真も低く吐き捨てた。
「やっぱり……あの時なイレギュラーはこいつが!」
カーティスの視線が、再びまっすぐミツキに突き刺さる。
一樹の胸の奥がざわつき、脳裏でフェンリルが舌打ちした。
『こいつ……何か胡散くさーい、嘘つきの臭いがぷんぷんするよミツキ。』
男は声を落とし、銀狼だけに囁くような調子で続ける。
「どうだい? 我々と一緒に、この世界を我が物にしてみないか? 君のその力なら、支配者の座も夢じゃない」
甘言のようでいて、底知れない罠を孕んだ響き。
ミツキ――一樹は、奥歯を噛みしめた。
脳裏に浮かぶのは、いつもの教室。友達と交わす何気ない会話。平凡で、しかし何よりも尊い日常。
「……ふざけるな。俺は誰かを傷つけるためにいるんじゃない。犯罪者になる気もない。
俺は……ただ、平穏を歩みたいだけだ!」
その返答を受けて、カーティスの笑みが深まる。
「……ふむ、やはり君はそう言うか。だが――」
一樹は息を整え、逆に問い返した。
「待て。さっきから言ってる“星の狭間”とか、“鍵”って何のことだ? ……俺が見た記憶と関係があるのか?」
カーティスは顎に手を添え、愉快そうに小さく笑った。
「おやおや、知らないのか。まあ当然だろう。だが、教えてやろう。星の狭間――それはこの世界とあちらを繋ぐ境界の裂け目。そして“鍵”とは……その扉を開く資格を持つ者のことだ」
「……扉を開く、だと?」
「そうさ。君がさっき見た記憶こそ、その証明に他ならない。だからこそ、私はここに現れたのだよ」
一樹は言葉を失った。理解が追いつかない。だがカーティスは、それすら楽しむように口角を吊り上げた。
「さて――」
男が指を鳴らす。
砕け散ったはずの機械天使の残骸から、黒い鎖のような魔素が伸び、散乱した金属片を絡め取る。ギシギシと軋む音と共に、異形の巨体が再び組み上げられていく。
その瞬間、星の狭間そのものが――ひび割れた鏡のように音もなく軋んだ。
光に満ちていた草原は赤黒く染まり、足元の柔らかな草は瞬く間に枯れ落ち、錆びた鉄片のように鋭く突き出す。
宙に漂っていた光の粒子は白の輝きを失い、やがて黒い灰へと変わり果て、舞い落ちては肌を焦がした。
上空に広がる断層がぱきりと割れ、そこから覗いたのは燃え立つような紅の空。
崩れ落ちる鉄骨じみた構造物が次々と姿を現し、世界はまるで廃墟の檻に閉ざされたかのように変質していく
「私がどうして、こんなにも素直に話すと思いますか?」
声色が低く沈み、空間が震えた。
次の瞬間、冷酷な笑みと共に言い放たれる。
「それは――貴方をここで殺すからですよ!!」
男の背後で、異形の影が吠えた。
戦いの幕が、再び切って落とされた――。
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黒い魔素が渦巻き、砕け散った機械天使の残骸を包み込む。
その中心に立つカーティスは、場違いなほど余裕の笑みを浮かべた。
「いやぁ、私は戦うのが非常に苦手でしてね」
帽子の影からのぞく唇が、愉快げに歪む。
肩をすくめる仕草は芝居じみていて、だがその声には得体の知れない冷たさがあった。
「だが幸い、ここには丁度いい“素材”があった。
こいつにこれをを込め、さらに――私の血をひと雫混ぜてやると……」
懐から謎の試験管を空け、指先から滴り落ちた赤黒い液体が、金属片に触れた瞬間。
魔素の奔流が爆ぜるように膨れ上がった。
「いやいや、どうでしょう。こんなにも素晴らしい作品が出来上がりました」
ごぉぉ、と空気が揺れた。
組み上がった巨体は、もはや元の機械天使の面影を留めていない。
金属の外殻は歪み、ところどころから獣の筋肉のような赤黒い肉塊がはみ出している。
片翼は鋼鉄の羽根で覆われ、もう片方は肉と骨がねじれ合った蝙蝠じみた翼。
頭部は三つに裂け、中央の仮面のような顔の両脇から、獣の顎と人間の口腔が並び咆哮する。
胸部には鼓動する“核”が埋め込まれ、まるで心臓のように光と魔素を脈打たせていた。
金属音と獣の咆哮が重なり合い、存在そのものが悪夢じみている。
「――強化融合体。
我が手による、実験的な傑作ですよ」
カーティスは誇らしげに告げた。
背後の異形が咆哮すると同時に、床が震え、空気が凶悪な圧で満たされていく。
咆哮が空間を揺るがした。
鋼と肉の塊――《プロト・ケルベロス》が四肢を地に突き立て、獣のように低く唸る。
その視線は真っ直ぐミツキに向けられ、敵意と飢えが混ざり合っていた。
「――ッ!」
茜が短く息を呑み、すぐに前へ出ようとする。
連城も刀を構え、悠真は銃口を上げた。
だがその瞬間、白銀の狼耳を揺らしながらミツキ――一樹が一歩前に踏み出した。
その背中から放たれる気迫に、誰もが思わず足を止める。
「下がれ」
低く、だがはっきりとした声だった。
「こいつは……俺が戦う。お前らは足手まといだ。――入り口は無理やり俺が開けてあるからそこから帰れ。
そうしてくれないと俺の報酬が無いからな。」
茜の瞳が揺れた。
銀狼の姿で放たれた一樹の言葉には、それほどの“力”が宿っていた。
『……にひひっ。言うじゃん、ミツキ』
フェンリルが脳内で笑う。
『でも……私達なら余裕っしょ!!』
茜は撤退しながら冷静な瞳の奥で、幾重にも感情が揺らめいていた。
「……悔しいが、今は撤退する」
「姉ちゃん!?」悠真が声を荒げる。
「現状を考えろ。私たちSIDはすでに損耗している。魔素濃度も限界に近い……これ以上の戦闘は全滅を招くだけだ。」
言いながらも、茜の胸には苦い感情が広がっていた。
――自分たちが守るべき領域で、結局は“異世界の存在”に背中を預けなければならない。
だが同時に、その銀狼の力を目の当たりにしていた。
あの圧倒的な気配、覚悟を秘めた眼差し。
人間離れしたその姿が、否応なく彼女の心に焼き付いていく。
「銀狼……おまえは一体、何者なんだ……?」
小さく呟き、茜は悠真と連城を促した。
「撤退するぞ!」
(……銀狼。この借りは、必ず返す。忘れるな)
悔しげに歯噛みしつつも、悠真も従うしかなかった。
三人が空間の亀裂の向こうへ退いていく中、白銀の狼はただ一人、怪物とカーティスを睨み据えていた――。
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