24話 記憶
誠に勝手ながら更新時間を変えさせていただきました。
8時と20時です。
1章の終わりまでは毎日2話ずつ上げますが、2章からは作者が忙しいため毎日上げられるか分かりませんが努力いたします。
粉々に砕けた機械天使の残骸が、氷塵と共に宙を舞う。
その中心に――ひとつの光が浮かんでいた。
それは武器でも残骸でもなかった。
小さな、しかし存在感を放つ宝石。
黄金色にきらめき、光の粒子を纏いながら、ゆっくりとミツキの目の前へと降りてくる。
「……宝石?」
ただのトパーズに見える。だが、違う。
それは息を呑むほどに澄み切り、どこか「心臓の鼓動」のような脈動を放っていた。
茜も息を飲んで立ち尽くす。
――捕獲時には感じなかった、底知れない威圧感。
銀狼から放たれる冷気に加え、今目の前に現れた宝石の神秘に、思考が一瞬凍りついた。
「何だよ、これ……」
ミツキが震える指先で、宝石にそっと触れた。
視界がふっと揺らぐと、そこには柔らかな光が満ちた部屋が広がっていた。
窓から差し込む朝の光はやわらかく、木製の床に黄金色の縞模様を描いている。
煮込みスープの香りが漂い、腹の奥をやさしく刺激した。
低い視点。自分の小さな手が見える。
――子供の頃の記憶? いや、知らないはずの家だ。
「おはよう、よく眠れた?」
あたたかい声。振り返ると、母と思しき人影が笑っている。
顔は霞んでいて見えないのに、その微笑のぬくもりだけが胸を突き刺す。
頭を撫でる感触――掌のやわらかさ、指先のやさしい重み。
その一瞬で、心の奥まで安堵が染み込んでいく。
隣から「ほら、座れ。今日はおまえの好きなパンケーキだぞ」と陽気な声が響いた。
父だろうか。
テーブルには湯気の立つ皿が並んでいた。ふわふわのパンケーキ、焼きたてのパン、甘いジャム。
それを前にした瞬間、胸いっぱいに幸福感が広がっていく。
---
別の日の記憶が流れ込む。
外の草原で駆け回る。
笑い声と、追いかけてくる足音。
振り返れば、兄か姉か、もしくは友のような存在が手を伸ばしている。
太陽がまぶしく、世界はただ明るくて、心臓は高鳴り続ける。
捕まった瞬間、腕の中に抱き寄せられ、笑い声が空に弾けた。
別の日の記憶が流れ込む
---小さな家の食卓に、湯気を立てる料理が並べられている。木製のテーブルの上には、小さな丸いケーキ。
上に差されたろうそくの火が、ゆらゆらと揺れていた。
「お誕生日、おめでとう!」
両親の声、兄弟姉妹の弾んだ笑い声。
家族全員が揃って、目の前の自分を祝福している。
胸の奥が温かくなる。
ろうそくを吹き消すと、拍手と笑いが弾けた。
---
別の日の記憶が流れ込む
兄弟げんか
次の記憶は、子供らしいじゃれ合い。
兄と自分が、木の剣を奪い合って庭を走り回る。
「それは俺の剣だ!」「違う、今度は私の番だ!」
大げさに転げ回り、砂埃を巻き上げる。
やがて本気で怒った顔になり、涙ぐんで唇を噛む――その瞬間。
母が間に入って「もう、仲良くしなさい」と優しく二人の頭を撫でた。
次の瞬間には、互いに顔を見合わせて吹き出していた。
泣き顔から笑顔に変わる、そんな小さな奇跡が日常だった。
---
別の日の記憶が流れ込む
野原に広げられた布の上。
籠いっぱいの果物や、焼きたてのパンの香りが漂う。
家族で並んで座り、空を見上げると、大きな雲が流れていく。
「見て! あの雲、動物みたい!」
「ほんとだ、狼だ!」
「こっちは鳥じゃない?」
指差しながら、笑い合う。
食べ物の味よりも、笑顔に囲まれていることが嬉しくてたまらない。
父がギターのような楽器を鳴らし、母が歌を口ずさむ。
小さな子供たちがその音に合わせて踊る。
幸福は、そこにあるだけで満ち溢れていた。
また別の記憶。
夜、暖炉の前で寄り添っている。
小さな体を毛布に包み、誰かの膝に頭を預ける。
優しい歌声が聞こえる。子守歌だ。
炎の揺らぎに合わせて、眠気がゆっくりと心を満たす。
安心。守られているという感覚。
もう何も怖くない――そう思えるほどの、絶対的な幸福。
どの記憶にも顔は映らない。
けれど確かに存在していた“家族”の温もりが、全身を埋め尽くしていく。
胸が熱くなり、涙が滲む。
これは――誰の記憶なんだ?
自分のものではない。だが、懐かしさと切なさが押し寄せ、堪えきれない。
……気づけば、頬を伝うものがあった。涙。
あまりに鮮やかで、あまりに温かい光景。まるで自分の幼い日の記憶のようで――けれど違う。
「……誰の、記憶だ?」
ミツキは息を呑み、胸を押さえる。
知らないはずの父母の笑顔。見たこともない家の景色。
なのに心は確かに喜びで満ちている。
『ミツキ……これは、私の記憶でもない。』
背後で重なるフェンリルの声が囁く。
その声音には、珍しく軽口ではなく真剣さがあった。
「……じゃあ、いったい……」
問いかけても答えはなく、ただ残るのは、幸福な温もりと、理解できない違和感だけだった。
「……何故泣いている。」
すぐ傍らから茜の声が落ちる。驚きと、わずかな警戒が混じっていた。
「……いや、なんでもない」
ミツキは袖で乱暴に涙を拭った。記憶のことを口にするわけにはいかない。
ただ宝石を見つめながら、胸の奥に広がる感情を抑え込む。
その時――。
「姉ちゃん!!」
「隊長無事ですか!」
駆け寄る声とともに、埃と煙をかき分けて二つの影が現れた。悠真と連城だ。
二人とも鎧の表面を焦がし、血と汗にまみれながらも悠真が連城に肩を貸しながら立っている。
(よかった、悠真も無事だったか。)
「……無事か!」
「ちょっとでも遅れたら……」
彼らの視線はすぐにミツキへと移った。
そして――その瞳に映ったのは、涙をこぼしながらも琥珀色の光を手にする銀狼の姿。
「……これは、どういう……」
悠真が息を呑み、連城が言葉を失う。
誰もが次の一言を探せず、沈黙が落ちる。
――その空気を打ち砕くように。
ぱちん、ぱちん。
場違いな拍手の音が、反響する異空間に響いた。
「いやぁ、いやぁ、いやぁ……素晴らしい、実に素晴らしい」
ゆっくりと歩み寄ってくる影。
灰色のスーツに帽子、丸いサングラス。蛇の刺青を持つ男――カーティス・ロウ。
「おかげでようやく見つけることが出来ましたよ。……星の狭間を。そして――星の鍵を」
感想がありましたらぜひよろしくお願いします。
誤字脱字や設定がおかしいなど些細なことでも書いていただけたら嬉しいです




