23話 ミツキ対機械天使
慌てて異空間に飛び出したはいいがさっきまで繋がっていた
い・ろ・は・すの通信がノイズだけになってしまった。
仕方がないのでインカムを取り外し放り投げた
獣人の耳にはノイズがすこぶる気持ち悪い。
改めて目の前の馬鹿でかい天使を睨み付けた。
――侵入者確認。
空間全体に、無機質な機械声が響き渡った。
星の狭間に漂う光の断層。その中央、六枚の翼を広げた「機械天使」が静止している。
無数の光粒子が展開し、目の前に立つ少女を舐めるように走査した。
《対象スキャン開始……種族:獣人。魔力:高。肉体強度:高。性別:……不明》
《内部に神格存在を確認。危険度再計算――最重要危険生物に指定》
《任務更新:星の鍵を最優先に保護。対象の排除を許可》
カチリと、天使の身体の各所が開き、光の槍がいくつも形を成す。
白い顔には感情の欠片もない。だが、冷たい殺意だけは確かにあった。
「……へぇ、スキャンごっこは終わりか。なら、遊んでやるよ」
ミツキは狼耳をピクリと揺らし、ゆるりと腰を落とす。
白銀の尾がふわりと舞い、瞳の奥に戦火の光が宿る。
『ククッ、来たなぁ。やっぱ楽しいじゃん、こういうの! ミツキ、容赦すんなよ?』
「言われなくても!」
――ドゴォンッ!!
次の瞬間、天使が放った光槍が地を抉った。
閃光が走り、爆ぜるような衝撃が広がる。
だがミツキの影は、もうそこにはいなかった。
***
機械天使の槍を軽々と弾き飛ばした銀狼に、茜は驚きを隠せなかった。
(……これが、捕獲された時と同じ存在なのか……?)
あの時に感じたのは「危険な異世界人」程度の認識だった。
だが今――目の前で繰り出される動きは、どれもその枠を超えている。
助けに来たはずなのに、恐ろしいほどの力に、安堵と同時に胸を締めつける緊張が走った。
*
「おっそい!」
――ガギィンッ!!
逆側から飛び込んだミツキの蹴りが、金属の装甲をえぐる。
火花が散り、天使の身体がわずかに揺らぐ。
続けざまに拳がめり込む。
――ドゴンッ! ガシャァァァンッ!
《損傷検知……修復プロトコル起動》
すぐさま装甲が蠢き、傷口が塞がっていく。
まるで金属の肉が再生するかのようだった。
「チッ、再生持ちかよ……めんどくせぇ」
『だから殴り続けりゃいいんだって! ほらほら、次来るぞ!』
――ヒュゥゥゥンッ!!
天使の翼から無数の光弾がばら撒かれた。
雨のように降り注ぐレーザー。避け場はない。
「なら――ぶち抜く!」
――ズバァァァンッ!!
ミツキの爪が閃き、光弾の軌道を切り裂く。
残滓が蒼白い弧を描き、衝撃が空間を裂いた。
直後、身体をひねって懐に潜り込む。
「おらぁッ!」
――ドガァァァァンッ!!
渾身のアッパーが顎を撃ち抜き、巨体が浮いた。
そこへ回し蹴りを叩き込み、天使が弧を描いて吹き飛ぶ。
金属の羽根が砕け、破片が宙を舞った。
《損傷率三十……出力制限を解除。最大戦力を展開》
ズズズ……ッ!
天使の背から伸びた翼が禍々しく変形し、刃のような形状を取る。
さらに頭部の輪が分裂し、光学兵器の砲門が展開した。
空間に響く電子音は、今まで以上に苛烈な殺意を帯びていた。
『おっとぉ、今度は本気モードってやつか。ミツキ、死ぬなよ?』
「誰に言ってんだ!」
――ギュオォォンッ!!!
大地を砕くほどの斬撃が奔る。
光の奔流は鋭利な刃となり、一直線にミツキを薙いだ。
だがその瞬間、彼女の姿は霞のように揺らぐ。
スッ――。
残像を残して横へ滑り込み、爪で逆袈裟に切り裂いた。
――ギシャァァァァァンッ!!
《損傷率五十……機能低下。なお戦闘継続》
「しぶてぇな……!」
『ふふーん、でも楽しくなってきたろ? もっとやっちまえ!』
ミツキの掌に、白い冷気が収束していく。
指先から伸びる氷の蔦が、天使の四肢を絡め取った。
「凍りつけぇッ!!《フリーズ》」
――バキィィィィンッ!!
瞬時に氷結し、動きを封じられた天使。
その身体に拳を叩き込み、蹴り飛ばし、爪で引き裂く。
装甲が砕け、内部から青白い光が漏れた。
《警告……構造崩壊の危険。最終防衛プロトコル起動》
天使の身体が赤く明滅し、周囲に圧が広がる。
崩壊寸前の自爆モード。
「チッ、面倒だな……」
『あんた、もう飽きてんじゃん? そろそろ〝本気〟見せたらどうよ』
「――ああ。壊すか」
ただならぬ気配が戦場を満たした。
ミツキの背後に、氷狼の影がゆっくりと立ち上がる。
白銀の毛並みが風に逆立ち、尾は鋭く長く伸び、耳がピンと狼のように尖る。
肌には霜が走り、白銀の氷片が舞い落ちるたびに鎧のように体へと貼りついていく。
その姿は――神と獣の狭間。
ミツキの声が空気を震わせると同時に、背後からもう一つの声が重なる。
氷狼フェンリルの声だ。
「聞け――氷雪の理、牙を持つ災厄よ」
『聞け――氷雪の理、牙を持つ災厄よ』
「この身に宿るは滅びの権能」
『この身に宿るは滅びの権能』
「凍土を統べる咆哮」
『凍土を統べる咆哮』
二重に重なる詠唱のたび、空間はビキビキと音を立てて凍りつき、地面には亀裂が走る。
吐息すら白い氷霧となり、ミツキの全身を纏う氷鎧が完成していった。
白銀の狼影が背後にぴたりと重なり、彼女の瞳は青白い光に染まる。
「我は氷を纏いし魔神」
『我は氷を纏いし魔神』
「――フェンリル、その名を以て汝を粉砕せん!」
『――フェンリル、その名を以て汝を粉砕せん!』
次の瞬間、世界が閃光に飲み込まれた。
「終わりだ!《アブソリュート・ゼロ》」
凍気を纏った拳が振り抜かれ、轟音とともに衝撃波が走る。
機械天使の巨体は一撃で粉砕され、砕けた金属片は凍りついた氷塵となり、星屑のように宙を舞った。
静寂の中に立つ銀狼から、ひしひしと圧が伝わってくる。
捕獲した時には決して感じなかった、純粋な恐怖。
(……こんな存在が、この世界にいていいはずがない……)
視線を向けるだけで呼吸が苦しくなる。
茜は剣を握る手に力を込めたまま、心の奥底で震えを抑えきれなかった。
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