22話 決死の覚悟
白銀の装甲を纏う巨躯。背には光の羽根を思わせる光学翼が八枚、音もなく広がっている。呼吸の代わりに、金属質の身体そのものが脈動し、空間を震わせるかのように冷たい光を放っていた。
ただならぬ雰囲気が、ひしひしと茜の全身を刺してくる。
これは「敵意」や「殺気」ではない。もっと原初的な、存在そのものが“門番”であると宣告してくる圧力――。
仮面のように無機質な顔。その奥で紅い双眸だけが灼けるように輝き、視線を逸らすことを許さない。
空間が低く唸るように震えた。
> 『――資格ナキ者ヨ、此処ニ至リシ理由ヲ問ウ』
声というよりも、空間そのものが振動して生じた音。
茜は唇を固く結び、両の掌で柄を握りしめる。膝に力を込めて、一歩、前に踏み込んだ。
(私の体力もあとわずか……ならば、受けるよりも先に斬る!)
「悠真、連城、後ろに下がっていろ!
御影流抜刀術――、一の太刀《閃華》!」
稲妻のような斬閃が、白銀の巨体へと走った。
――ギィンッ!
鋭い金属音が地下に突き刺さる。鞘走りから解き放たれた光刃は稲妻と化し、一直線にゲートキーパーの巨体を裂いた。
斬り結んだ瞬間、茜は確かに手応えを感じた。
だが――
「……なに!……」
刀身に伝わった感触は、水を切ったように空虚だった。確かに裂いたはずの黒い鎧は、白い光を放ちながら瞬時に修復される。返ってきたのは轟音とともに振り下ろされる巨腕。
――ドゴォンッ!
衝撃波が空気を叩き、茜の体を吹き飛ばす。壁に叩きつけられた背骨が悲鳴を上げた。
「くっ……!」
肺から血混じりの息が漏れる。だがまだ立つ。立たねば、仲間たちを守れない。
「姉ちゃん! 逃げよう!」
通信機から悠真の声が割り込む。背後で連城を支えている状態だ。
後ろに撤退している今は安全なはず。
だがその声には焦燥が滲んでいた。
「……心配するな……!」
「声が震えてます! もう下がって――」
「おまえ達は……今すぐ退けッ!!」
怒声が響く。
返事を待たず、茜は再び足を踏み込んだ。
「御影流――、二の太刀《霞斬》!」
霞のように揺らめく身のこなし。振り下ろされる巨腕を紙一重で逸らし、逆手に取った刀で斜めに切り裂く。
――ガキィンッ!
火花が散る。黒い外殻に赤い光脈を走らせたが、すぐに修復。まるで生きている鎧。
「効いてないのか……っ!」
天使の口腔らしき裂け目から、低く、くぐもった呻き声が漏れる。
――ォォォォ……
人とも獣ともつかぬ咆哮。聞くだけで精神を削る音。
茜は血を吐きながらも踏み込む。
「御影流――、三の太刀《残月》!」
体を翻し、身を沈め、避けざまに斜めへ斬り抜ける。月影の残光のごとき鋭い一閃。
――ズバァッ!
確かに斬った。赤黒い光が飛沫のように散った。
だが――
「……再生が、早い……!」
斬撃は通る。だが破壊したそばから傷つけた場所の修復が追いつく。
(私の攻撃が全く通用していない……!)
巨腕が振り下ろされる。空気が悲鳴を上げる。
「御影流――四の太刀、《断空》ッ!!」
刀身に魔力を収束させる。振り抜かれた瞬間、真空の刃が走った。
――ズドォンッ!
衝撃波そのものを切り裂き、正面の巨腕を弾き飛ばす。吹き飛んだ残骸が壁を砕き、石片が雨のように降り注ぐ。
茜は肩で息をし、滲む血を拭った。
(……一瞬の猶予、今しかない!)
「御影流――五の太刀、《影穿》!」
姿勢を沈め、気配を消し、地を這うように疾走。
次の瞬間、背後に回り込んだ。
(もらった――!)
突き抜ける必殺の一突き。
――ギャリィンッ!
硬質な抵抗。嫌な音とともに、
パキィンッ!
刀身が、根元から半分に折れた。
「っ……しまった――!」
振り返るより早く、ゲートキーパーの巨腕が迫る。
――ゴゴゴォッ!
全力で回避するも間に合わない。巨腕が斜めから叩きつけられ、視界が白く弾け飛ぶ。
「姉ちゃん!!」
「隊長、逃げてください!」
悠真と連城の声が重なる。だが茜はまだ折れていない。
「……退く、わけには……いかない……!」
血に濡れた手で折れた刀を握り直し、立ち上がろうとする。
ゲートキーパーの紅い眼が彼女を捕捉し、光の翼が強く閃いた。
> 『――排除スル』
その瞬間、掌から奔ったのは大きな光の槍。
空間を焼くような純白の閃光が一直線に放たれる。
スンッと静かな音から放たれた槍は、地面をえぐりながら凄まじい破壊と共に目にも留まらぬ速さで茜を貫こうと迫りくる。
ゆっくり時間が引き延ばされたかのように流れ出す。
茜は直感で悟った。
――避けられない。
(……ここで終わるのか、私は……)
脳裏に、父と竹刀を振り合った幼き日の光景がよぎる。
「剣は己を守るためにある、だが時に――仲間を守るために振るえ、そして茜が悠真を守ってやれ。」
その言葉に従い、剣を携えてSIDに身を置いた日。
幾つもの任務で命を張り、血にまみれ、それでも守り抜いた仲間たち。
悠真の笑顔、弟を庇って戦った夜、背中を預け合った仲間の声。
すべてが一瞬で駆け抜け、胸を締めつける。
(守りたかった……まだ、やり残したことが……悠真にげ………て。)
胸の奥に、悔しさと誇りがないまぜに湧き上がる。
光の槍が迫る。
その軌跡は彼女の瞳の奥で、スローモーションのように鮮烈に焼き付けられていく。
目の前に迫る光の槍をただ待ち受け、その最後を受け止める覚悟を決めゆっくりと瞳を閉じたその時。
「させるかよッ!!」
白銀の髪を翻した銀狼が割り込んだ。
――ガァァンッ!!!
魔力を帯びた脚が激しい火花と共に光の槍を叩き逸らす。
瞬間、爆ぜた。――ドォォォォンッ!!
空間そのものが震え、耳をつんざくほどの轟音。
逸れた槍が壁を粉砕し、崩壊音が反響する。
閃光が爆散し、光片が雨のように降り注ぎ、焼けるような熱風が一帯を覆った。
茜の身体は衝撃に煽られ、立っているのがやっと。
それでも視界に映ったのは――堂々と背を向け、白銀の髪を揺らす“銀狼”。
ただ一蹴。
それだけで空間を裂く光の槍を弾き返した存在。
「……銀狼。」
「今回だけだからな助けるのは。」
畏怖と安堵がごちゃ混ぜになって、茜は思わず息を呑んだ。
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