21話 狭間
道路から地下鉄入り口まで駆け抜けた。
足音はほとんど残らず、ただ“衝撃音”だけが反響していく。
『うわっ!? な、なにその加速っ! え、時速……80!? いやもう90!? すごいすごい! これだから銀狼さま推せるんです!』
「……オーバーリアクションすぎだろ。ナビに集中しろ」
短く吐き捨てた瞬間、前方の影が揺れた。
赤い眼孔が六つ。這い出すように魔物の群れが通路を塞ぐ。
地上にまで魔物が湧き始めている。――急がないと、本気でヤバい。
『あーっ! アタシもやる! ほらほら体貸せって! もっと派手にぶっ飛ばしてやるからさ!』
「却下」
ミツキはそのまま跳躍。
鋭い爪が閃き、首を裂き、蹴りで二体を壁に叩きつける。
尾が唸り、三体目を粉砕――数秒で通路は静寂を取り戻した。
『にひひっ♪ 瞬殺かよ。つまんねーっての! アタシならもっと楽しく狩れるのに!』
「俺は遊びでやってんじゃねえ」
『はいはい、強がっちゃって。ほんとはゾクゾクしてんだろ?』
フェンリルの悪戯声を無視し、ミツキはさらに加速。
『ひぇぇぇ!? ちょ、銀狼さま!? こっち計算し直しても追いつかない! 予定より十五分以上前倒しだよ!? やっぱ最推しは格が違う……!』
「ナビ止めるなよ」
『止めません止めません! でもこの速度、もはや人間の常識じゃないって!』
地上を駆け抜け、地下鉄の入り口へ。
耳に響くのはガイドの声。
『その先、行き止まりに見えるけど……右の壁の向こうに連絡管があるんだ! 本来は点検用の通路だけど――』
「了解」
右足が振り抜かれ、轟音。鉄骨とコンクリが砕け散り、壁が吹き飛ぶ。
『ひぃぃ!? ちょ、ちょっと!? そんな乱暴に壊したら崩落するってば!』
『あー? 知らないんだ? ダンジョンはコアが魔力で地形維持してんの。勝手に修復されっから問題ないしね。』
フェンリルが鼻で笑う。
実際、瓦礫は光の粒子に変わり、数秒で壁が修復を始めていた。
「……便利なもんだよな」
ミツキは肩を竦め、新しく空いた通路へ滑り込む。
『やっぱり非常識すぎる……でもタイムは大幅更新! 予定より二十分以上巻いてるよ! 銀狼さま最速伝説更新じゃないですか!』
通路の先には鉄格子の扉があった。
その下は暗く深い空洞――雨水貯水施設へ続く垂直シャフトだ。
『そ、その下! 本来なら梯子で降りるんだけど……』
「下か」
ミツキは迷いなく鉄格子を蹴り砕き、自由落下。
空気が耳を裂く。だが尾が風を切り、着地の直前、四肢が衝撃を吸収した。
砕けた床も光の粒子となり、すぐに修復を始める。
『すごいすごい、やっぱり銀狼さま♥ 本当に人間の常識なんて通用しない!』
『にひひっ♪ だろ? アタシらには常識なんていらねーんだよ』
フェンリルが勝ち誇るように笑う中、ミツキは鼻を鳴らし、さらに濃い魔素の気配へと進んでいった。
(……悠真たち、生きていてくれ。すぐに辿り着く――!)
***
今までにない異様な気配を感じ、ゆっくりと瞳を開け現状を確認した。
コンクリートの地面が消え、足元は草原に変わっていた。
御影茜は、自分の感覚を疑いながら周囲を見渡した。
視界を満たすのは、どこまでも続く草原と、淡い光に照らされた空。
だがその空には、昼間にも関わらず、星が浮かんでいた。
いや――昼夜という概念が、ここには存在しないのかもしれない。
太陽のような光はある。風も吹いている。
だが、すべてが現実よりもわずかに“ズレて”いる。
その“違和感”に気づいた時、茜の全身から冷たい汗がにじんだ。
「姉ちゃん……!よかったひとまず合流できた。」
声がかかる。振り向けば、悠真が連城を肩に担ぎながらこちらへ駆けてくる。
「生きてたか……。」
「……ああ、連城も何とかね。」
「へへ、まだ死んでられませんよ。」
互いに傷はある。血も流れている。
だがそれ以上に、この空間がもたらす精神への干渉が厄介だった。
空間を満たす、妙に“懐かしい”空気。
草原の彼方に見える、半壊した教室の一部。
砂浜の切れ端。街灯。ブランコ。
それらはすべて、宙に浮いていた。地面に接しておらず、まるで“記憶”の断片が空間に漂っているかのように。
「サポートチームこちらA応答願う。……」
『……ジ……ジジッ……ザァ……ッ……ッ……』
「…ダメか。…仕方ないスキャンを開始。」
茜が命じると、HUDが反応し、複数の赤い表示が流れる。
【空間座標:不定】
【魔素濃度:不明】
【精神干渉:不明】
【重力方向:変動】
【音波伝達:遅延あり】
「……ここは、いったい何なんだ。」
悠真が息を呑む。
「俺も似たような空間、見たことねえ。少なくとも、SIDのデータベースにはなかった。座標も取れねえ。時間も止まったり動いたりしてやがる。」
物理法則すら通用しない、観測不能の異常空間。
何が起きて、どうやってここに来たのか。
その原因も、理由も、まったく分からなかった。
だが――それでも、行くしかなかった。
「いけるか? 連城」
「ああ、行ける……だが、もしもの時は。」
「そんなことを考えるな、全員生きて帰還する。」
茜は深く息を吸い、奥に視線を向けた。
風が、妙に整った軌道で吹いている。
まるで空間そのものが“誘導”しているかのように。
「……あの先。空間の流れが集中してる。なにかある。」
足を進める。柔らかな草を踏みしめても、足音はしない。
星が浮かぶ空の下、空間の歪みが次第に強まっていく。
そして、丘をひとつ越えた先――
「……っ」
そこに、“それ”はいた。
白銀の鎧。背に六つの光輪。仮面に覆われた無表情な顔。6メートルはあるその巨大な体はまるで人の姿を模した“天使のようななにか”。
だがそれは、明らかに人ではない。
存在するだけで、空気が硬直する。空間がざわめく。
茜が一歩前に出たその瞬間、脳内に響いた。
《侵入者確認。目的判定中》
《鍵への接触、確認》
《封印保全プロトコル、起動》
《戦闘を、開始》
突如周りの世界は闇に包まれ大地を赤く染め上げた。
「構えろッ!!」
叫ぶと同時に、光の槍が召喚された。
番人――機会天使が、動き出した。
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