1話、異世界から帰りし男、おまけがついてきた。
1話です、まずは3話ほど張ります
――世界が、真っ白に弾けた。
耳の奥でキィンと金属音みたいな高い音が響き、体の感覚がふっと抜ける。 重力が消え、ふわっと浮いた瞬間、何かに吸い込まれるように視界がぐにゃりと歪んだ。
そして――俺は目を開けた。
「……あれ?」
そこは、見慣れた天井。 薄いベージュのクロス、端っこに小さなシミ。右手を動かせば、擦り切れたベッドシーツのざらつき。 左を向けば、安物の机と山積みの教科書、そしてホコリをかぶった目覚まし時計。
「……帰ってきた?」
ベッドから起き上がり、壁を軽く拳で叩く。コンコンと軽い音。 シーツを握ると、冷たい感触が指先に伝わる。 夢じゃない。本当に、俺の部屋だ。
異世界で過ごした五年間の記憶が、胸に重く沈んでいる。 武器の扱いが苦手だった俺は、フェンリルの精神世界で、死ぬような思いをしながら拳の技術を叩き込まれた。 何度も骨を砕き、血を吐き、意識を手放し、目覚めればまた地獄の稽古。 それでも生き延びられたのは、あの世界で俺を「ミツキ」と呼び、共に戦った仲間がいたからだ。
「……終わったんだよな」
胸の奥でぽつりと呟いた瞬間――
『おはよ、ミツキ♡』
「っ……!?」
頭の中に、聞き慣れすぎた声が響いた。 慌てて部屋を見回すが、当然誰もいない。
「フェンリル……!? なんでおまえがここに……」
『“おまえ”ってなによ~。普段はちゃんと名前で呼びなさい♡ あたしも知らないって。気づいたら、あんたと一緒にビュンって来ちゃってたんだもん』
「勝手についてくんな! ここ、魔素なんてほとんど――」
『だからこうして、あんたの頭ん中に住んでるの♡ あんたの脳みそ、けっこう居心地いいよ?』
「……最悪だ」
額を押さえる。帰ってこれた安堵が、一瞬で霧散した。 異世界でも散々振り回された神獣と、日本でまで共同生活とか、冗談じゃない。
『ま、いいじゃん。あんた1人じゃつまんないでしょ?』
「退屈でいいんだよ。俺は――」
胸の奥がじわっと熱くなる。 心臓が跳ね、全身の血が一気に巡る。
「な、なんだこれ……っ!」
視界が低くなり、耳の位置が変わる。肩にさらりと髪がかかり、背中にふわっとした重み。
鏡をのぞき込んだ俺は、思わず息を呑んだ。
そこにいたのは、あの世界での俺――獣人少女「ミツキ」。
雪みたいに白く柔らかな髪は腰まで流れ、光を受けてきらきら輝く。 頭の上には白い狼耳。ピクリと動くたび、毛先がふわふわ揺れる。 背中からは太くて柔らかな尻尾が一本。軽く振ると、空気を撫でるようにさらさら音がする。 小柄な体は華奢で、淡い青色の大きな瞳は宝石みたいに透き通っていた。 桜色の小さな唇がきゅっと結ばれ、ほんの少し尖って見える。
――正直、自分で見ても可愛すぎて困る。
『あー♡ やっぱこの姿が一番似合ってる~! 耳ぴこぴこ、尻尾ふわふわ~♡』
「うるさい! なんで現代で変身――」
『さぁ?感情がドーンってなったら変わっちゃうんでしょ? ほら、耳も尻尾も喜んでるよ?』
「喜んでねぇ!」
数分の格闘の末、やっと元の黒髪短髪の男子高校生・鏡一樹に戻る。 身長は平均的だが、異世界仕込みの筋肉で引き締まっている。 けれど息は上がり、心臓はまだ落ち着かない。
机の上のスマホが震えた。画面には「母さん」。 タップすると、海外の遺跡らしき背景と二人分の笑顔が映った。
「一樹! 入学式の日だし、顔見たくて!」 「元気そうじゃないか、一樹」
父さんは発掘道具を肩に、母さんはノートパソコンを抱えている。 画面越しでもわかる、夫婦ラブラブ感。
『おー♡ ラブラブ夫婦じゃん。あんたも将来ああなれば~?』
「やかましい」
母さんがふと時計を見て言った。
「でも、そろそろ行かないと遅れるでしょ? 入学式」
「……え?」
『ぷっ♡ 気付いてなかったの?』 「おまえのせいだろ!」
時計を見る――開始まで二十五分。
制服に袖を通し、玄関を飛び出す。 春の匂いが鼻をくすぐり、桜の花びらが舞い落ちる中を全力で駆ける。 同じ制服を着た新入生や、スーツ姿の保護者がちらほら見える。
『にひひっ♡ 完全に遅刻ランナーじゃん。カッコ悪~』
「うるさい!」
校門をくぐると、昇降口前に「一年生・クラス別受付」の立て札。 机ごとに教員や生徒会っぽい先輩が並び、名簿をめくって新入生を呼び止めている。
「一年B組はこちらです」
声を頼りに駆け寄ると、担任が苦笑い。 「鏡一樹くん、だよね? ギリギリだねぇ。ほら胸章と案内のしおりだ。」
渡された白い胸章を安全ピンで留めようとするが、手汗で滑る。
『にひひっ♡ ブローチも付けられない男子~』
「うるさい!」
やっと装着して入場列に合流。周りは緊張顔なのに、俺だけ汗だく。
『完全に遅刻寸前の顔だね♡』
「マジでおまえのせいだ」
体育館に入ると、紅白の幕が垂れ、壇上には校旗と花が飾られていた。 保護者席のざわめきと、体育館特有のひんやりした空気。 指定席に座り、校長の挨拶が始まる。
「皆さん、ご入学おめでとうございます――」
……長い。眠い。 『暇そうだねぇ♡ 修行の話する? ほら、崖落ちのやつ!』
「あれ骨折しただろ!」
『でも鍛えられたじゃん♡』
……全く集中できない。隣の奴に怪訝そうに見られ、俺は咳払いでごまかした。
「続きまして、生徒会長・御影茜より、新入生への挨拶です」
壇上に現れたのは、長く艶やかなストレートの黒髪を揺らし、カチューシャをつけた整った制服姿の少女だった。 胸元には金の刺繍入りの特別仕様リボンが光る。
「入学おめでとう。秋ヶ原高校生徒会長、御影茜です」
静かだが芯のある声。その瞳は冷静でありながら、一瞬、何かを射抜くような鋭さを感じさせた。
「この学校には、真面目な者、不真面目な者、裏に隠れる者、目立ちたがり……色々な人間が集まっている。それらをまとめるのが、生徒会の務めです」
茜の視線が一瞬、俺の方へ向いたように感じた。
「“自由”は“放任”ではない。自律と責任。その意識を持つことが、これからの三年間で何より大切です」
その言葉に、ただの生徒会長ではない“何か”を感じた。
「……健闘を祈ります」
短くも印象的な挨拶を終え、彼女は一礼した。
続いて、司会の声が響く。
「次に、新入生代表・天城いろはさんより、挨拶をいただきます」
高い位置で結ったポニーテールを揺らし、黒髪の美少女が壇上に立つ。
「新入生代表、天城いろはです」
柔らかで落ち着いた声。だが、その瞳には静かな情熱が宿っていた。
「私たちは、まだ何者でもありません。けれど、これからの三年間で、自分が“何者になりたいか”を探していきたいと思います」
そして最後に、ほんのわずかに口元を緩めて――
「新しい日々が、実りあるものでありますように」
拍手が体育館に響き渡る中、いろはは静かに一礼した。
式が終わり、廊下の掲示板でクラス発表。 『あ、あんた1年B組! お、あの子可愛い~♡』
「どれだ」
『ほら前髪ぱっつんの……鼻の下伸びてるぞ♡』
「伸びてねぇ!」
こうして、俺の高校生活は波乱の予感しかしないスタートを切った――。
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