18話 推しのためなら世界だって敵にする
掲示板に貼った。
銀狼様が謎の組織に捕まる、その決定的な映像を。
画質は荒くても、狼耳と白銀の髪、戦闘の瞬間――間違いなく“本物”だった。
なのに。
「……なんで、誰も騒がないのよ!!」
いろはは歯を食いしばる。
反応はちらほら。すぐに流れるスレ。話題にもならない。
まるで、“見えない手”が情報の熱を潰していくようだった。
(おかしい……あんな衝撃映像が、無風なんてあり得ない)
あたしが、こんな風にパソコン前でイライラしてる間に――銀狼様が、
あの美しく可愛らしい体が……あんなことや……こんなことを……っ!
「――――はぁぁああん!?!?!?!?!?!」
椅子を蹴り飛ばして立ち上がる。
拳を震わせ、頬を赤らめ、天井に向かって叫ぶ。
「おーい、いろはどうしたんだ叫んで。」
下からお父さんが私の叫び声を聞いて心配声をかけてきた。
私は慌てて扉を開けて返事を返した。
「ううん、気にしないで。」
すぐさま椅子に座り直して、銀狼様について考えた。
「ファンクラブ会員第0001番、創設者のあたしが、何やってんの!? 愛が試されてるんじゃないの!? これ、緊急事態でしょ!?!?」
頬に手を当てて深呼吸。
目を伏せ、そして静かに、椅子にもたれ掛かる。
「……仕方ないよね。推しのためだもん」
手は自然と、パソコンの電源に伸びる。
デスクトップには、かつて封印したアプリがひとつ。
【I.R.S–System:起動禁止】
天才ハッカー《い・ろ・は・す》――ここに再誕す。
「い・ろ・は・す、起動」
『パスワードをお願いします。』
「えぇっと、確か……“G1nR0u_0N1y♡I”だったかな。」
クリックした瞬間、画面が切り替わり、モニターにいくつもの仮想端末が立ち上がる。
青、緑、赤、黄色――ノード接続とプロキシルートの確認。
「待ってて銀狼様。今あたしが、全部ぶっ壊して、助けに行くからね。」
暗い部屋に明るく光るデスクトップに映る文字を静かに眺めた。
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仮想端末が立ち上がる。 画面上に並ぶ数十のウィンドウが、まるでいろはの思考を映すように処理を走らせていく。
「……SID。Special Investigation for Dimensional-criminals、ね実在してたんだこれ。」
ぼそりと呟きながら、いろはは高速でキーボードを叩く。指先の動きは淀みなく、まるでこの日のために鍛えられていたかのようだった。
「国家レベルの監視組織が、うちの銀狼様を――このあたしの銀狼様を攫ったってわけ? ふざけんじゃないわよ」
い・ろ・は・す、推しの危機により正式起動。
中学生の頃に悪ふざけで突破した“都警察の内部監視網”は、今や父の職場の一部となっていた。
ニュースになってから怖くなったと同時に興奮もあったが流石にヤバイと思い封印したハッカーツール。
それでも、目に見えぬ何かが働いているという確信が、彼女の背中を押す。
ディスプレイに展開されたノードマップ。赤と青の点が無数に散らばり、その中心に不自然なブロックゾーンがあった。
「ここ。明らかに見せたくないエリア……ファイアウォール多重、独立ルート、しかも暗号鍵の出所が政府系じゃない……まさか、軍用ネット?」
不敵に笑った。
「いいじゃん、燃えてきた」
膝を抱えるように椅子に足を乗せ、深くもたれ掛かりながらも手は止まらない。
「ターゲットノードNo.17-B。ローカル時間23時18分、投稿消去ログあり……やっぱり。あたしの投稿、SIDのサーバーが吸ってたのね」
にやり、と口元を歪める。
「でもさ、ただ消すだけじゃ足りなかった。『誰かが見た』ってこと、その記録ごと抹消しなきゃ意味ないのに――」
その瞬間、別のウィンドウが警告音を鳴らした。
仮想空間で新たに接続された複数の“消されたはずの投稿者”のIDリスト。
「……あたしだけじゃなかったんだ。見てた人、他にもいた。でも、全員――」
クリック。
警告:アカウント無効化。発信元接続遮断。
「うっわぁ、露骨すぎ。SID、アンタら全力で情報操作してるじゃん……やば」
いろはの脳内で、疑念が確信に変わった。
これは単なる局所事件なんかじゃない。
「銀狼様の存在そのもの」が、組織的に“消されよう”としている。
だが。
「それがどうしたっての。あたしがここにいる限り、銀狼様は消えない」
仮想端末に、未解析の非公開記録が浮かぶ。
ID:S-Log-1326A
タイトル:【確保記録_対象コードネーム:銀狼】
――モニターに浮かび上がるファイル名を見た瞬間、いろはの心臓が跳ねた。
「見っけ」
ファイルを開いた先には、銀狼の詳細な個体データがずらりと並んでいた。
身長:推定145cm
体重:39~41kg
毛色:銀白(魔素反応による変異の可能性)
魔力量:高密度にして安定傾向/持続性高
危険レベル:C→D(再評価済)
「――はぁ?」
一瞬、モニターの文字が読めなかった。
「待って待って待って!? レベルD? あたしの銀狼様が? レベルダウンってどういうこと!?」
>「はぁ!? 145センチしかない銀狼様を、なんで“脅威”だと思わないわけ!? 小さいけど強い、それが最高ってもんでしょ!? バカなのSID!?」
いろはは椅子を蹴り、机に前のめりになって画面を食い入るように見つめた。再評価の日時は――昨日。捕獲が完了した直後のタイムスタンプ。
「捕まえたからって……危険度が下がるわけないじゃん。なにその“封じたからもう安全です”的なテンプレ思考……馬鹿じゃないの?」
データをさらに追うと、下部に承認ログがあった。
承認者:A-01 “Mikage A.”(御影 茜)
「……あーあ、やっぱりこの女か。銀狼様を捕まえた張本人……あたしの最大の仇ね」
怒りを飲み込みながら、ファイルの備考欄へと視線を落とす。
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> 【備考】:
本対象は高い身体能力と魔素抵抗値を示すが、交戦時においても被害は限定的であり、捕獲後も安定状態を維持。
したがって、本部指示に基づき脅威レベルをDへ再定義。
※対象は現在、強制収容ではなく管理下にあるため、反応が再上昇した場合の再評価は迅速に実施するものとする。
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「は、何それ……“安定状態”だぁ? ただの見かけじゃん……! 銀狼様の本気も知らないクセに……!」
手元のキーボードを力強く叩く。
(本当は――本当は、あの人たちが“知らないだけ”なんだ。)
(銀狼様が“あたしたち”を守るために戦った時、どれだけ強くて、美しくて、儚かったか……!)
その記憶が、脳裏によみがえる。あの港の夜、初めて現れた銀狼の姿を。
戦いの中に宿した意志。ひとり、誰にも頼らずに戦っていたあの背中を。
「勝手にランク下げてんじゃないわよ……アンタらの評価で、銀狼様の価値が決まるわけじゃないんだから……っ」
歯を噛み締め、手は止まらない。
彼女は既に、SIDの中枢ログへとアクセスを開始していた。
(まずは、場所の特定……それから、ログの傍受……あたしが銀狼様の代わりに、SIDを狩る)
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「私が絶対に救いだしてあげるからね銀狼様!」
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