15話 真実
乾いた蛍光灯の唸りだけが響く。
鉄の椅子に拘束されたまま、俺――ミツキは正面のスーツ男を見据えた。
「改めて。私は鷲津。そして彼女は久遠。我々は特異事案対策部――略称SIDだ」
初めて聞く固有名詞。鷲津は胸ポケットから薄いカードを一枚だけ見せ、すぐしまう。
「地球上の“説明できないもの”を扱う部署だ。目的は単純――市民の安全と、均衡の維持」
『へぇ、名乗った。退屈じゃなくなってきたね』
(黙ってろ、ここは聞く)
久遠がタブレットを操作し、地図を映す。暗い海沿いに赤い点が瞬く。
「これは“銀狼”の目撃・通報を時間帯で積み上げたヒートマップです。最初期は秋ヶ原市内に散発的でしたが、直近は港ブロックに明確な集中。出現は週末深夜二時前後に偏在、致死回避の傾向が統計的に有意」
「君は“殺していない”。そこに我々は意図を見る」
鷲津は言い切ると、わずかに声を落とした。
「港では“甘い匂い”の煙と、不可解な暴力の切れ味が同時に立ち上がっている。原因は未確定だが、市民が巻き込まれる速度の方が速い。――そこでだ」
視線が、真っ直ぐに刺さる。
「敵対するつもりはない。むしろ協調を提案したい。
条件は三つ。
ひとつ、致死は避ける――これは既に守っている。
ふたつ、港域での活動情報を事前共有。
みっつ、我々が危険と判断した者の鎮圧及び殺害。」
『うんうん、つまらないけど、理屈は分かる』
「見返りは?」と俺。
「君の自由の確保と、ここまでのどんな事があったかの事件のアクセス情報だ。君が探している“答え”にも近づく。……どうだ」
数秒の沈黙。喉の奥に金属の味。
(面倒ごとはごめんだ。それに、ここで首を縦に振れば、首輪が増える)
「……無理だ。俺は組織に入る気はない。やっかい事は嫌いなんだ」
はっきり告げた。鷲津は眉を一ミリも動かさない。
「想定内だ。だからといって野放しにはできない。君は強い。強さは――流れを変える」
久遠が別の画面を開き、ぼかし入りの静止画を示す。港の高所から切り取られた、粗い夜戦の一コマ。
「“あの夜”の第三者撮影です。SNSで拡散が開始されました。削除ではなく攪乱で沈めますが、君の身元特定リスクは上がる」
『……もしかして、あの子かも。ほら、機材抱えてた“好奇心強め”の子。断定はしないけど、あのタイプは来るよね』
(いや、お前の言ってるのは天城いろはの事だろ。さすがに彼女はそんなアクティブな性格……。いや、否定できんな。)
鷲津がまとめる。
「今は保留でいい。ただ、君は選ぶ側だ。選ばないという選択は、往々にして誰かに選ばれることと同義になる」
重い言葉が落ちる。続けて、手のひらを軽く返した。
「しばらく考えればいい。――ここよりマシな部屋に移させよう。食事と水、それと通信は遮断だが、紙とペンは渡す。
もちろん君の持ち物に対しては取り上げていない。
それは、あくまでもこちら側の誠意と受け取って構わない」
『通信遮断~。まあ妥当。逃げるのも今じゃないね。でも、退屈はヤだよ? しっかりしてよ、ミツキ』
「最後に一つだけ確認させてくれ」鷲津の声が低くなる。
「“カーティス”という名に心当たりは?」
(誰だそれは)「ない」
『誰? 私たちの他にも居るのかな?』
即答。久遠が軽く頷く。鷲津はそれ以上踏み込まなかった。
「いいだろう。――御影」
扉が開き、悠真が入る。黒スーツのまま、いつもの軽い笑みを薄めた顔。扉脇では茜が制服のまま腕を組み、周囲に気配を割いて立つ。
「搬送、頼む。丁重にだ」
「りょーかい。……銀狼ちゃん、移動するよ。姉ちゃんは気にしないで。ここに立ってるのは、ただ君が全力で暴れないようにっていう保険だから」
茜が微かに顎を引く。襟元が、呼吸のたびにわずかに震えた。
『ミツキ、ほらほらどうすんの?』
手錠が外れ、代わりに柔らかい固定具へ。足元の拘束も一段階緩む。
立ち上がった瞬間、膝に夜の冷えが戻ってきた。
(今はいったん情報の整理だな)
俺は無言で頷き、悠真と茜の先導に従った。
薄い廊下の先へ。選択の前室へ。
――拘束具が解除され、俺は“少しマシな部屋”へと連れていかれた。
白い壁、簡易ベッド、机、水差し、紙とペン。窓は高い位置にあるが外は見えない。鍵のかかる音が背後で乾いて響く。
「しばらくはここでね。」
黒スーツの御影悠真が肩越しに言い、扉脇では生徒会長・茜が腕を組んだまま無言で立っている。
「……で、銀狼ちゃん。そろそろ僕は学校だから。大人しくしててね。姉ちゃんは“保険”――君が本気で暴れないように立ってるだけだから、気にしなくていい」
『ほら、聞いたでしょ。今は飲み込む。しっかりしてよ、ミツキ』
(わかってる……クソ、出席どうする。
俺が無断欠席になると言うことは最悪バレる可能性がある)
胸の奥がひやっと冷える。今日、完全に忘れてた“現実”。
悠真は扉の取っ手に手を掛け、軽く顎で合図した。始業五分前。教室のざわめきの中で、ふっと視界に穴が空いたみたいに――イツキンの席だけ何も置かれていない。
(……遅刻? いつもならチャイム三十秒前に滑り込んでくるのに)
ポケットからスマホを出して、短文。
> 『起きてる? 遅れるなら既読だけでも』
未読のまま。発信――留守電に落ちる。
(返さない? おかしい)
担任が出欠を読み上げる。「鏡 一樹さん?」
沈黙。空席だけが返事をする。
(……まさか)
脳内で点が線になる。
――昨夜、港の現場で斬り込んだのは姉ちゃんだ。踏み込みの間合い、柄の握り、家で嫌ってほど見てきた“あの型”。
――対して銀色の影は、女の声、狼耳、そして“致死は避ける”運び。
――目撃は深夜、週末は二時前後に偏り。イツキンはいつも朝ギリギリ。
(姉ちゃんとやり合った“銀狼”=イツキン……? 性別が違う理屈は……擬態? 認識のトリック? それとも――家に銀狼を飼っていた?それで探しに出ている? 考えすぎか?)
指先が机をトントン叩く。画面の付かない既読。
教室はいつも通りに進むのに、空いた席だけがやけに目立つ。
(ひとまず放課後、先生から住所を聞いて家に行く。もし本当に、だったら――“無断欠席”で終わらない)
もう一度、空席に視線が吸い込まれる。
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誤字脱字がかなり多いと思われます。
それでも気にしない方はどうぞお読みください。




