12話 夜の捜索
港の街灯が、無人の道路を照らしている。夜風は冷たいが、むしろ気持ちが落ち着く。
俺――ミツキは、フードを深く被った姿で、ゆっくりとその中を歩いていた。
今夜の目的はひとつ。――この辺りで広がっている妙な匂いの正体を突き止めること。
生徒会長・御影茜に「今日は帰っていい」と言われたものの、あのまま再び調べていたら言い訳のしょうがない。
それに港で感じたあの不自然な“甘ったるい匂い”。あれは、絶対に普通のものじゃない。
『夜の街って静かじゃん。昼間のガヤガヤが嘘みたい~♪』
「お前が騒がなければ、もっと静かだけどな……」
返しながら、目だけは周囲を警戒していた。
港湾の裏通り――昼間、不良たちと出くわした場所をもう一度辿る。地面には、焦げ跡のようなものと、吸い殻が落ちていた。
「これ……タバコ、か?」
手袋越しに拾い上げる。だが、普通のタバコとはどこか違う。フィルター部分が妙にカラフルで、表面には英語とも記号ともつかない刻印が浮かんでいる。
そして――匂い。
「……うっ」
嗅いだ瞬間、頭に軽い眩暈が走った。チョコとも香水とも違う、どこか人工的で甘ったるい香り。だが嫌な感じはない。むしろ、どこか気分が高揚するような錯覚。
『やっぱ変だってコレ。フツーのタバコじゃねーよ』
「俺にも分かる。たぶん……混ぜ物入りか。こんなもん、魔素耐性ない奴が吸ったら一発アウトだな」
『それだけじゃ済まないかもな? なんかさ、感覚がちょっと――』
「! 音……」
不意に、背後の物陰から“カチャッ”という金属音が響いた。
すぐに身を低くして影に飛び込む。耳を澄ませると、細い通路の先で誰かの足音が聞こえる。
「誰かいる。……一人か?」
ゆらり、と姿を見せたのは、作業着姿の中年男だった。キャップを深く被り、片手には工具袋。だがその歩き方が明らかにおかしい。
『ねぇミツキ……あの人、なんか……動きがキモーい。』
「……ああ。酔ってる……いや、違うな。フラつき方が変だ」
男は焦点の合っていない目であたりを見回しながら、クツクツと喉を鳴らすように笑っていた。近づいてくるにつれ、鼻にあの匂いが再び届いてくる。
(この匂い……この男からか?)
『ねぇ、もしかしてさっきのタバコ吸ったんじゃなーい?』
「可能性は高い。しかも、あれだけ匂いが濃いってことは、常習か?」
男が立ち止まり、工具袋を地面に落とした。
中から転がり出たのは、錆びたパイプ、スパナ、鉄の棒、釘の刺さった木片。
見るからにヤバいやつ。
その男が、ようやくミツキの存在に気づいた。
「……おお、……オマエ、カミ、シロ……オレ、スキ……」
「うわ、ヤベぇ」
男の目が爛々と光り、口元を緩ませて笑った。そして――工具袋から鉄棒を持ち上げた。
『ほらほらボーっとしてると来ちゃうよ。』
「くっ――!」
跳ねるように男の懐に飛び込むと、いつもの体とは違うスピードに、わずかに驚く。
慌てて制御し、魔力をほぼ0に押さえて。
鉄棒を蹴り飛ばして遠くへ弾き飛ばす。
次いで、顎に膝蹴りを叩き込み、無力化する。
「はぁ……今の、明らかに正気じゃなかったな。だが、力加減を間違えたら殺しかねんな」
『ねぇ、何か右のポケット膨らんでない?』
「ん?」
倒れた男の胸ポケットから、カラフルな小箱が覗いていた。
――FAIRY。フェアリー、と読めた。
見た目はタバコ。しかし、どこか装飾品めいた意匠が施されている。
(やっぱり、これが元凶か?)
「……魔素か、かすかに反応してるな。そもそもなんでこんなもんが日本に…………」
その時――
『だれか、私達を監視している変態さんがいるなぁー。』
「チッ、まだ人がいるのか!」
気配を感じて、即座に物陰へと身を滑り込ませる。だが、すでに誰かがこちらを注視していた。背中に刺さるような視線。
(誰だ……?)
ビルの屋上に、一瞬だけ人影が見えた。すぐに消えたが――認識阻害のせいで誰なのか判別がつかない。
(マズい、気づかれてる……!)
そのまま港の外れへと跳躍する。背後から別の足音――明らかに訓練された複数の足取り。
「……追ってきてる」
『うわっ、あれ絶対エージェント系じゃん! ミツキどーすんの? サッサと逃げねーと捕まっちゃうぞ? にひひっ』
「逃げる。捕まるわけにはいかない」
だが、回り込まれた。
目の前に一人。女性の姿――? ……いや、あれは……
羽織に長めのスカートという和風の装い。
だが、スカートのスリットや裾から覗くのは、密着した黒いタイツ――明らかに中に全身スーツを着込んでいる。
「……ここまでだ、銀狼」
「……は?」
『ちょっと警戒しなよミツキ!』
次の瞬間、彼女は地を滑るように踏み込み、超速の居合斬りを放った――
「っ……!」
直感が叫び、身体を逸らして回避する。風圧だけで頬が切れた。
(ヤバい……!こいつ、速いな)
『まぁまぁ速ぇじゃん。でもあたしの方が速いけどな、ふふーん♡』
だが、ミツキの身体は軽い。
(俺の時と全然違う……身体が、魔力が……流れてる……!)
「っしゃあ!」
踏み込み、逆に女性の懐へ滑り込むと、あくまで殺さぬよう肩を狙って手刀を打ち込む。
「ぐっ……なかなかやるな」
女性が後退する。その表情に、かすかな驚きが浮かんだ。
『ねぇミツキ……もしかして楽しんでんじゃね? にひひ』
「してねぇよ! これ、意外と倒すの大変なんだっての!」
『手加減とかしちゃって? ホント甘ちゃんだなミツキは♡』
だが次の瞬間、女性が腰に差していた刀を抜き、再度斬りかかってきた。
ミツキは反射的に刀を折るつもりで蹴り返したり
――ガキィン!と火花が散る。
(っ! やべ……折るつもりで蹴ったのに……)
刀身には微かにヒビが入っていた。
だが完全には折る事は出来なかった。
女性の目が、僅かに見開かれる。
「……今のを足で……?」
「なかなか受け流すのがうまいじゃねーか」
『ほらほら、やっちまえって! そこだそこだー♪』
その瞬間、ミツキは足を止め、軽く息を吐いた。
(逃げることは出来そうだがまだ調べきってねぇどうするか。)
『早く倒せってのミツキ。慎重なのもいいけどさ、時間は待ってくんねーぞ?』
(わかってるよ)
逃げるか倒すかを悩んでいる瞬間、女性が一歩踏み込んできた。
「終わりだ」
「――っ……!」
『バカ! 油断してるとやられちゃうよ!!』
ミツキの反応が一瞬遅れる。
シュッ――と鋭く振るわれた刀の“峰”が、ミツキの首の後ろを正確に叩いた。
「が……っ!」
『ミツキぃーーっ!?』
意識が白く染まり、身体の力が抜ける。
その瞬間、茜の刀のヒビが広がりついに折れた。
「…やるな!」
冷たく呟きながら、茜は倒れ込むミツキの身体を受け止め、そのまま取り押さえた。
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