11話 生徒会長 御影 茜
しばらく歩いた先、コンテナの積み上がったスペースで足を止めた茜は、静かに振り返った。
『ねぇねぇ、この人だれ?』
(学校の生徒会長だよ。入学式の時、お前も見ただろ)
『おぼえてなーい。てかさ、この人、今までの人間よりだいぶ強そうじゃん?』
(まじでか)
「……ここならいいだろう。鏡一樹」
「いや、あの、俺なにも悪いことしてないっすけど……?」
「誰もお前を犯罪者とは言っていない。
ただ、悠真が珍しく仲良くしている友達がいると言っていたからな。
どんな奴か見ておこうとな」
相変わらず氷のように冷たい声だ。まっすぐに見つめられると、まるで呼吸が止まる。
「……ふむ」
と、その時だった。目の前の茜が、すっと手を動かした。気づいたときには、顔の前に警棒のような細身の棒が突き出されていた。
「っぶなっ!? な、何すんですか!」
「ふむ、避けたか」
(あ、危なすぎる……てかなんでいきなりこんな事をされるんだよ)
『おぉ~、すごいじゃん。なかなか速いじゃん、ミツキ』
(感心してる場合か!)
冷や汗を拭いながら後ずさる。さすがに今のは冗談……と思いたかったが、茜の瞳は笑っていない。
「……悠真から聞いている。お前が以前、ゲームセンター近くで不良を制圧したと」
「それは、えっと……なんとなく、体が勝手に動いたというか……」
「運動神経のいい一般生徒では済まされない動きだったと聞いている。
それに今、私のこれを避けた。避ける様子がなければ止めるつもりだったが」
『ねぇねぇ、反撃しないの? ほら、やっちゃえよ』
(しねぇよ、黙ってろ!)
(それにしても悠真、なに言ってくれてんだよ……お陰でお前の姉さんにとんでもない目にあってんだが)
「それで……今日はどうして港に?」
「えっと、それは……なんとなく、気になって……?」
「ふぅん……」
茜はゆっくりと俺の周囲を半周するように歩きながら、目を細めた。
「気になる、か。あの場にいた天城いろはに、なにかされたわけではないのか?」
「え? いや、別に。ただ偶然会っただけっす」
「……本当に偶然か?」
「本当に!」
生徒会長からの無言の圧が俺に突き刺さる。
(なんで俺が尋問みたいなことされてんの?)
「ならいい。――お前が何者かを探るために少し試させてもらった。
その反射神経はとても良い。……また今度、生徒会室に君を呼び出そう」
「結構です」
「まぁ、遠慮するな。今日のところは帰っていい」
「いや、遠慮とかはして……いえ、帰ります」
一気に脱力した。生徒会長に呼び出されて、警棒を突きつけられ、謎の尋問。
そして最後には生徒会に呼び出されそうになるし――厄日かな。
(……なんなんだこの人。マジで訳わかんねぇ)
『あははっ! ねぇ、今からでも殴っちゃえば? スッキリすんじゃん』
(だから殴らねぇって!)
そのままくるりと背を向け、茜は去っていった。凛として美しく、威圧感しか残らない背中。
俺はその場にしばらく突っ立ったまま、海風に髪を撫でられていた。
(悠真、あの姉ちゃんに頭上がらないの分かるわ……)
『にひひっ。ミツキはさぁ、昔から気の強い女の人に弱いもんね~。ざーこ♡ざーこ♡』
(さっきから脳内で茶々入れてくるんじゃねーよ)
だが、それにしても――ただの学校の生徒会長が、こんな場所で何故見回りなんかをしているのか?
確かにあの強さなら、それも可能性がある。下手な先生よりも強いのはたしかだ。
だが、それだけなのか。本当に……。
全身を包む、釈然としないモヤモヤ。
――仕方ねぇ、夜に行くか。
『おっ、やっとその気になった? にひひっ。さすが“ミツキ”♡』
「うるせぇよ……夜に俺が行く。お前は出歩くなって言っただろ」
『え~、付き添いダメ? 危ないぞぉ~?』
「付き添いって、お前俺の中にいんじゃねーか!」
フェンリルの笑い声を背に、俺は帰宅の足を早めた。
だがその胸の奥には、今までとは違う焦燥と不安、そして――ほんの少しの覚悟が芽生えていた。
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帰宅してすぐ、俺は押し入れの前で腕を組んだ。
「……さて、問題はここからだな」
『ミツキ、やっぱ行くんだ?』
「ここまで来て引いたら、逆に気持ち悪い。あの生徒会長も言ってたろ、最近の港は妙に荒れてるって。ほっとけるわけねぇ」
『ふーん? ま、あたしは反対じゃないけどね。でもさぁ――』
「分かってるよ。あっちの姿で行く」
『ふふん♡ よーやく出番じゃん?』
「浮かれるな。で、問題は服だ」
ミツキの姿――つまり獣人の少女に変化する場合、当然身体のサイズが全然違う。男モノのパーカーやジーンズはブカブカすぎるし、かといってフェンリルの趣味で選ばせると露出度が高すぎる。前回の夜襲みたいな事態に備えて、ある程度動きやすく、かつ人目につきにくい服装が理想だ。
俺は押し入れの中を掘り返し始めた。
「えーと……俺が小学生の時着ていた黒のパーカーどっかに閉まってあったはずなんだが………。
あった、サイズは……ミツキでもギリいけるか?」
『ちょっとダボっとしてる方が、それっぽくて可愛いって!』
「可愛いは関係ねぇよ」
次にボトムス。中学の時に部活で使ってたトレーニング用の七分丈パンツを引っ張り出す。ゴムが効いてるし、ミツキの体格でも落ちてこないはずだ。
「ふむ……これなら走っても大丈夫そうだな」
『で、下着は? まさかノーガードで行くつもりじゃないよね?』
「……ボクサーでいいだろ、別に」
『はあ!? ボクサーって……いや、サイズはギリギリでも、形がもう全然違――』
「うっせぇ、今さらそっち用の用意あるわけないだろ。どうせ誰にも見せるもんじゃないし、脱ぐ予定もねぇし」
『それ、立派なフラグなんだけど……まぁいいや』
ブツブツ言うフェンリルを無視して、俺は部屋の扉を閉めた。
「――はぁ、何か自分から変身するのも嫌だな。この前まであっちの姿ではあったが。」
目を閉じ、意識を落とす。体の中心が熱を帯び、骨格が軋むような感覚と共に、身体が一回り小さく、しなやかに変化していく。
白銀の髪、狼の耳と尾を持つ獣人少女――ミツキの姿。
すでに何度か繰り返してきたが、やはり慣れるにはまだ時間がかかりそうだった。
『おかえり、ミツキ♡ よしよし』
「頭撫でるな!」
フェンリルの幻影を払いのけるように手を振り、用意した服を身に纏う。
黒のパーカーに七分丈パンツ、足元はグリップの効いたランニングシューズ。耳を隠すためにパーカーのフードを目深にかぶり、尻尾はズボンの中に収めて誤魔化す。遠目には、ちょっと小柄な女の子が夜に出歩いてるようにしか見えないはずだ。
最後に、スマホと小型のライトをポケットに突っ込み、玄関のドアをそっと開いた。
夜の空気がひやりと肌を撫でる。
(……そういえば、さっきの不良――妙に甘い匂いがしてたな。普通のタバコの煙じゃなかった。あれが、悠真が言ってた“甘い匂い”か?)
『ミツキ、その時点じゃ嗅覚ゴミだったしね。ちゃんと確認してないでしょ』
「まぁな。いろはの前だったし、下手に動けなかった」
『あの煙、やっぱり“あれ系”の劣化品かもね? イグニスと同系統の……』
「……決まりだな。もう少し深く調べてみるか。今度こそ邪魔は入らないといいが」
俺――ミツキは、静かに夜の街へ踏み出した。
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