9話、SID会議
――港湾地区・特異事案対策部(SID)臨時作戦室。夜明け前。
壁一面のモニターには、路地裏の暗視映像と、切り抜かれたSNSの貼り付け、掲示板ログの断片。細い赤い線が地図上の数ブロックを囲み、昨夜の動線を示している。
「始めよう」
課長・鷲津が低く言うと、空調の音だけが一瞬残った。
広報調整官の男がタブレットを掲げる。
「まず、港署との調整。昨夜の第一通報は“内輪揉め”で処理させました。
現場検証は早期打ち切りにさせ、証拠品は一部こちらへ移送済み。
――所轄はこれ以上深掘りはしないようにしてあります。」
「よろしい。警察には“特異案件”として権限外を明確に。深入りはさせるな」
鷲津の視線が次に移る。秘書官の七瀬が一歩出る。
「メディア関係ですが。
テレビキー局は報道見送り。
地方紙が一本だけ“謎の獣人、港に出没”と出しましたが、朝刊第二版で差し替え、電子版は既に記事差し止め。
記者名は把握済み。――次からは書かせません」
「社側のデスクにも通達だ。“写真は捏造の可能性”で社内判断にさせろ。こちらが直接におわせるな」
「了解」
諜報部の若い担当者が手を挙げる。胸元の札には“情報第2課”。
「ネットは削除要請だけでは焼け石ですので。
拡散の芽は各所に増殖済み。
ですので――攪乱へ切り替えます」
「具体的に?」
「“コスプレ説”“着ぐるみ説”“都市伝説説”をブレンドした誘導投下。検証っぽい体裁の半可情報を意図的に混ぜ、タグの勢いは落とさず話題だけ散らします。
位置特定や個人の顔が抜かれた投稿はピンポイントで通報・圧縮。まとめサイトには相反する結論記事を二種類同時に供給、争点を横滑りさせます」
七瀬が確認する。
「――完全に潰すより“埋める”方針ね。」
「ええ。消せば燃えます。変な混乱を起こすより増やして沈ませるのが早いと判断いたしました。」
鷲津は短く頷いた。
「やれ。“噂の銀狼スレ”も監視対象に。特定と実害に繋がる投稿だけ確実に折れ」
「回線側にも当たりを付けています。自治厨を装ったモデレート誘導も併用します」
別のモニターに切り替わる。被疑者“銀狼”の動きが、昨夜からのベクトルとして連ねられていく。赤い点は路地の入口で一瞬止まり、次の屋根へ。
広報調整官が資料をめくる。
「目撃者の扱いです。昨夜の接触者は4名。不良グループの3名、女子高生1名です。」
「聞き取りは?」
「“暗くてよく見えない”“速すぎた”で一致。女子高生は“人間に見えたが耳と尾があった”と。――いずれも任意で解放済み」
七瀬が付け加える。
「接触者への強圧は避けます。
尾行と周辺聴取で輪郭を押さえる程度。
“見間違い”のストーリーを周囲に流して薄める」
「よし。――記憶をいじるような真似は不要だ。それは最終手段にする。
最悪は銀狼がこちらの仲間になるのなら、広報係としてポスターでも、何でも後から理由付けすれば構わん。」
「了解」
鷲津は指先で机を二度叩き、映像の再生速度を落とす。路地の梁がわずかに沈み、白い影が空気を撫でるのが見えた。
「対象“銀狼”。動きは明らかに人間域外の加減速。だがすべて軽傷に避けており、まるで遊んでいるような印象を受けます。」
「港ブロックでの出現は、深夜二時台です。」と諜報担当。
「……なるほど。――監視網を二ブロック外へ広げろ。屋根筋に点監(スポット監視)を置く。目立つな。早めに囲み潜伏場所を特定しろ。」
「現場は誰を?」
「Yを向かわせて、サポートを二名つけてやれ」
「了解」
広報調整官が手元の紙を持ち上げる。
「それともう一件、港で“甘い匂いの煙”の情報が寄せられています。
タバコ状の何かが出回っていると。
動画内の不良の一部がそれを所持していた可能性あり。」
「出所は?」
「現時点不明。国内メーカーの規格外、輸入記録も該当なし。
外見はスリムな銀箱。
通称“フェアリー”と呼ばれているそうですが、これについては現物が見つかり次第解析に回します。」
「後回しにはするな。対象出現域と重なるなら因果がある。――分析班に上げろ。『魔素反応の有無、微量サンプルからでも直叩き』で。報告は逐一あげろ。」
諜報担当が画面を切り替え、SNSのトレンドを示す。
「“#正義の銀狼”は依然強いですが、“#暴力事件では”のタグも伸びています。対立構造の維持は有効。どちらにも“極端”を混ぜ、中心をぼかし続けます」
七瀬が短く息を吐く。
「メディアが取り上げなければ自然と落ち着くわ、ひとまずは様子見しておきなさい。」
「それでいい」と鷲津。「市民は騒いでいる間が一番安全だ。――問題は、カラミタスだ」
室内の空気が少し冷える。壁際の別班が視線を上げる。
「蛇の刺青の男、カーティス・ロウ。
奴は3年前に現れた異世界犯罪組織カラミタスのメンバーだ。
ランクS指定。戦闘データは無いが、自ら戦うより他人を使う傾向にある。油断はできん。
うまくいけば捕縛して情報を吐かせろ。だが一般人の被害を防ぐためなら――最悪は排除を許可する。」
「奴らと銀狼が同時期に姿を見せたのは、何かあるのでしょうか。」と広報調整官。
鷲津はモニターに映る路地の線をひとつ指でなぞった。
「わからん、だが同時期に現れている以上何かしらの関係がある可能性もある。
だが、共に行動していないと言う点を考えれば仲間でない可能性もある。
こればかりは接触しなければわからん。
ひとまずは一般人に被害が出るのを防ぐため、情報を出来るだけ遮断させろ。」
一拍おいて、指示が畳みかけられる。
「所轄へのレク、継続。メディアは規制を維持、地方紙には“次はない”と伝えろ。ネットは諜報部。“真実より量”で押し流せ」
「接触者は?」
「聞き取りのみ。監視は薄く長く。――“忘れていく方向に寄せる”」
「対象“銀狼”は監視強化。接触はまだ許可しない。もし接触の機会があるなら――敵ではないと示せ。ただし、こちらの“名”は出すな」
「了解」
窓の外が僅かに白む。会議が解散に移る直前、鷲津は低く付け足した。
「これは“ただの夜遊び”ではない。街に、ゆっくりと別の匂いが混じっている。――先に嗅ぎ分けろ。騒ぎは表でやらせておけ。仕事は裏で終わらせる」
椅子が引かれる音。小さく「了解」が重なり、SIDの朝が始まった。
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