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群馬 富岡

 軽ワゴンで関越自動車道に乗って埼玉から群馬までずっとノンストップで走り続けて四十分は過ぎただろうか。群馬の山脈は白く雪化粧している。どおりで寒いわけだと、エアコンの温度を上げる。

 朝起きてバタバタしていたので身だしなみを整えただけで朝食も食べれず歯を磨いて顔を洗った程度である。身だしなみと言っても、寝癖隠しの昔嫁が編んだものでだいぶくたびれたニット帽を被り、口元と顎には無精髭が生えていた。上着は嫁とお揃いで古着屋で買ったライダースジャンバーをずっと長年着ていたため皺と掠れという年季が入ってくたびれている。便利屋でなければ、正装とは言い難いが、便利屋になってからスーツには全く袖を通していなく、いつもだいたいこのラフなスタイルなのだ。暑い時期以外はジャンバーの中のインナーとジーンズが変わるくらいである。

 そんな状態だったものだから、藤岡JCTの青看板が目に入りそろそろトイレ休憩でもしようかと、県道十三号方面の出口へと向かった。

 高速を降りて一般道を走ってすぐに、道の駅のららん藤岡はあったのでそこでトイレ休憩にした。まだ朝早く道の駅の売店はどこもやっていない。ここで何か朝食でも買えればと思ったがそううまくはいかない。トイレを手早く済ませると早々に車に帰った。朝で外は寒いし、車の中の黒に防寒用毛布を覆って犬用の冬用ベストを着せているとはいえ、流石にまだ寒いかもしれないと思ったからだ。

 車に戻ると、少しひんやりしていた。


 「黒、大丈夫か?」


 「ワン」


 黒は、大丈夫というように返事をした。龍丞はシートベルトをはめてからよしよしと、黒の頭を撫でた。そういう時の龍丞の顔は、いつもより穏やかである。

 エンジンをかけ、ゆっくりと車を発車させた。途中、こんにゃくパークの看板が見えたが時間的にまだ早い気もするし、混みそうな感じもして待ち合わせ時間に間に合わなくなるのは流石に困ると寄らずに素通りした。ここも妻と一緒に行った場所だとふと思い出して、余計に行きづらさがあったというのもある。


 グーっと腹の虫が鳴る。

 もちろん、龍丞の腹の虫である。


 今朝は黒の餌を少しばかり与えたきり、龍丞自身は食べていなかったと思い出す。何せ、急かされて追い出された感じであったので、準備もそうそうに出来ず出てきたのである。

 こんにゃくパークの前に、焼きまんじゅう屋の看板があったのを思い出してしまう。焼きまんじゅうの味噌の甘だるくも香ばしい匂いを思い出し、食べたいと思った瞬間にまた腹の虫が鳴る。ここまで食べ物の名前が並ぶと、気にしないようにと努めたところで体は正直である。気持ちとは裏腹で、苦笑するしかない。


 ふと視線を感じて、その視線の方をチラッと見る。もちろん、そこにはいるのは黒だ。何か物欲しげな顔である。食いしん坊なところがあり、飼い主の腹の虫の声が聞こえたのかもしれない。つまり、何か食べれるのではないかという表情で見上げているのである。黒は体が大きいため、助手席に座るのではなく座席を下げてフットスペース部分に四つ足をつけお尻を地面に付けてる状態である。一応、逃走防止にリードは車の助手席に固定しているが、黒とドライブを何度もしているが命令されない限りそこから勝手に降りることはしない。とても優秀である。

 が、犬なのに表情豊かというか、どういう気持ちなのか分かり易い。と言っても何を考えてるかなんて、分からない。人間と一緒だ。

 ふとそういえば、グローブボックスに犬用ジャージーを入れていたような気がして片手をそこへ伸ばそうとしたが、そもそも黒が邪魔で取り出せない。目的地まではあと少しである。黒に苦笑して悪いとボソッと言ってから、申し訳ないと思いつつ頭を撫でてハンドルに手を戻した。

 聞き分けがいい黒は理解したようで、窓から見える景色を眺めて何事もなかったのような素振りだ。


 二十分ほど走って、やっと目的地周辺に着いた。富岡製糸場の煉瓦の塀沿いを走っている状態だ。

 届け先は富岡製糸場の近くにある飲食店、ミタカ食堂の三代目の主人である。店自体は三が日なので休みであるが、ご高齢の為自分で取りには行けないのだという。そもそもそれなら栄弍が行けばいいのだろうが、親戚が今日から正月休みの間暫く家に留まるらしく遠出はできないのだそうだ。ただ、この届けものが去年の年の暮れには届いていたのだ、栄弍が行けないどおりもないのだろうが、龍丞を当てにしていた節が話の節々に感じ取れたので、自分で行く気はさらさらなかったのだろう。

 出会った時は五十代だったが、いくら元気にしてたとしても今は還暦超えたおじさんなのだ。昔でいればお爺ちゃんと言われていい年齢だ、口では言わないが自分で運転してまで行くのは、しんどいのかもしれない。

 龍丞としてはそういう依頼があるからこそ、食うに困らずあっちこっち仕事という名目で嫁を探す旅ができるのだ。ありがたい話である。

 店の駐車場があるという話であったが、ナビ通りに店には着いたもののどこが駐車場なのか分からず店の前で車を停止させる。スマホを取り出して電話を掛けようかと思ったが、三が日で人通りも車も少ないのだが狭い道路でずっと停止しておくのも通行の邪魔かとやめた。仕方なく近隣の駐車場に止めようとナビで検索したら市営の駐車場が近くにあり、約束の時間にはまだ少し早いのでそこから歩いて行くことにした。

 駐車場に停められたのはいいが、黒をこのまま置いて行くには気が引けた。店には行った事がなく、急に頼まれたのと酔い潰れたこともあり、下準備ができていなかったのだ。いつもなら、近辺のことは確認してから出かけるのだが、それをしていないのである。店に駐車場があると聞いて目と鼻の先くらいの距離と思っていたので受け渡しさえできればすぐ帰って来れると踏み、晴れてきたので車の中でも問題ないだろうと思っていたのだ。

 だがここの駐車場は、歩いて数分だとしても目と鼻の先というわけではない。晴れてきたと言っても、車のエンジンは切ってしまったのだ。エアコンも使えないし、寒い思いをさせるかもしれない。

 そこで店の玄関先で黒を待たせてもらえるなら理由をつけてすぐに帰れるしと思い、エンジンを切ってシートベルトを外すとすぐ亭主に電話を掛けた。


 プルルルル プルルルル プルルルル ガチャ


 「はい、ミタカです」


 ご高齢と聞いていた割に随分と声が若いような気がする。確か...八十歳は超えていたと記憶しているのだが聞き違いだろうか。


 「(わたくし)、酒幸さんから依頼を受けました八犬と申すます」


 「あぁ!父より、話は伺っていますよ」


 「...息子さん、でしょうか?」


 「はい、そうですそうです。息子の深田家(みたか) 栄視(えいし)と言います。そろそろお約束の時間ですからね。お着きなったのでしょうか?」


 「...はい。そんなんですが...えーっと、駐車場があると聞いていたのですが見当たらず、市営の駐車場に、今いるのですが...」


 「...そう、だったんですね。こちらが説明不足だったようで、すみません。本来なら私どもが伺うべきところを、わざわざ群馬まで来て下さったんですから、駐車場代は気にしないでください。こちらがお支払いしますから」


 「あ、いや...そういうことではなくて...あのですね...」


 龍丞は言いづらそう歯切れ悪く、黒がいることを説明した。それに対し栄視は、今日は店も休みにしているから店の中へ連れて来て下さいと龍丞の心を内を読んだように先に言ってくれたのだ。

 礼を言って電話を切ると、ほっと一安心したように顔が綻ぶ。


 「じゃ、行きますかね」


 黒の頭にポンポンと片手で撫でてから車のドアを開けようとすると、黒がクゥンと弱々しく鳴いた。どうしたのかと振り返ると黒は、グローブボックスに右前足をトンと叩いて龍丞をじーっと見ている。

 餌の催促である。


 「そうだな、我慢させてたからな。ちょっと待てよ」


 龍丞は一旦車から降りると助手席のドアを開け、車に装着していた黒のハーネスを外して黒を外へ出した。それから、グローブボックスの中にあった犬用ジャーキーを取り出した。

 その時である、掌サイズくらいの手帳がフットスペースからするりと落ちた。


 年季の入った深みのある海のような青いベルト付きの革張りの手帳が落ちた。


 「あっ...」


 小さな声が龍丞から漏れる。

 ずっと入れっぱなしになっていてのを今ようやく思い出して、悲しみに目尻を下げる。ジャーキーを助手席に無意識に置いてからすっと手を伸ばして、手帳の表面を愛おしそうにそっと撫でてから拾い上げた。


 嫁の手帳である。


 何故そんなところに置いておいたかと言えば手掛かりになると思ったのと、嫁が近くに感じられてたからだ。

 だが、存在を忘れてたのだ、世話ない。


 嫁がいなくなって暫くしてから、この手帳を嫁が使っていた机の横の小さな引き出しから見つけた。

 嫁が好きで使っていた祖父から譲り受けたという古い万年筆と一緒に置かれていた。万年筆は親の形見と言って、家でよく使っていたのを見ていた。だが、その時初めて手帳を見たのである。仕事用の手帳は他に持っていたので、これは別の、プライベート用だったのだろうとその時気づく。

 だから嫁の手掛かりが見つかったと初めは喜んだのだが、龍丞が知らなかったプライベートの手帳なのだ、龍丞にとって知りたくないことが書かれている場合もあるということである。

 いくら夫婦と言っても個人のものだ、勝手に見てもいいのかという後ろめたさもあった。


 それでも、嫁に繋がる何かが分かるならと、何日も悩んだ後に、恐る恐る手帳を開いた。

 だが、そこには絶望だけしか残らなかった。


 何も、書かれていなかったからだ。


 一枚一枚、何度も何度もページをくまなく見た。明らかにページには何かを書いていた痕跡、しわが寄っていたり、紙が色褪せているのだ。もしかしたらと、一枚鉛筆でページを擦ってみた。文字など浮かんでくるわけもなく、ただページが汚れただけだった。

 それが今、開いてるページだ。


 そっとそのページを指に腹でなぞると、鉛筆の黒鉛が指について汚れただけだった。その汚れが、何か龍丞の内の嫌な部分と溶け合ってドロっと流れていくような不快感を覚えた。


 咄嗟に、バタンっと手帳を閉めた。


 不快感を消し去るように軽く頭を振ってから、ジャンバーの横ポケットに突っ込んだ。


 「ワン?」


 黒が小さく吠える。視線を落とすと、横にいた黒が心配そうな目でこちらを見ている。


 「悪い、悪い。大丈夫、大丈夫。さ、飯だ飯だ、なっ」


 大丈夫、それは自分に言い聞かせた言葉。そうでもしないと、これから仕事だっていうのにそこから動けなくなりそうだったからだ。

 黒ににっと作り笑いを向けて、黒の頭を撫でてからジャーキーを食べさせようとして手元にないことに気づく。どこだと助手席へ頭を突っ込むとすぐにそれはあった。助手席に。

 何故そんなところにと思いながら、袋を開けてジャーキーを取り出すとその場で食べさせた。残りも少なく全て食べてしまったので、帰りにでも買って帰ろうかと空の袋をダッシュボードへ軽く投げ入れ閉じてから、後部座席に置いてあった届け物を持ってからドアを閉め鍵を掛けると店へと足早に向かった。少し長いしすぎたと思ったからだ。


 四、五分くらいで店の前に着いた。黒にとってはちょっとした散歩でしかなく、物足りなさそう顔で店の引き戸の前で座っている。これは後でドックランでも行った方がいいのかと、近くにドックランがあるか調べないとと思いながら、引き戸をノックしようとした。


 ガラガラガラ


 「そろそろかと思いましてね、ちょっと様子見に出てみたら、ちょうどよかったみたいですね」


 店の中から、龍丞よりも年配でヒョロっと背の高い白髪の丸眼鏡をした男が出て来た。声から察するに、さっき電話で話した栄視であろう。


 「あ、どうも、初めまして、なんでも屋八犬の八犬です。先程は電話で、急なお願いどうもすみませんでした」


 「いえいえ、まだまだ寒いですから、ワンちゃんも車の中では可哀想ですからね。寒いでしょ?ささ、中へ入って下さい」


 栄視は手招きするように、龍丞と黒を店の中に入れた。

 店の中は、椅子がテーブルの上にひっくり返って乗っていた。店が休みで掃除したままなのだろう。

 店をそのまま真っ直ぐに進んで奥に家に繋がる通路があった。

 黒は店の玄関口で待たせることして、龍丞は導かれるまま着いていくと、居間に通された。そこには、小さな仏壇があり、線香の煙がゆらり、ゆらり上がっている。懐かしい匂いだとふと思う。


 「どうぞ、こちらへ座ってください」


 栄視は居間中央にある、年季の入った木目のある少し低めの立派な古びた木の机に通された。横長の方へ座った時の座布団もこれまた少し古びた年季のある座布団であった。


 「いや店も古くて、家も家具や何もかも古くて、今の人にはびっくりされたでしょう」


 目の前に栄視が茶棚から茶器一式を出して、近くにあったレトロな柄のホーロー魔法瓶ポットからお湯を注ぐと龍丞の前に茶を出した。


 「いやいや、そんなことないですよ。掃除が行き届いていて、いい家ですね」


 「そうですか?そう言ってもらえると、嬉しいですね」


 にこにこしながらとん、とんと湯呑み茶碗を置いていく栄視。


 合計三つ。


 龍丞、栄視と一体誰のだろうかと、二人が座った間の奥の席の湯呑み茶碗をみていたら、閉まっていた襖がさっと開いた。


 「おうおう、すまねぇな。ちと、うとうとしちまって、遅れたわ。お!おまえさんが、栄弍が言ってた、何でも屋だな。いやー遠路はるばる、さみぃのにこんなところまですまねぇなぁ」


 少し歩みがおぼつかない分厚い老眼鏡をかけた老人が少し猫背気味に、それでもドスドスと元気よく登場して最後に置かれた湯呑み茶碗の前の席にどかっとあぐらを描いて座った。


 「やぁ〜、こう寒いと膝が悪いからな、なかなかうまく歩けんで困るわ。本当はよぉ、店も休みだからちょっと旅行気分で取りに行こうと思ったら、息子がよ、どーも用事があって行けねぇってんだ。すまねぇ、まぁなんだ、大したもんも出せねぇが、っておい、茶菓子がねぇじゃねぇか!全く、気が効くようで抜作だな。なんか、あるだろ、出せやい」


 「あぁ、本当ですね。すっかり忘れてました。今、出しますね。さて」


 ぐぅう


 「はて?」


 栄視がそう言い不思議そうな顔をし、老人もまた驚いたように目をぱちくりさせている。


 龍丞の腹の虫が聞こえてしまったのである。

 忘れていたつもりだったが、茶菓子などと聞いたら腹が空いたなと思うのが人間というもの。鳴ってしまうのも、仕方ない。


 「おまえさん、もしや腹減ってるな!」


 にかっと口角を上に、老人は大きな声でそう言った。


 「父さん、失礼ですよ」


 栄視は慌てて嗜めるが、老人はカッカッカと笑うだけで話をちっとも聞いていない。


 「すみません、悪気はないんです」


 龍丞に困った顔をした栄視は、ぺこりと軽く頭を下げる。


 「おい、栄視、頭なんぞ下げてねぇで、あれ、あっただろう!出してやんな!ここまではらぺこで来てくれたんだ、飯ぐれぇださねぇで、そっちの方が失礼だろう。ほれ、早くしろ」


 「あ、そうですね。そうですよ。ちょっと待って下さいね」


 パタパタパタと栄視は奥の方へ消えていった。

 取り残された龍丞は、それはそれは恥ずかしくそれを悟られないように我慢して冷静を装っているが、頬が若干赤みを帯びている。


 それから、店で出しているご自慢の工女さんも愛したというカレーが出てきた。これは富岡製糸場がまだ現役の時に、働いてる人達が美味しく安心して食べれば元気になるカレーをということで開発して昔から親しまれてるものらしい。要は、看板メニューなのだろう。

 少し温めてくれたのか、ちょうど良い暖かさでいい匂いが鼻を刺激し、もうどうにもこうにも腹が減って仕方ない。ごくりと唾を飲み込むと、どうぞどうぞという言葉にいつになく遠慮なくがっついてしまった。


 「くっくっ、いい食べっぷりだなぁ。こりゃ、作った甲斐があったな、なぁ」


 「そうですね。父さんが、カレーが食べたいなんていうものだから、面倒だなとは思ったんですが、作っておいてよかったです」


 「おいおい、親に向かってなんだい...まぁ、こう美味しそうに食ってくれりゃあ、いいか」


 食べ終わった龍丞は、ご馳走様でしたと両手を合わせてボソっと言ってから、そんな二人のやりとりを見て微笑ましくなった。

 なんだかんだとカレーの自慢話的なことを老人から聞いていると、栄視が飼い犬が待ってるのですからと長くなりそうな話を止めてくれた。 長いをするつもりはなかったはずだが、食事を奢ってもらって届け物を渡したら、はいさようならと言えるほど情がないわけではない。

 と、忘れそうであったが、まだ届け物を渡してないことに気づく。


 「すみません。最初に渡しておくべきでしたが、これどうぞお納めく下さい」


 座った時に自分の隣に置いたままだった届け物を上と下を両手で持って、老人に差し出した。

 聞いていた情報からするに、こちらへの老人の届け物だと気づいたからだ。


 「おう、すまねぇな。おい、栄視、これ」


 はいはいと言って、栄視は届け物を代わりに受け取る。


 「じゃ、犬も待ってますし、私はそろそろお暇させて頂きます。ありがとうございました」


 龍丞はすっと立つと、深々と二人に頭を下げた。


 その時だ、ぼとっと手帳が落ちた。


 「ん?なんだ?」


 「あっ...」


 龍丞は咄嗟に屈み、手帳を拾い下げようとして、先に拾った栄視から手帳を受け取る。


 「すみません」


 「いえいえ...素敵な手帳ですね。随分と年季も入ってるようで、お仕事のですか?」


 「あ、いや...そうではなくて」


 「そうではない?」


 はっとした時には、遅かった。嘘をつけばよかったのだ。これは、嫁のなのだから。


 「...何か、お悩みがあるんでしょうか?」


 言い訳を見繕って考えていたら、栄視が心配そうな視線を向けてそう言った。


 「あ...その...」


 いつもなら大丈夫だと言えるはずなのに、どうしてか栄視の前だと言えない。不思議と、言葉がつっかえて出てこないのだ。


 「...他人に話すことで、心がホッとすることもありますよ。お力になれるかは分かりませんが、お急ぎでなければお話になって下さい。聞きますよ」


 何か呪文がかかったような甘い言葉に、普段の龍丞だったら簡単には話さないはずなのにするすると話をしてしまった。と言ってもかいつまんで、である。


 「ふむふむ...そうですか。その手帳が、読めないと...痕跡があるのにと...不思議ですねぇ...それはそれはお困りでしょうね...」


 「おい、なら、あそこに頼んでみたらどうだ?」


 「...あぁ...あそこ、ですね」


 「あそこ?」


 ついつい言ってしまったことに後悔していた龍丞は、その言葉を聞いて希望を得たような顔で栄視を見る。


 「はい。不可思議堂というお店があるんです。そこには、魔女と呼ばれる女性がいるようで、彼女は不思議な力を持ってるとかなんとか。父さんも、一度お世話になってるんですよ。まぁ大したことじゃないんですが、どうしても見つからなかた母の形見がですね、その人に相談した途端に見つかったんですよ。まぁ、偶然かもしれませんが、藁を掴むではないですが、何かヒントがもらえるかもしれません。言ってみるのもいいのではないでしょうか」


 そんな話をされたら、それこそ藁を掴むである。龍丞は手帳をじっと数分見つめてからぎゅっと手帳を掴んでポケットへ閉まった。

 それから再度礼を言って、黒と店を後にした。

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