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訪問者

 嫁が不在のため、誕生日の歌などはない。ただ、形式といえばそうなのだが、五十二歳だから、五と二の形の蝋燭を買って使わないというのもおかしなもので、ケーキに刺してジッポで火をつけて、すぐ姉が消すと奇妙な光景が毎年繰り広げられている。

 姉はすぐさま蝋燭を退け、ケーキに遠慮なくフォークを突き立てる。

 昔、姉がホールケーキ丸ごと一個食べたいなとと、小さい頃ぼんやり言っていたのを思い出す。その反動だろうか。


 龍丞はさほどケーキが得意というわけでもなく、嫁が好きだから一緒に食べると言った感じで、姉がホールケーキ一個食べようが特段何も思わなかった。だから姉のことはお構いなく、広げたおせちを前に自分の箸を持つと適当に摘みだした。

 このおせち、関東と関西では違うのである。三が日は基本、家にいることにしている。と言っても、今の仕事は小説家ではなく、便利屋である。こっちの予定などお構いなしで、仕事というものは突然くるものである。そういう時は、三が日がどうのなんて関係なく、二日目から働くことも今までにはあった。そんな時、関西へ行く仕事があって、その時は届けものであった。届けた先で、おせちが余ってると言われて持たされた時に、関東と微妙に違うのだなと知ったのだ。

 うちのおせちは、母親譲り。姉があんななので、台所で手伝うのは龍丞の仕事であった。と言っても、料理をするのが好きだったのもあるし、母と一緒に台所に立つのも嫌いではなかったというか子供時分は嬉しかったのだ。

 定番のおせち、数の子、黒豆、田作り、紅白のかまぼこ、伊達巻き、昆布巻き、酢蛸、チョロギ、海老、筑前煮、紅白なます、栗きんとんが入っている。一般的ななのは三段であるが、うちは二段が支流であり、炊飯ジャーには赤飯が入っていてお茶碗に盛って、おせちをおかずに食べる。

 嫁がいる頃は分担しておせちと赤飯を作ったものだが、今は姉と二人だけ。嫁が作った赤飯が美味しかったのもあり、今は作っていない。

 黒豆を摘んで頬張る。黒豆には、邪気を払う、豆に働く、健康祈願があるそうで、便利屋としてはこれを食べないと始まらないと、今は験担ぎでしっかり噛み締めて食べている。前は、嫁が体にいいからと進めてきたから仕方なく食べていた所があった。小説家に健康も何もさほど関係ないと思っていたのだ。でも、今ならその気持ちも分かる。


 ピンポーン


 記憶がどうもリンクしていちいち食べる時に妨げになり、浸りたいようなそうでないような、もやもやしてその気持ちをぶつけるようにこれでもかというくらい黒豆を噛んで飲み込もうとした時、チャイムが鳴った。ゴクンっと飲み込んで、眉間に皺が寄る。


 嫌な予感がしたのだ。


 「あ!来たみたいね」


 姉がフォークを置いて、すくっと立ち上がると珍しく玄関の方へパタパタとスリッパを履いて向かっていったのだ。



 やはり、


 嫌な予感は的中した。


 三が日をゆっくり休めない時がある、十中八九、ある人物が関わっているせいであり、その張本人が目の前に客人として現れたのである。


 「おーう!やってるね!いい酒が入ったんだ。是非飲んでほしいと思ってな、届けるだけにしようとは思ったんだけどなぁ。電話したら、是非一緒におせち食べながら飲みましょうってなったもんだからさ」


 余計なことをと、その人物の後ろにいる姉を少し睨む。姉は斜め横に視線を逸らして、その人物にどうぞどうぞ座ってと促して盾にするように押している。その人物はどことなく、嬉しそうに照れながら龍丞が座っている反対側のソファーへ座った。というのも、この人物、ずっと独身で、姉に好意を持っているのである。姉はそのことに気づいている節があり、いいように使ってるようにも思えて仕方ない。だが、姉がどう思ってるのかは知らないが、姉が座ったのは龍丞の横で、さっきまでいた場所である。


 「お前が呑みたいと言ってたのが、やっと手に入ったんだよ!ほれ!」


 両手に大事そうに持っていた風呂敷に包まれた一升瓶をドーンとテーブルにその人物は置いて、スルッと豪快に風呂敷の結び目を解く。雑な感じではあったが、風呂敷の中から出て来たのは、魔王であった。


 「...どうも、あけまして、おめでとうございます...あっ!!!」


 今のシーズンは手に入りにくく、酒が好きな龍丞は正月に飲めたらなと確かに前にポツリと言ったことがある。何せ、この人物、酒屋なのである。


 「おう。あけまして、おめでとう。いやー、いつも世話になってるからなぁ。うちの酒屋が今も続いてるのは、龍ちゃんのおかげと言っても二言はない...とも言えるしな」


 確かに酒を届けてくれと、京都まで三が日の二日目に言われて行かされるわ、北は北海道、南は沖縄まで取りに行かされるわ、届けに行くなんて便利屋を始めて数十年何度あったことか。名酒、幻の酒なんて言っては、よくわからない場所へ行かされた。ただ、そういうのがあったからこそ、嫁探しも一緒にできたし、今も食うに困らず生きてこれたのも事実であった。


 「...悪いな、そんな風に思ってくれてたなんて、こちらこそ、ありがとう」


 いやいやなんて言って、焼酎を開けて、姉が居間にある小さな縦長の食器棚から江戸切子の青が映えて綺麗な冷酒用グラスを三つ取り出し、その焼酎を次々に入れて、手際よく三人の前に置いた。


 「じゃ、今年もよろしくってことで!」


 姉がそういうと、流れでよろしくと呑み始めた。


 「飲んだな」


 飲み干した、その時、悪い笑みを浮かべて、悪魔のような男の声が聞こえた。

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