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誕生日

 龍丞の嫁は、元旦が誕生日である。


 その日は欠かさず、龍丞は嫁が帰ってくるかもしれないという淡い期待もあって、家に帰ってきていた。嫁が記念日を大切にする人であったから余計だ。

 それに付け加えて、姉が元旦は絶対に家族で過ごすものという、ニューヨークに住んでたわりにそういう伝統的なところというか古風なところは昔からで、昔は亡くなった旦那と元旦になるとこの家に泊まりに来ていた。

 姉がこの家に住むと言い出したのも旦那が亡くなって旦那の故郷にいる理由がなくなったからと言っていたが、姉夫婦には子供もおらず、思い出だけでそこに一人居続けるのは辛かったのだろうと思う。現に、龍丞がそうであるように。


 龍丞の実家は、もうない。だから、姉が帰れる場所といえばもう、弟である龍丞の家だけというのもあったのかもしれない。


 龍丞は、姉に呼ばれて居間に行く。洋風な感じのその部屋は、年季の入った大きな木の長方形のテーブルと年季の入った革張りのソファーが長辺を挟んで向かい合わせで置かれている。これは元々置かれていたもので、いい味わいでアンティークな感じがし、誰かがそこによく座ったのであろうか多少擦れたところはあるものの、それ以外は時が止まったとでもいう感じだったため、ソファーは業者を呼んでクリーニングしてもらい、そのまま使い続けているのである。業者の話によると、年代物ですがいいものでしっかりした作りなのでまだまだ現役ですねという話で、大事にされているんですねとの話であった。

 それを聞いて、龍丞と嫁はいい買い物をしたと二人で嬉しそうに微笑みあったのである。


 そのテーブルの中央に、小ぶりの真っ白いケーキの箱が置かれている。いつものケーキ屋のものではあるが、昔は前の主人のものを買っていたが引退してしまったので、最近は息子が作ったケーキである。ここへ引っ越した時にたまたま小さなお店だったが見つけて、蕎麦ならぬ引っ越しケーキにしようと買ったのがきっかけであった。それから前の主人のケーキが気に入った嫁が、ちょくちょく買ってくるようになっての付き合いである。

 ここは市街地から離れた山の上。この家は、元々が別荘に使われていたらしく、ここら辺一帯の山の土地も元家主のものだったらしく、周りには一軒も民家がない。ただ、山といってもそんなに高くはなく、車で片道二十分くらいで街へは出られる。ただ、山なので道は坂道で、軽自動車が二台分くらいの道幅である、車はすれ違えるけれど大きい車は難しい。といっても、山奥にここ以外家がないのだ、そうそう道で往生することはない。前の家主が金持ちだったのかは知らないが、道もきちんと舗装されて車さえあれば、不便というほどのことはない。今は、宅配もあり、ここも別に電話すれば届く。


 ケーキ屋へはいつも通り電話で注文しているので、箱を開けずとも中身は分かる。

 嫁の好きな苺がたくさん使われたショートケーキのホールケーキ。量は沢山食べれないので、いつも通り一番小さい四号を頼んでいる。


 「開けちゃっていい?」


 姉もそのケーキが好きで、姉はケーキ好きだしこのくらいのホールケーキなら、一人で食べれるのである。最近は太ると困るわと言って、控えてはいるようではある。


 「どうぞ」


 姉はウキウキしながら、ケーキの箱を開け出した。龍丞は、嫁もいつも楽しそうにケーキの箱を開けていたなと思うと、なんとなく寂しさがジワっと水にインクが流れ出るような感じで広がって、目頭が熱くなる。このまま浸っていると姉の前であの時みたいにカッコ悪く泣きそうだと思い、目頭を指先で抑えて俯く。


 「あ、料理取ってくるわ」


 「はーい」


 姉は鋭い、多分、龍丞が今どういう状態なのか気づいている。けれどあえて気づかないふりして、龍丞の方には顔を向けず、はーいと明るい声で片手をあげて返事をしたのだ。それを龍丞も分かっており、そういう普段通りにしてくれることに助かっていた。深刻になりすぎず、でもほっぽり出すのでもなく、いい塩梅の距離感でいてくれるのが、心強く、安らぎでもあった。


 てくてくと俯いたまま少し歩くと気持ちも落ち着いて、目頭から指先を離す。台所入口手前で一旦止まって、近くの柱に寄りかかってはぁっと小さくため息をついて、顔を上げる。さっきまで顔が熱っていたのに、急に北風が吹いたようにブルっと震えがきた。居間は暖炉に火が付いているからいいものの、台所や廊下には暖房機器はない。陽が入るので比較的暖かいとは思うものの、朝方は寒く、今は十時を少し回ったくらい。まだ寒い。雨戸を閉めてあればいいのだろうが、部屋が暗いと気持ちも滅入りる。朝起きると一番に雨戸を開けるのが、龍丞にとってこの家でやるべきこととなっていた。

 流石に、雪や大雨が降ったら開けはしないが、この家の魅力である庭がここからガラス越しに見える。廊下は大窓になっていて、四季折々の景色がそこから見えるのだ。一時期、庭を手入れしない時期があり、龍丞の心の中みたいに暗く枯れたようになっていたのだが、姉が住むようになってからは業者に頼んで綺麗にしてもらっているので、今は綺麗に整っている。その庭をぼんやり眺めていたら、はっと思い出し、体を起こし足長に台所へ入った。


 一目散に向かったのは、流し場の丁度真下。床に直接青いバケツ置いてある。水が張られていて、一輪の花が刺してある。嫁が好きな寒白菊(カンシロギク)である。街の駅の近くにある、小さな花屋にいつも頼んで買ってきている。そこも嫁が見つけた場所で、嫁が花を買う時はいつもそこであった。龍丞はよく、花束を持たされたものである。何せ、嫁は運転できないからだ。原付免許は所有していて、スクーターには乗れる。本人曰く、昔見たテレビでカブが可愛くてどうしてもそれに乗りたくて、学生の時に皆が車の免許を取っているというのに原付免許を取ったという少しズレた感覚の人であった。


 ふとついでに、出会った時のことも思い出す。

 

 もちろん、現場に嫁はスクーターで来ていた。挨拶に来て仕事関連の話しをして、これで別れるのもどこか寂しさを感じたし後ろ髪引かれて、もうちょっと別の場所で食事をしながら話がしたいと引き留めたのだ。


 「あの...よかったら、この後食事でも...」


 人生初、誰か誘ったので恥ずかしさと緊張でうまく言うことができず、少し声が篭ってしまった。情けないと、今でも思う。


 「え?...あっ!いいですね。折角仲良くなるチャンスができて、連絡先も交換しないままで帰るのも寂しいなって、思ってたんです...よかった」


 嫁は話す時しっかり相手の目を見て話す人で、ただ、よかったと言った時は少し頬が赤くなって視線を逸らした。


 「じゃ、じゃあ...俺の車で」


 嬉しさと緊張で、いつもみたいにスムーズに言葉が出てこない。


 「え?車なんですか?」


 嫁は驚いていたようで、龍丞は何が悪かったのか理解できずに面食らって固まって言葉が咄嗟に出ない。


 「あっ...すみません。私、スクーターでここまで来ているものですから...それに、小説家の先生はタクシーなのかなって、勝手に思い込んでたもので...」


 「あぁ...自分では運転してこないと...まぁ、他の人はどうだか知らないですが、俺は運転好きなんで、大概、自分で車移動ですよ」


 「そうなんですね。うふふ、私ったら、イメージだけで、勝手にずっとそう思ってました」


 そう、妻は少し思い込みが激しい所がある。特にどこかの名家のお嬢様というわけではないのだが、性格がこうと決めたら頑固で真っ直ぐな感じの人だから、そういうこともあるのかもしれない。


 そこで、記憶を閉じた。


 ふぅっと息を吐き出して、バケツの近くにしゃがみ混む。

 イキイキと咲いている寒白菊を見ると、嫁のようだなとそっと撫でた。


 「だめだな...」


 龍丞は自分がここまで未練がましいとは思わず、くしゃくしゃっと顔を歪ませて苦笑する。でも、その未練があるから、ここまでずっとこれたのだ。


 寒白菊をそっと摘むとバケツの水がゆらりと歪んでそこに映し出されていた龍丞の歪んだ顔も掻き消えて、立ち上がる。流し場の横のカウンターには一輪挿しの花瓶が置いてあり、花を持っていない方の手で水道の蛇口を軽く捻り水を出す。水がジョロジョロと流れ、花瓶を持つと水を入れて寒白菊を差し入れてカウンターへ置く。蛇口を閉め花瓶を持って居間へもう一度戻ると、窓際にある小さな木のテーブルの上にコトンと静かに置いた。このテーブルは花を飾りたいと嫁が言って、新たに新調したものだ。陽が上がる時間になると丁度良く日光が降り注いで、花が輝いてイキイキしているように見えるのだ。

 前は大きな花瓶であったが、今は押し入れの中である。この一輪挿しは恋人になって同棲していた時に、引っ越し祝いにと嫁にプレゼントとして買ったもの。その時は部屋が狭く、これくらいしか花が飾れなかったのだ。だからこそ、この家に引っ越した後、嫁は張り切って色んな場所に花を飾っていたのだ。


 「ねー、食事はー?」


 姉の声が現実に引き戻す。多分、分かっててそうしているのだろう。


 「はいはい、運ぶだけなんだから、ねーさんも手伝ってくれてもいいんじゃね?」


 「私、食べ専なの」


 「あー、はいはい」


 わるびることもなく同等と言い放つ姉に対し、去年も同じやりとりをしたなと思い出しついつい笑ってしまった。


 「笑ってないで、早く持ってきなさい」


 「はいはい、ただいま」


 龍丞は忙しなく動いて台所から漆塗りのお重箱二段を持って、居間のテーブルの上に並べた。


 ケーキと、昔ながらのおせちが並ぶ。


 和洋折衷で異様な感じではあるのだが、これが嫁の誕生日の定番なのだ。



 足りないのは、嫁だけ。

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