~夏の終わり 上~
「上層部だ。」
場所や人物、そのシチュエーションのせいか記憶に残って当たり前の言葉が脳内でミミズのように這いまわる。彼は言っていた。彼女への挨拶だと。
彼女。間違いなく桜雨のことである。関係性も見えなければ事件性すら感じる。桜雨にこのことを言うべきか、海は自分の部屋のベットに体を沈めては考えていた。
「誰だったんだろう。このこと、、、伝えるべきなのかな」
桜雨とは前回の気まずい会話の前に連絡先を交換していた。LINEやインスタ、その他諸々はやっていないらしい。現代では考えられないがメールアドレスを預かった。紙で連絡先を知ることなど初であり、どこかノスタルジーを感じる。
天井に向け、光によって透過された紙きれに書かれた文字を片手フリック入力でスマホへと不器用に打ち込んだ。見つかるユーザー。
誘いを断られたバツの悪い空間。帰りしなの不気味な経験。どうにもこうにも文章を打ち込むことはできなかった。
押され桜雨のユーザーアイコンを見つめる。
「、、、だめだー」
天に向けていた両手をドッとベットに叩き下し、その目を閉じる。
「明日、桜雨さんいるかな」
夏祭り初日まであと一週間。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「それで、桜雨さんはいたの?」
いつもの部室、その前。田埜がスプレーをふかしながら聞いてくる。
「あー、いたよ。あとスプレー貸して」
「いたの!?」
田埜はすぐにスプレーを引き、口角を上げてはまた一つ。
「答えによっては貸してやるよ。連絡先は!交換できたのか!?」
「もち。メアドだけど」
「メアドマジ?」
驚いた顔を崩さずスプレーを海に渡す。この会話を聞いていた巳毘と夏蛾も部室からひょこっと出てきた。
「なにがもち、さ~。今の今まで交換してなかったくせに~」
「スカすんじゃねえ!連絡先交換出来てうれしいだろ!!」
ドアから顔を覗かせ、やかましいヤジを飛ばす二人にため息をこぼす。
「スカしてるわけじゃねーよー。もちろん嬉しい。でもねー」
「なに~フラれたの~?」
「そんな感じ」
「「「マジ!?」」」
「もう告白か!!早いな!!」
「焦りすぎだよ~もっとゆっくりやるべきだったね~」
「そんな”感じ”だろ?告白ってわけじゃなさそうだな」
田埜の理解力に感心しつつも、巳毘と夏蛾の独りよがり考察に呆れ、少し前まで彼らと同じ学力でいたことに怒りを覚える海。
自分で見ることが出来なくとも、とんでもない表情をしていることだけは自覚できた。
「遊びに誘ったんだけどねー。何とも言えない返事が返ってきた」
「んだよ、まだ返事返ってきてないならいけんじゃん。そんな落ち込むことか?」
「いやー」
昨日の不審者の顔が常にちらつく。それは桜雨を思うたびに連想された。
巳毘と夏蛾に聞こえぬよう、小声で田埜に聞く。
「家の近くに不審者が居たらどうする?」
「、、、ん?通報するだろ」
「それが友達の知り合いだったら?」
「、、、ん?その友達に一回聞くかな」
「友達と不審者が互いに認知してなかったら?」
「知り合いじゃねーじゃねーか!通報しろ」
「でも知り合いだったら?」
「え?哲学?、、、だから友達に聞けよ!」
「その友達と俺が気まずかったら!」
「おめぇの話かよ!」
「俺の話じゃないとしたら!」
「通報しろ!!!」
部活終わりもう一度図書館へ向かう。
そこには誰の姿もなく、踵を返すこととなった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
夏祭り初日まで残り三日間になった。
こうなると不審者より、誘いの返事の方が意識の占有率を高めていた。
不審者情報を担任の先生に提示したことも影響しているだろう。学校がないため、その情報が送られるのは誰も見ることのない回覧板だけであるが。
部活終わり、再びベッドに寝転んではスマホを掲げる。
慣れていないメールであの夜の返事を聞きたいとは思わなかった海は何とか勇気を振り絞り、もう一度会う約束の文を打ち込んだ。
[また学校で会わない?]
メールで送るには短すぎる一言。ただそれでも恋愛にメッセージアプリをあまり使ってこなかった海には頑張った方であった。学校と指定したのも、話さない?にしなかったのもすべて配慮であり、不慣れな点の表れだった。
熟考して考えた文を送るかどうか、熟考する。
寝返りを打ち、体を横に、丸め、スマホを間近見る。
結局、送信ボタンを押すのに幾たびの寝返りを犠牲にした。
ようやく押せてはため息をつき、腕をドスンと勢いよく下す。
「はあ、、、大丈夫かなー」
思えば後も先も、これほど迷い、慎重に動く人間関係は構築されることはなかった。自分をさらけ出せる最初の女性であり、今までの流れで付き合い、流れで別れるようなものとは大きく異なっていた。
本気。
目をしばらく閉じては思い出す。いつからこのような関係になったのか。
お礼をし、し返される。そんな恩返しが交互に続く。最初のココアは無理やり売りつけたようなものだったが、それが今につながっている。当初は言葉を濁したが、下ネタを堂々と話し、それを桜雨に聞かせていた可能性があったというなんとも青春とはかけ離れたシチュエーションに対する謝罪の意を込めたものであった。
思い出す。彼女に対する大勢の評価を。しかし、ここまで同じ空間で過ごしてきても、皆が嫌う彼女のオーラを感じ取ることはなかった。
自分以外に彼女のオーラが見えない人間が居れば、そちらと仲良くなっていただろうか。そんな気もしない。互いに正反対であった。性格も、思い出も、傷跡も。
改めて奇跡を痛感する。
改めて、彼女を好きになる。
短時間であったが、奇跡が思いを加速させる。
回想していると思い出した。自分が押しつぶした彼女の提案を。
「君も一緒にどうだい。」
なぜ国センに自分を誘ったのか、今頃気がかりになった。
桜雨のことだ、と何か深い意味があると考え、必死に頭を回す。
それでも大した答えは出てこなかった。
思いつくとしたらただ一つ。
一緒に居たい。
急いで枕を自分の顔に押し当てる。息のせいか、感情のせいか、枕の温度が異常に高い。
変な想像をし、変に悶える。自分に恥ずかしくなりながらもそれ以外の答えを見つけることはできなかった。
「いや、いやー」
行き過ぎた考えだとはわかっていたが、もしこのまま二人、長い間時間を共にすることになるのであれば大学に行くという選択肢を捨て、国センに行くことがマストであろう。
顔とともに赤くなった腕を震わしながらスマホにもう一度手を伸ばす。
[国セン 指導者 就職 難易度]
少し前まではまごうことなき馬鹿であり、今になってようやくテストで赤点を気にする必要のないほどの学力になった。そんな自分に勧める仕事だ。さほど難しくないのだろうと考え、検索ボタンを押した。
過去同様、国センの情報はあまり上には出てこない。受験関係の広告じみたwebを飛ばし、ようやくそれらしいサイトを見つけた。どうやら資格を取る必要があるらしい。公務員のようなもの。その資格の取得難易度を見る。
ダッ
スマホを顔の上に落とした。鼻に大ダメージを与えたそれはベッドに落ちる。
ついさっき見た文字列を理解できないままにぼやいた。
「医師免許と、、、同等?」
しばらく天井を見上げる。視界に黒い点が出始めてからようやく顔をそむけた。
さっきまでの想像が泡のようにはじけた。このような資格を自分が取れるわけがない。ただ考えなしに彼女がこれを勧めてきたとも思えなかった。もう一度サイトに目を通す。どうやら専門の大学に行き、人並み以上の努力をすれば手に入れることができることもあるらしい。ただその大学も近畿地方の名門であり、入学する妄想すらできない程であった。
この大学を目指せというのであろうか。彼女は高校卒業後に国センに行くというのに。そもそもあの会話では高校卒業後にどこに行くのかというテーマで進んでいた。1ステップ飛ばして提案してくることがあるだろうか。
はたまた今からこの資格を取れというのか。
様々な考察を馬鹿なりに行う。
ただどんな道筋をたどっても彼女と離れ離れになる終わりにしかたどり着かなかった。
あの提案はジョークなのだと知ると同時に、彼女がそんなジョークをあの状況で言うわけがないと心が否定する。
色々な感情が行きかい、口を半開きにしていた時、スマホの通知音が鳴った。
桜雨からだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
夏祭り初日まで残り二日。
桜雨から再び夜の学校、その図書館で話そう、とメールが返ってきた。
夏休みとはいえ部活動はいつも以上に活発だ。この時間に待ち合わせをしたのもコンクール間近のピリピリとした吹奏楽部などと顔を合わせたくない気持ちがあったのだろう。勝手にそう予測しては大いに共感した。
スッスッ
20時近く。すっからかんになった教室の扉の横を行く。警備員にバレてもすぐに逃げられる体育館用シューズを履き、海は少し緊張していた。
前日、夜に会うことになってから不審者のことを何となく伝えた。
[最近不審者が学校周りにいるらしいから気を付けて。家まで迎えに行こうか?なんなら昼間でも全然いいよ!]と
[大丈夫。夜がいい。]
とのこと。
ここまでシンプルな文章も今どき見ない。一風変わっている点は彼女らしいが、彼女らしくはない文章であった。
不審者に襲われ、図書館についていないんじゃないか。迎えに行くと送ったがそれならもう話す場所は学校じゃなくていいのではないか。警備員と鉢合わせするのではないか。幽霊が当然現れたら。
緊張の理由はカオスだ。恐らく、理由による緊張ではなく、緊張による理由であるが。
騒がしい脳内会議はすぐさま止んだ。
「久しぶりだね。」
こちらに手を振ってくる桜雨。普段行わない動作によって、会議は止んだが緊張は加速した。
「う、うん。久しぶり」
ゆっくりと彼女とは机を挟んで対面の席へ向かう。図書館の真ん中。暑さをしのぐために開けられた窓の風、今回ばかりは彼女の髪の先端だけを揺らしていた。
「髪、結んでるんだね。めちゃくちゃ似合ってるよ」
「あぁ、ありがとう。」
照れ隠しをするように下を向き、ゆっくりと髪の毛をなぞる。
頬を少し赤らめ、月がそれを照らす景色は風景画としてその瞬間を切り抜きたいほどであった。
同級生とは思えない大人の魅力を感じる。
桜雨がこちらを見る前に急いで顔を振りいつもの表情に戻す。
「それで今日はー、、、いや、話したいことは山ほどあるな」
「本当に。」
また、話し始める。
前回はお互いの過去を遡っていたが今回は違うようだ。
趣味に旅行に好きな食べ物。今の自分について語り語らせ、その会話に終わりはないようだった。
その中にはこの前の国センへの誘いをなめらかに否定するものもあった。
「私が言った国センへの誘いだが。」
「あー!そうそう、めちゃくちゃ難しいんでしょ!医師免許と同等って出てきたよ!」
「あぁ、あれはね。まあ、冗談というやつだ。」
「よかったー!今からやっても50年はかかるよ」
それを聞いては彼女は口を押さえて少し笑う。それを見て海も。
空間は幸せそのものであった。
図書館に来てから2時間がたった。ここまで誰も見回りに来ないことを内心不思議がりながらも、口を開けばそのこと自体忘れていた。
「ね!そうなんだよ!、、、ん?」
窓の奥から見える薄っすらとした光。橋の奥、関東郊外には珍しい広い河川敷。
「、、、夏祭り。」
「、、、あ」
ともに窓の外を見つめる。頭を回し、必死に言葉を探しながらもう一度彼女に伝えた。
「夏祭り、、、一緒にどう?」
彼女からの回答が来るまで、とろッとした光を反射する瞳を見ていた。
ようやく瞬きをする。
「いいよ。行こう。」
微笑む桜雨。だが、ただの笑顔ではない。その奥に何かがある。
もう見慣れた表情。彼女はいつも何かを隠す。
「、、、やった」
静かに返答。
「祭りは、、、三日間だっけ。」
三日間。なんだかんだ前回の誘いの後、夏祭りについて調べていたのだろう。
内心喜ぶ。
「そう、三日間。それで最終日に大きな花火がある感じ。まあ、それ以外の日にもあるんだけどね、、、それでー、部活空いてる日が三日目の日しかなくて。その日でもいい?」
実際は三日間空いている。というよりかはそもそも夏まつり期間は昼にしか部活動がない。
それでもやはり気になる人と最終日に行くのがこの地域の全住民の憧れであった。
「、、、うん。いいよ。」
勝手に上がる口角。
「それならー待ち合わせ場所はー」
ハッっとする。ここに来てあの不審者のことを思い出した。いや、不審者ではないのかもしれないが。少なからず回覧板にはあの夜の人物らしき人の情報は載っていなかった。
彼女の知り合いである可能性がある以上、伝言は伝えるべきだった。
「桜雨さんの家でもいい?ほらーそのー変な人がいるらしいし」
なんなら家の場所も知りたいし、このセリフは何とか喉で押し殺した。
不思議そうに首を傾け、こちらの目を見てくる桜雨。その姿すら愛らしかった。
「、、、いいよ。今日、教える。不審者がいるなら、、、その方が安心できるからね。」
もう心臓が暴走寸前であった。もたない感情に自ずと顔がゆがむ。
今日、学校に来る際は不審者のことを気にしていなかったが、帰るときには一緒に来てほしいと望む桜雨。この夜で心境の変化は大きかったのであろう。
「う、うん。ありがとう、、、そういえばその変な人がさ、、、いや、何でもないや」
不審者とは言わないようにする。
桜雨はその様子、言葉使いを怪訝に思ったのか、質問を飛ばす。
「ん?その人と会ったのかい?。」
「あーえーっと、、、」
別に伝えればよいものをここまで隠してきたせいか変に後ろめたい。
桜雨の真剣なまなざしを受け、口にすることを決心した。
「そう、実は話しかけられてさ」
実に驚いた顔をする。数日前から自ら危険だと伝えていた不審者とコンタクトしていたのだ。驚くのも当然。
「大丈夫だったのかい?」
「うん。なんとか、、、それでさ、桜雨さんの知り合いだっていうんだ、その人」
さらに顔をゆがます。
「、、、私の知り合いの数だなんてたかが知れているよ。」
「黒いフードした高身長の男の人」
「男の知り合いだなんて、、、君くらいだ。」
やはり知り合いではない。それに安心すべきか、焦るべきか、今までの人生経験からでは編み出せなかった。
「それで、なんて?」
若干の冷や汗を額にかきつつ、あごに手を当て思い出す。
椅子の背もたれに背中が当たる寸前に思い出した。
「あ!上層部!、、、上層部が何たらって!」
ガタンッ!!
桜雨の椅子が倒れる。
しばらくの沈黙。大きな音に驚いた拍子にとったポーズで固まる。
桜雨は下を、机をじっと見ていた。
手を震わせながら。
「、、、だ、大丈」
「どこの?。」
「え?」
「どこの上層部?何の組織?。」
「いや、上層部とだけ、、、」
「、、、。」
「、、、大丈夫?桜雨さ」
「帰ろう。」
「、、、え?」
「急いで。」
手を持たれ、下の階まで引っ張られていく。
桜雨に聞きたいことは多くあったが、声を出せば教師にバレる。
なんとか門を出た頃、息を上げながらようやく口を開けた。
「桜雨さん!どうしたの!?」
「海君。一人で帰れるかい?。」
「え?!いや、その調子だと不審者を知ってるって」
彼女の焦り様、すでに彼に襲われた経験がある、そういった類であった。
「大丈夫だ。君も私も、家までの道には誰もいない。」
「えぇ!?なんでそんなこと!」
「でもそれも今の話。」
そっと彼女の指が頬をなで、走った表紙に崩れた前髪を上げる。
焦りを宥めるように。
「帰れるね。」
「え、、、うん」
頬から手を離し、そのまま左肩を優しく押される。
そのまま少し帰路の方を見たがすぐに振り返る。あまりにも心配だからだ。
「やっぱり一緒に帰った方が!、、、って」
周りを見渡す。
「、、、いない」
ついさっき、彼女の言葉を思い出す。
行き場のなくなった左手を後頭部に回しては、少し泣きそうにつぶやいた。
「何が、、、なんだか」




