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~蒸し暑い、校舎の中で~

目の前には数々の廃墟となったビルが並ぶ。


「この景色、、、見たことある」


太陽の日が斜めから激しく照らす。床はゴツゴツと荒く崩れ、不安定な足場。いくつか水たまりが見え、じめじめと蒸発した水分が体を囲む。夏の日、雨が降った後のような暑さであった。


ビルは倒壊しているものもあれば、ただそこにたたずむものもあった。窓ガラスや電光掲示板など、壊れるであろう物は、みな綺麗に壊れ、かろうじてくっ付いているかそこからなくなっていた。

都会が崩れたのではなく、崩れた都会が作られた。そんな感覚だ。


既視感とともに、記憶が思い出される。暗い教室の端。同じような夏の日だった。それでも向こうのほうがずっと涼しい。同じ夏の日とは思えないが、不思議と思いだされる。


その先にあるものはもう十分に推測することができた。


「、、、行くしかない」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

同時刻。ツキをリオンのもとへ飛ばした後、ミルはラボの周りに広がる花畑にいた。


「なにー?私に用って。運命の人が来たから告白の練習させてー、とか?」


領域内に多数の人々が侵入してきたというのに、音葉はいつも通りミルを茶化していた。


「時間がない。領域がいつまでもつか、、、わかってるだろう?君も行くんだ。」


音葉は領域との繋がりが強すぎる”特殊な結晶体”。ミルの領域が持たないとなると彼女ももう、あとはなかった。

柔らかい風が花と白い服をなびかせる。その声はどこか空白感を感じさせた。

それを聞いた音葉は先ほどのまでの笑顔を少し抑え、花の隙間を縫ってしゃがみ込む。


「心配いらないって、、、どこまで計算通りだったのさ」


ミルはポケットに手を入れ、彼女に背を向けたまま答えた。


「リオンに朱莉。ここまで計算通りに進むとはね。」


海と出会って間もない頃。その時から彼女たちが彼についてくることを察していた。必要な者には必要な者が現れるものだ。


「、、、なんで私よりも早くあの子たちの名前を呼ぶのさ、、、」


その顔にはもう笑顔は存在していなかった。踏まれ、倒れそうになっている惨めな花を指で支えては胸が痛むような声でそう口にする。


「人を大切に思うことに、恐怖してしまう。いつか、、、失うから。たとえ相手が長生きでも、、、神器みたく、、、彼らみたく、どこかで別れることになる。ましてや人間なんて。だから、、、名前で呼ぶのが怖かった。友を。」


支えている指を話すと、すとんと地面に倒れこむ。花弁がふと一枚、地面へと。


「そうやって考えられるってことはさ、ミルも人間なんだね。私も、、、そうなのかな」


太陽が差し込んでいるのにもかかわらず、背中から暖かい夜の風を感じる。


「、、、。」


「東日本に引っ越すことになって、、、何も伝えられなくて、、、それで、、、あんなことになって。でも、ミルに拾われてからは楽しかった。たった三人しかいないけどさ。いろんなこと知れて、エネルギーでも遊んで、、、友達のことも分かって、、、感謝してる。とっっっても感謝してる!」


声のトーンも表情も、元に戻った。いや、戻らせたあるいは作ったというのが正しいであろう。

別れを間近に、今まで隠していた感情があふれ出す。人であった二人の。


「私も、、、君に助けられた。今まで恐怖で立ちすくんでいた体を君が押してくれたんだ。そのおかげで今がある。」


「名前で呼んでよ」


小さな声が背中から聞こえる。


振り返る。




「ありがとう。音葉。」




その瞬間、音葉が抱きしめる。泣いているようだ。ミルもそれを受け入れ、ゆっくりと片手で彼女の背中をなでる。


「ありがとう!本当にありがとう!!」


号泣しながらも必死にミルにしがみつき、何とか思いを伝える。ミルも、どこか少し心が動かされた。


「ミルのおかげでいろんな思い出が出来て、、、私、、、生きててよかった」


背中をなでる手が止まる。生きててよかった、当たり前の言葉だ。ただ、そんな言葉がずっさりと刺さる。


真反対のことを考え、今まで生きてきたのにもかかわらず。


今度は頭をなでる。ゆっくりと、ゆっくりと。


「私こそ、、、ずっと踏み出せなかった一歩を踏み出せた。恐怖に束縛されていた心をほどいてくれた。今だから言える。ツキも音葉も、、、大切な人だ。失いたくない。」


撫でるのを止めてはゆっくりと彼女から離れ、後ろに下がる。


「だからこそ、友からもらったこの覚悟は、、、忘れない。ここでお別れだ。心を、、、思い出を、、、ありがとう。」


ミルの顔はどこか勇気づいていた。音葉も、泣くのを必死にこらえ口角を上げた。

今まで口にすることが叶わなかった言葉。


「これでお別れだ、、、今まで、本当にありがとう。音葉。」


音葉は必死にこらえていた涙を花畑へと落とした。いつもの癖、手を後ろに回し少し体を傾ける。そして、満面の笑み。


「うん!、、、またね!」


そう言ってはミルの横を通り過ぎる。


もう会えない。例えそうであるとしても、ミルはもう振り返ろうとは思わなかった。これが人ならざるものが人ならざるものに与えた人間性であったから。何百年と生き、そのうちのほんのひと時だけを共に過ごした親友の最後のプレゼントであったから。ただ、前を見た。いろいろな記憶がふと蘇る。ツキによって伝えられた無色の花が彼女によって彩られた。そんな花々がより一層彩られていく。暖かい風が花を、彼女たちを包む。


ミルは必死に涙を我慢した。


足音が遠ざかり、いつしか聞こえなくなった。

そうしては、ゆっくりと身をかがめ、音葉が支えていた花をもう一度指で立たせる。


「、、、綺麗だ。」


ふとよぎる。ずっと同じ場所、淡々と繰り返される会話。たまに帰ってきては彼女たちがどのような話をして、どのように遊んでいたのかを聞く。ただ、何年間も。

退屈で窮屈な日常。そんなものが一枚一枚と脳裏に浮かんでは消えていく。数百年生きた中のそんな数ページ。大したものではない、はずだった。支える指は震え、こらえていた涙が片頬を伝った。


「なんで、、、なんで綺麗なんだ。」


様々な思い出がその花を彩る。音葉やツキはもちろん数多の人たちとの思い出が。花には裏がない。

ただ咲いているだけ。もちろん感情なんてものはなく、例えそれらがあったとしてもそれは人間のエゴによるもの。

そうだ。そうであるはずだった。

そうであるはずが、変わってしまった。


「もう会えないだけなのに、、、後は、、、”死ぬだけ”なのに。」


下を向いては、テスト前日の夜を思い出した。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ただ歩いた。廃れたビルを横目に燦々と照らされ。

そして記憶の端にあった景色とそれらを重ね合わせる。


「こんなビル、、、ただの作りものだ」


ただ歩いた。時に現れる都会とは少しずれている団地のような造りをした廃墟を横目に。

そして考えた、この先どう転んでもミルと”殺す”か”殺される”かの戦いが待っていることに。


「まぐれだ、、、人も住んでいなければ、過去なんてない」


ただ歩いた。もしかしすると彼女が、ミルであるかもしれないという想像をしながら。


そして、足を止め、呟いた。


「なのになんで、、、なんでこんなに綺麗なのさ」


はるか昔の記憶に心を埋め尽くされたのか。はたまた、突如”消えた”彼女のことを思い出したのか。カイリの脳が何に支配されたのか自分自身でもわからなかったが、ふと涙が出てきた。


「こんなことになるなら、、、」


上を向いては、テスト前日の夜を思い出した。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「あんなこと、、、。」

次に、テスト後の夏の日を思い出す。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「あんなこと、、、」

次に、夜の図書館を思い出す。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「聞かなければよかった。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「言わなければよかった」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


テスト後、夏休みに入った高校。部活は頻繁に行われ、それら活動が終わるころにはもうすっかり夜になっていた。

二階建ての小さなボロアパートのような建物、数多の部室がそこに敷き詰められている。

そこの二階端、サッカー部の部室だけ最後まで光がついていた。


だいぶ熱くなった影響か、室内は汗臭くなっており、カイリ一行は通路に出てはスプレーをふかしながら会話をしていた。


「あっついのになんでこんなに練習させるかねー。あ、スプレーかして」


顧問が聞けば激怒しそうなことを言いつつ、田埜にスプレーをねだる海。


「またかよ!どんだけすんだ。それにお前が愚痴こぼすなよ。より悲惨なやつらが二人いるんだから」


「そうだぞ!こっちは赤点で追加補修プラス追加練習だ!!」


「ついに海もそっち側か~。悲しくなるな~」


「んだお前らまた赤点取ったのか?勉強教えてやろうか?」


元気いっぱいの巳毘に手すりに干される夏蛾。そんな二人を帰りの支度をしつつバカにする先輩。


「いや先輩だって追加補修でしょ。大学いけんすか?」


先輩が田埜にそんなツッコミを入れられては、バカげた歩き方で逃げるように帰っていった。

よっぽど田埜のツッコミがいいところに当たったらしい。


「、、、サッカー部はバカしか入れんのか?あ、そんで空いてる日どうする?追加練習と補修あると言えど休日くらいはあるだろ」


田埜はささやくように本音を漏らしては、学生らしい話題を持ってきた。


「あ~、旅行行きたいな~。温泉~」


「遊園地だ!遊園地!!」


「東北かネオ付近行かねーとなー。海は?」


「ん?あー、どうだろ。温泉いいんじゃない?」


「、、、」

「、、、」

「、、、」


「いいんじゃない?じゃねえだろ!!」


手すりにもたれかかる海に肩パンをし、喝を入れる田埜。


「桜雨さんは!?休みもそんな多くないだろ!?まずはそっちの予定を入れろよ!」


「んー、、、入れたいんだけどねー」


もう桜雨との関係は否定しないようだ。肩パンされた右手をさすりながらあごに手を当てる。


「なに~、どうしたの~?」


「連絡先ないんだよね」


「「「連絡先ないんだよね!!??」」」


「おい!海!マジかよ!!」

「お前何日も一緒に勉強してたよな、夜まで!!」

「海って童貞だったけ~」


「LINEもメアドも知らないのか?」

「知らない」

「ヘタレが!」

「ヘタレ~」


「家は?」

「知らない」

「終わったー!!!」

「陰キャ~」


手すりにもたれかかるように振り向き、腕を組む。流石に自分でもまずいと感じ始めたのか。


「会えないのはー、、、確かに悲しいな」


「海。お前。この機会逃したらただじゃ置かないぞ」


カイリ同様手すりにもたれかかる田埜は明らかに怒りをあらわにしていた。それを大げさだと言わんばかりに微笑し受け流す海。


「いやそんな」


「お前は集中した時静かになる。顔も変わる。ただそうなることは極端に少ない。ましてや恋愛なんて。小学校も中学も高1も、なーなーでやってきただろう?でも今回は違う!俺らに恥じらいなんて持つな!」


田埜による必死の主張。海の背中をバンバンと叩く。さすがに海も口角を下げ、真剣に考え始めた。


「別に恥ずかしいだなんて。知らないものは」


「小学校からの幼馴染同士、青春するのはいいんだけどさ~。もう時間なくなっちゃうよ~?」


「教室にずっといたんだろ!!ならワンチャン今もいるだろ!!」


部室から外に持ち出した椅子に座る夏蛾と仁王立ちする巳毘。

冷やかしつつもやはり友の恋愛。応援したい気持ちもあるのだろう。


「いやでも夏休みだって。わざわざ学校に来ないでしょ」


「じゃあ、部活もないのに学校にいる意味なんだったんだよ。テスト勉強も家でやればいい。こういっちゃなんだけど家に帰りにくいとかあるんじゃね?そう考えれば学校に居てもおかしくない」


「うーん、、、」


「僕がその状況だったら違う理由で学校に来るけどな~。例えば~ある人に会いたいからとか~」


「いやそんなこと」


若干冷やかしの姿勢が残る夏蛾。やはり恥ずかしいのか海はわずかにその可能性を否定するが、今までの記憶がふと蘇り、心のどこかでそうであってほしいと思っていた。


「早く探しに行けバカ。学校の最終下校時間までそんな時間ねえぞ」

「教室閉鎖してるおかげで何となくいる場所も見当つくしね~」


田埜は海の背中をぐっと押し、部室から降りる階段の方へ方向を変えさせる。ふと振り返ると、巳毘は途中から話に飽きて筋トレを、夏蛾は手を振り、田埜は手を組んでいた。


「どこにもいなかったら俺にLINEしろ!わかったら早く行け!」


海は最後の抵抗か少しため息をつく、淡い希望を込めて。

田埜はそうして降りていく海の姿を見て同様にため息を吐いた。こちらは大きかった。


「はあ、あいつ大丈夫かよ」


依然椅子に座っている夏蛾は田埜を見上げふと聞く。


「なんで海の恋愛にそんな本気なのさ~」

「別にあいつの恋愛に首ツッコミたいわけじゃねーよ」


「適当に生きてるあいつ見ると少しイラっとするだけだ。本当はもっとできんのに。あいつ、高校も俺が勧めたからって理由でここ選んだんだ。多分もっと勉強できる。なんならサッカーも、俺よりうめーよ。だからこそ、あいつの真剣をやめさせたくないんだよ。本気で生きてほしい」


「仲いいね」

「適当に選ばれただけなのにな」

「友達ってそんなもんでしょ」

「、、、かもな」

「飯行こうぜ!!飯!!」

「はあー」

「はあ~」


「行くか」

「行こうか~」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「はあー、もう校舎しまっちゃうよ」

長く、暗い廊下を練習終わりに出せる彼なりのハイペースで走る。

教室もすべて鍵が閉まっており、部室から見た校舎はもう職員室しか光が付いていなかった。

校内をほとんど歩きつくし、諦めかけていた最上階、一番端。


最後の部屋である図書館、寒さ対策で二つ設置されているうちの一つ目の扉を開ける。


「ん?」


図書館の奥にはわずかに光が。

夜の学校だ。若干の恐怖を身にまといつつ、誰かが消し忘れていた電気を消すだけだと意を決し、そっと二つ目の扉を開けた。


「あ、、、」


そこには荷物を持ち、今にも帰ろうとしている桜雨の姿が。


「、、、君か。部活終わりかい?」


扉の横で呆然と立ち尽くす海。まさか居るとは思っておらず、脳が混乱する中、慌てて返答する。


「あ、、、え、あ、、、うん」


「そうかい。お疲れ様。」


冷房なんて止められているこの部屋。空いた窓から流れる風に、ふとなびく彼女の髪。心が惹かれる。

顔を赤くしたまま、結局何も考えることが出来ず、次の言葉を発してしまった。


「あ、、、そのー、、、話さない?」


おかしな提案だ。


「この時間から?校舎はもう閉まるよ?」



「あ、、、その、、、、、、、」



「、、、。」



「、、、」



「ごめん。帰るよね」

「紅茶一本。」


「、、、え?」


「ここからは校則違反だ。そんな遊びに乗るのなら、感謝のしるしぐらいは貰わないと。」


ただ、あっけにとられた。思いもよらぬ回答にだんだんと心臓が鼓動を帯びていく。部活動を入れたとしても、ここまで心臓が暴れているのは今までないかもしれない。

どんどんと口角が上がり、ようやくドアから手を離して、言った。



「もちろん」

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