記憶のせんじょう
太陽が隠れた時間、上着を右手にはためかせる朱莉の前には巨体が。
その容姿は世間一般に見るオークに近いものである。緑の体に一つの目、鋭い牙に大きなこん棒。そして大きさは優に数メートルは超えていた。
結晶体。
そいつは動かない朱莉に対し、大きくこん棒を振り上げようとしている。
上着が右手でひらひらと舞い、手を離すとそれは風に飛ばされ飛んで行った。
服が飛ばされるほどの風が領域内に吹いているわけではない。朱莉を中心に、結晶体を含む一定範囲が大きくなびいていた。風の発生源、それは右手にあった。
黒光りする腕輪のようなもの。リオンと同様、国センから持ち出しを特別に許可された武具。隠し持っていたそれは朱莉が顔を上げるとともにガチャガチャと変形を始め、右腕をあっという間に飲み込んだ。指先は尖り、手の甲には複雑な機構が、肘まで伸びるそれはあまりに大きすぎるようにも感じさせる。それは、武具というものがエネルギーを流すことにより自ずとそれを飲み込み、展開される構造が主流であるためである。
エネルギーの放出操作とそれに伴う風の操作を可能にする賜物、穿武。
朱莉は昔から武具の使用を嫌い、扱おうともしてこなかった。その理由が顕著に表れる。微細なエネルギー調整が苦手であり、一度流すとそれはもう本人には手の付けようがなかった。また、リオンのようなシンプルな武具も相性が悪く、試合では武具の使用によって結界が弱体化されるのも理由の一つだ。もちろん故人への思いもあり、朱莉にとってこれらの類は縁もゆかりもないものであったのだ。
そんなものを今は惜しまず使っている。そこには高ぶった感情としっかりとした考えがあった。
「、、、居座りすぎたからなー、ここに」
朱莉の右手には段々と赤色のエネルギーが渦巻き始めた。
「アタマ ヲ パッカーン パッパカパーン!」
ゆっくりと持ち上げられるこん棒。
頭の上に届いた瞬間それは一気に振り落とされた。
「タノシイナー!!」
「清算するぜ、今ここで」
ガンッ!
鉄と鉄がぶつかり合う音が鳴り響く。どちらもエネルギーの塊でできているがその音がそれらの頑丈さを確信させた。
地面に足がめり込む。しかし、その右手はしっかりとこん棒を受け止め、その爪は中へと入りこんでいた。
「オ オオ!カタイ、、、ナンデ ツブレナイ!!」
不気味な笑みを結晶体に見せつける朱莉。
「ようやく全部吹っ切れた」
こん棒に赤いエネルギーが網目状に流れ込む。
「過去やら未来やら色々と考えてきたが、、、要はこの先に全部あるんだろ?」
それはミシミシと音を鳴らしつつ結晶体の腕へと。
「おんなじ結晶体でも全然ちげぇ、、、オレは信じるぜ」
赤光が頭へと到達した。
「まずはミルと御対面だな。それじゃ」
パリパリッ
「お先」
バリンッ!
砕け散った。
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目を開けたころには朝になっていた。倒れたビルの上を歩くリオンとツキ。普段見慣れない景色を背景にリオンは聞きたいことを質問し続けた。
「ねえねえ、ツキ~?」
振り返って顔を傾ける。
「はい、なんでしょう。」
「ミルとはどんな関係なの?」
「関係、、、ですか。」
答えに頭を悩ませる。しばらく考えたのち出たのは単純な答えだった。
「恩人?ですかね。」
「おっとっと。恩人?助けてもらったの?」
細い鉄の道、両手を伸ばしながらバランスをとるリオン。そんな危険な道をツキはステップを踏むように進み、先でリオンの安否を確認しながら答える。
「はい、ずっと昔にですが。行き場のない私を拾ってくださったのです。」
リオンは思い出したかのように急いで顔を上げたが、その勢いで危うく落ちかけた。
「あっぶな!ふ~、セ~フ、、、そっか、ツキって付き人だから結構な年数生きてるのか。行き場のないって、、、なんかあったの?」
細い鉄柱の最後をピョンと飛び、ツキと並ぶリオン。過去について聞いているだけだが、この答えもかなり頭を悩ませていた。
「あ、もしかしてだいぶ踏み込んだ質問しちゃった?ごめんね?」
申し訳なさそうにそう聞くと全力で首を横に振り、否定するツキ。
「いえいえ!リオン様は何も悪くございません。ただ、思い出せないのです。昔の記憶ということもありますが、ミル様と出会った際に、私のトラウマを排除してくださった影響が出ているのだと思います。」
結晶人に記憶の改ざん。ここからミルがツキを利用するために記憶をすべて書き換えている可能性すら考えられたが、それをツキに伝えることはあまりに酷なことであり、そんなことをするメリットも思いつかなかったため、リオンはその可能性をそっと胸の中にしまっておいた。
そんなことを考えて歩いているうち、一つの踏切へと至った。大都会にあるとは思えないもの、今ではすべてが風化し、ぽたぽたと水が滴っている。電車が通る可能性すら感じられない。はっきりとこの空間がミルの想像によって作られた場所だと分かった。
リオンは急ぎ足で歩き、棒を上に持ち上げる。その下を感謝の意と安全性の面から、頭を下げつつ通るツキ。電車のレールを渡ったのち、リオンが反対方向の棒を上げたその瞬間、息をのんだ。
今までの鉄とコンクリートが入り混じった空気とは一変。花と草、森に土、建物に遮られない風がどっと流れ込んでくる。そこはまさに昔の風景。森と田舎、自然。
朱莉とカイリがすでに進んだ景色の延長線上にも思える。
始めてみるその景色に唖然としつつも、ツキが踏切を渡り切るのを確認し、棒を下す。顔を上げたツキの表情は少し物寂しさを感じさせた。
しばらく並んで、動き出さない二人。
川をつなぐ簡素な橋へ向かおうとするリオンを止めたのはツキの思わぬ一言であった。
「この景色、、、見たことがあります。」
振り返ったリオンが瞬時に察した。
この空間はミルの思い付きで作られたものではないと。
意味がある。




