始まりの季節
「、、母、さ、、、お母さ、、、、お母さん!」
燃える家。泣き叫ぶ子。血に染まる人。
すべてがたった一夜にして壊れた。
(大丈夫、、、大丈夫。あなたは私が守るから。絶対に、、、、、)
(絶対に、、、)
「許さない」
この”絶望”は私が終わらせる
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「ハア、、ハア、、」
桜がふり落ちる季節。
少年は呼吸を荒くしつつ門を目指す。
「ハア、、ハア、、ハアーーー」
深く呼吸をし、顔をゆっくりと上げた。
「、、、ここが僕の夢見た場所」
(これは僕の、僕らの、、、希望の物語だ)
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一つの施設とは思えないほど大きな運動場を急ぎ足で渡り、ようやくメインホールへとたどり着く。
ここは東海地方に位置する、能力者・非能力者育成施設、西日本国際教育センター
(ひろっ!びっくりするくらいキレイ!、、、って急がなくちゃ)
まん丸な目で幼い顔をした少年、カイリは焦るように足を動かし、観戦用入口 の文字が書かれたゲートにたどり着く。
「これ、お願いします!」
勢いを消さぬために、足をじたばたさせ証明書を窓口の従業員に渡す。
「柊 カイリ? また指導者志望の子? ま、いいや がんばりな」
少し嫌味交じりで言われたが、そんなこと気にする時間はなかった。
「ありがとうございます!」
頭を下げ、急いで施設の奥へ向かう。
(試合まであと5分しかない!急がなくちゃ!)
明るく広いメインルームを抜け、暗く長い廊下に入る。無限かと思えるほどの通路を走り、徐々に歓声が身を包み始める。一直線の廊下の先に光が見えた。
(あそこだ!!)
今までの人生で一番のダッシュをする。
大きくなり始める歓声。ようやく視界が開き始め、想像を絶する空間がカイリを包み込んだ。
息をのむ。
(ここがスタジアム、、、すごい、、、)
あたりを見渡すカイリ。
中央にたたずむドーム状の”結界領域”に包まれたステージを、多くの観客が取り囲む。カイリの言葉を失わせるには十分な熱量だ。
大量の観客による大きな歓声はカイリを期待の絶頂へと連れて行く。
遅れて到着したカイリ、試合までの時間はそう長くはなかった。不愛想な機械音声アナウンスが大歓声を一瞬にして黙らせる。
「選手が入場します。東、藤原 蛍。西、瀬良 遊里。」
西側選手の名前が呼ばれた瞬間、先ほどまでの沈黙とは打って変わって、耳をつんざくような大歓声が沸いた。
(びっくりした!すごいな遊里さんは!)
パーマをかけクールな顔つきをしていた彼は誰が見ても明確にイケメンであり、観客全員を魅了していた。
このスポンサーカップはまさに彼のために準備されたようなものであった。
カイリもほかの観客と同じように期待を胸に、目をかがやかせる。
大衆は、総じて彼だけに目線を集めた。それもそのはず、遊里は能力者が数多くいる西日本の中で、現学生の中では4人しかその称号を認められていない"High West"の一人なのだ。
簡単に言えば“最強”
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(だ、大丈夫!私ならやれる!なにがハイウェストだ!今まで遊里さんの動きはたくさん見てきたんだ。大丈夫、、、大丈夫、、、)
震える手を鼓舞することで止めようとする蛍。槍をぎゅっと握りしめた。
一方、遊里はウォーミングアップをしている。
二人が身を守るための”結界”に包まれていく。結界領域の表面には5秒のカウントダウンが現れた。
5 4 3 2 1,,,Fight パリンッ
沈黙の中、青い直線の閃光が走る。蛍が気づくころには彼女自身の結界は割れていた。
勝敗はもうついていたのだ。
あっけにとられた蛍はしばらくしてから床にペタンと崩れ落ち、結界領域に“勝者 遊里”と表示された瞬間、観客は再び大歓声を上げた。
(はっっっっや!!何この人!?)
蛍が顔を引きつらせながら遊里を見る。少し笑顔を出した遊里は座り込む蛍へと手を差し伸べた。
大きな歓声がもう一度。
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西側の選手控え室に急ぐカイリ。
(ハア、、ハア、、人多!。これじゃ遊里さん見れないかも、、、)
多くの女子生徒が薄暗い廊下に集まっていた。
戦いを終えた遊里が廊下に入ってきた途端、
「キャー!!遊里さーーん!!こっちみてーー!!」「本物よ!本物ー!!」
ファンたちがこの機会を逃すまいと声を荒げていた。
(すごいな、、、僕もファンだったけど東日本とは熱意が違うや、、、)
遊里は暗い通路を早々と歩き、姿を消していく。カイリは半ば遊里の姿を見るのをあきらめつつ、立ち止まっていた。すると突然、
「はいはい、どくどく~邪魔になってるでしょー」
後ろから大人びた女性の声が聞こえ大衆の中をカイリの背中を押しながら進んでいった。
大衆にもまれつつ進み、二人はようやく抜け出すことができた。通路の奥には“彼”の姿が。
「それじゃ、また今度、楽しんでね♪」
大人びた声の女性はそう言って選手用控え室へと去っていく。カイリは髪の長いその女性に感謝をしようとしたが、それは叶わず目の前の現実に動けずにいた。
(感謝しないといけないけど、、、遊里さんが、、この奥に、、、急がなくちゃ!)
「何あの男~」「勝手に関係者通路に入るなよー!」
後ろから大衆の批判のような声が鳴り響いていたが、カイリには届かなかった。
(緊張で足が動かない!ここで話せないと多分一生出会えないのに!)
そう考えたカイリは足を震わせながらも暗い通路を進んでいった。
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遊里のもとへ急ぐカイリ。
(ここにきて走ってばっかだな、、、)
疲れながらも遊里のもとへたどり着く。彼は控え室に入る直前だったらしい。きょとんとこちらを見ていた。
「は、初めまして!!ひ、柊 海と申します!!あ、あのーずっと遊里さんのファンでしてー、、、と、とにかく!さっきの戦いすごかったです!」
遊里は目をパチクリし、いまだに不思議そうにカイリの顔を見ていた。
カイリは一呼吸置き、話を進めた。
「実は指導員っていうかマネージャーを目指しててー、みんなが楽しく学べるような、、そ、そうだ!こんな感じでいろんな選手の研究をしてるんです!」
見るからに使い古したノートをリュックから取り出し、遊里に見せた。しかし、神のいたずらか、開いたページは遊里の研究ページであった。
急いでカイリはページを変え、慌てて言った。
「と、とりあえずー、あのーそのー」
(あ、あれ?僕何が言いたかったんだっけ?)
「た、互いに頑張っていきましょ!」
遊里は最初から最後までキョトンとしたままで、最後にこくっと頷き控え室に入っていった。
絶望感が高揚感をようやく上回った。
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「こちらがカイリさんの指導部屋です。ご自由にお使いください」
和服を身にまとい、細目で長い髪をしたどこか見覚えのある女性に案内されたのは運動場の端にポツンと置かれた小屋だった。
「ありがとうございます!」
カイリは深く頭を下げ、そこに入る。女性は扉がしまるまで上品に手を振り、見送った。
バタンッ、扉が閉まったと同時にカイリはその場に深く座り込む。
(ハアー、、あこがれの人にわけわかんないこと言っちゃった、、しかも遊里さんの研究も見られた、、
何が互いに頑張りましょう!だ?!向こうの努力も知らないで!)
「終わったー、、」
部屋に充満するほどの大きなため息をついた。
(と、とりあえず!気を取り直して。クラブメンバーを見つけなくちゃ!期限はー、、)
この西日本国際教育センターには指導者制度があり、最初のクラブメンバーは一週間以内に見つけなければならない。その期間以内に勧誘できなければ、指導室の使用禁止、つまり指導者にはなれないということになる。ほとんどの選手が有名どころのクラブに参加しているため、名のない指導者にとって厳しいルールだが、そうでもしないと指導者であふれかえることになる。人気がある職業だが、狭き門でもあるのだ。
(期限は一週間、、全力で勧誘する!)
「よーし!頑張るぞ!」
時計の秒針が鳴り響く部屋で一人、拳を天井につき上げた。