容疑者②大臣
「今日は、大臣であられる侯爵からの事情聴取だ」
「えー! あのセクハラじじいと話するの?」
「お前は! 格上相手に!」
「ミシェルちゃん……セクハラってどういうこと?」
「きもい目で見てきた」
「その程度なら許して差し上げなさい。我が国の重鎮なのだから」
「はぁい。お母様」
お父様が怖い顔で後ろに腕を組みながら、いつものように大声で言った。
「いいか。お父様との約束だ。復唱!」
「決められたセリフ以外、話さない!」
「決められたセリフ以外、話さない!」
「振る舞いはお淑やかに!」
「振る舞いはお淑やかに!」
「微笑みを絶やさない!」
「微笑みを絶やさない!」
「お願いだから、大臣をセクハラじじいと呼ぶな」
「セクハラじじいから身を守る!」
うん、それは確かにそうだな、と、困った顔でお父様は頷き、お母様は真顔で護身用の魔術具を差し出してきた。録画用魔術具は、王家からの貸し出しで事情聴取の間、常に起動している。
決められた台詞
「わたくし、スターナー伯爵家が長女、ミシェルと申しますわ」
「よろしくお願いいたします」
「また、両親に相談してお返事いたします」
「ありがとうございます」
「まぁ」(困った顔)
「申し訳ございませんが、わたくし……」(悲痛な顔)
「申し訳ございません」(真剣な顔)
「幼い頃から心に決めた方がおりますの」(愛しい人を思い浮かべる顔)
「光栄でございます」
「謹んでお受けいたします」
「お父様。お願いしますわ」
「あれ? この間は側妃様だったのに、今日は大臣に用事があるの? ミシェル嬢」
大臣の部屋に入ろうとしていると、王子サマがやってきた。
「相変わらず、今日も美しいね」
そんなセクハラ発言を微笑で受け流し、お父様を見る。
(礼を言え! 礼を!)
「ありがとうございます」
微笑みを浮かべて去っていく王子サマの後姿を見て、あたしはお父様に問いかける。
(ねぇ、お父様。わざわざ見に来る王子サマ、怪しくない?)
(容疑者にも入ってないんだぞ!? しかも自分の派閥の最大勢力の王妃派を弱めるようなこと、あの王子がすると思うか!?)
(だって、あたしの野性的な勘が……。あと、黒……)
(惚れたお前を見に来ただけだろう。部屋の前でこれだけ騒いだんだ。大臣への訪問は、ふいうちではなくなってしまったが、いくぞ)
お父様に促されて、大臣の部屋に入る。
「これはこれは、スターナー伯爵。伯爵とご息女が我々に事情聴取にくるという噂は本当だったんですねぇ」
「そ、それはその、王命でして、我々が侯爵を疑っているわけではなくてでごさいまして」
「ははは、少しからかっただけですよ。相変わらず、ご息女は美しいですねぇ」
上から下までなめるように見てくる大臣に仕方なくお礼を言う。
「ありがとうございます」
(……思ったよりもセクハラじじいだな)
(でしょ!? お父様、魔術具使っていい!?)
(あくまでもお前を見ただけの格上の相手に、攻撃効果のある魔術具を使っていいと思うか!? お父様が微力ながら守ってやるから……)
(お父様、まじ微力)
(お父様ぴえん)
「我が派閥は、王妃派と敵対する側妃派の最大派閥。疑われるのは、もちろんでしょう。しかし、真っ先に疑われる我々がそのような愚かな真似をするとお思いですか?」
「皆様に確認してくるようにと王命が降っているので、大変申し訳ないのですが……。よろしければ、お聞かせ願いたいのですが、事件当日どちらにいらっしゃいましたか?」
(お父様の小物感、やばみ)
(娘にそんなこと言われるお父様、つらみ)
「当日は、会場の前方におりました。多くの方と歓談していたので、確認を取ればいいかと」
そういうの指元にきらりと光る黒い指輪……あの石!
(お父様、あの指輪の石!!)
(お! 本当だ! さりげなく聞いてみるか)
「その指輪、大変お似合いですね。私もそのような素敵な指輪が欲しいのですが、どのように手に入れられたのですか?」
「ふん? これか、これはさるお方からいただいたのだ。伯爵ごときが手に入れられるだろうかね……。その王国一の美女である娘を使えば何でも手に入るだろうが」
「はは、愚娘は領地に引っ込ませる予定ですので」
(なんかついでのように褒められた気がする!?)
(物のように扱われていたけどな)
(お父様が言うな!)
(結局、側妃様も大臣もあるお方からもらったしか言わなかったな)
(側妃サマから見ても大臣から見ても高貴なお方ってことしかわからなかったね)