おうちに帰りましょ~
「たっだいま~。おい、お姉さまのお帰りだぞ!?」
屋敷に着いたあたしは、弟の部屋の前に一目散に駆けだした。
引きこもりのかわいいかわいい弟の部屋のドアを軽く蹴りながら、声をかけ続ける。
「お前、メイドチャンに惚れたんだろ!? 話、聞かせろや!」
「……ミシェルお嬢様。取り立てに来た金貸しのような言葉使いになっていらっしゃいます」
ムサルトに注意され、えー、と文句を垂れていると、慌てて走ってきたお父様とお母様がぜぇぜぇ言いながら、あたしに声をかける。……運動不足すぎね? あたしと一緒に森走り回る会でも開催しよっかな……。
「ミシェル!? ……、やめろ!」
「ミシェルちゃん! あの子はあなたが怖いの! やめてちょうだい!」
そんな両親の声を聞いて、あたしはいいことを思い出して、にやりと笑った。手招きしてメイドチャンを呼ぶ。耳元でこそこそとつぶやいて、あたしは声を上げる。
「あーあ、のど乾いちゃった。ムサルト、なんか飲みに行こ」
「もちろんでございます、ミシェルお嬢様」
ムサルトはなにも言わなくても、あたしの意思を理解して茶番に付き合ってくれた。そう言ったあたしたちは、部屋から死角になる位置に隠れた。もちろん、ドアが開いたら、弟を抑え込める位置取りだ。お父様とお母様も、弟から話を聞かないといけないと思っているようで、一緒に隠れてくれた。
「……先日は、ありがとうございました。私、この家でお世話になることになったので……ご挨拶をさせていただけますか?」
弟の部屋の前に一人となったメイドチャン。そう声をかけると、弟の部屋のドアがそーっと開いた。
「……この前の」
そう言った弟の姿に、あたしは魔術を展開する。扉は固定されてこれで閉めれない。さてと、と思うとあたしに微笑みかけたムサルトがいつの間にか弟の後ろの回って捕まえた。
「ムサルト!? 何やってるんだ! 放せ!」
「ミシェルお嬢様。弟君を確保いたしました。いかがなさいましょう?」
「ナイス~! あたし、弟の部屋のがさ入れしてくっから、そのまま捕まえてて!」
「承知いたしました」
「あ、おい、ムサルト! この、裏切り者! あの姉上を制御できるすごい人だと思っていたのに!」
「申し訳ございません。ふ、まだ、ミシェルお嬢様の魅力をわかっていなかった頃の私はなんと未熟だったのでしょうか。あなた様もミシェルお嬢様の魅力に魅了されてしまえば、幸せになれますよ」
「何を言ってるんだよ! 気持ち悪いな!」
ぎゃあぎゃあ騒いで暴れている弟を横目に、弟の部屋に侵入したあたしが部屋を漁る前に、あたしはお父様に捕まった。
「ぎゃ!?」
首根っこをつかまれて、部屋から引きずり出された。
「ミシェル。お前も令嬢なのだから、そんな真似、やめなさい。嫁の貰い手がなくなるぞ?」
お父様の言葉にキョトンとしたあたしは、ムサルトを見て聞いた。
「え、ムサルトは、こんなあたし嫌?」
「どんなミシェルお嬢様でも、私は共にいられるだけで幸福です」
「きもいよ! この間まで、顔だけ女って一緒に言ってたのに! 何飲まされたらそんな風になるんだよ」
騒ぐ弟を冷たい目で一瞥したムサルトが、あたしに微笑んで言った。
「ミシェルお嬢様。手っ取り早く信者にしてしまいましょう。さぁ、その麗しく神に愛された女神の笑みを浮かべて、弟君に……」
「しっかたないなぁ」
あたしがそう言って、弟に一歩一歩と近づく。そして、満面の笑みを浮かべて言った。
「あたしのかわいいかわいい子……いらっしゃい」
そう言って腕を広げると、一瞬固まった弟の頬が赤く染まった。いい兆候なんじゃね? そう思っていると、お父様に頭をぐりぐりされてあたしは回収された。
「ミシェル。いい加減にしなさい。今から大切な話を聞かなければならないだろう」
「痛い、いてーって言ってんぢゃん! お父様!」
あたしがそう言って暴れていると弟がぽつりと漏らした。
「あっぶね。本当、顔だけはいいんだよな」
弟はムサルトに拘束されたまま、サロンに連れていかれた。軽食を準備してもらって、あたしは満足げにむさぼりついた。
「まぢうめぇ!」
「見た目、所作と、この言動……本当に一致しないんだよな……こわい……」
ぶつぶつ言っている弟は一睨みすると黙った。まぢうめぇ。
「あ、そうだった。メイドチャン、おいで?」
「はい、お嬢様」
あたしが声をかけると急いで寄ってきたメイドチャン。その手を優しく引っ張って、そっと抱き留めた。
「あたしのために動いてくれてありがとうね?」
「も、もったいなきお言葉です!!」
メイドチャンの頭を撫でながら、弟を見る。呆然と見てる弟を見て、思わずにやーっと笑ってしまった。
「は、離せ! 穢れる!」
はっとして、気が付いた弟がそう声を上げたので、あたしはメイドチャンから手を離し、問いかける。
「あたしによしよしされるの、嫌?」
「もちろん有難いご褒美でございます」
息継ぎすることもなく、即答したメイドチャンを撫で直しながら、弟の方を見て言ってやった。
「だって?」




