ミシェル狂
「な……このわたくしを無視するとは、なにごとですの!?」
全員がド派手ドリルちゃんを無視した。そのせいで、ド派手ドリルちゃんが騒いでいる。やっぱ、放っておこう。
あたしの「あたし、ムサルトと結婚して、適度に弟を可愛がりながら、メイドチャンにお世話されてぇ、だらだら生きたいんだよねぇ」という発言に、赤頭が絶句した。しばらく固まったと思ったら、大きくため息を吐いて、言った。
「聖女様……聖女様は貴族のご令嬢でありながら、教育をしっかりと受けさせてもらえなかったんですね……。教会で保護いたしましょう!」
(え、あたし天才なんだけど!? なんでそうなってんの!?)
「……マルツォ! 先ほどまでの聖女様の美しい所作を見た上で、それは厳しいじゃろ。諦めろ。……すまなかった。聖女様のご意思を優先すると、再度誓わせてもらおう」
ひげ爺さんはそう言って、ちっこい子を近くに呼んだ。
「ただし、教会から、聖女様に何もつかせないわけには参りません。彼をご利用ください。ほれ、挨拶じゃ」
「は、はい! 聖女様。僕はヨハンと申します! よろしくお願いいたします!」
膝をつき、手を組んで頭に乗せる動作をした少年はさっきから、あたしの顔を見てむせていた奴だ。
(……もしかしてあんた、あたしの声聞こえてんの?)
「ふぇ、」
動揺して声を漏らした。しかし、慌ててその動揺がなかったように姿勢を戻す。完全に聞こえてるやつじゃん。
ちっこい子を見てあたしはにっこりと微笑み、ひげ爺さんに返事した。
「光栄でございます」
あたしの執事ムサルトは、完全に対抗意識を燃やしている。先住犬に子犬を紹介する気分だ。とりま、先住犬の機嫌をとるか。
(基本的にあたしの周りのお世話は、ムサルトに頼むから、よろ~)
あたしの方を見て、満面の笑みを向けたムサルトは、わんちゃん、尻尾が生えて見える。うける。
「ぐす、わたくしを無視するなんて、ひどいですわ」
あーあ、ド派手ドリルちゃんが泣き出しちゃった。無視して遊びすぎたみたい。反省反省。仕方ないから、かわいがっておくか。
「まぁ」(困った顔)
あたしはそう言って、ド派手ドリルちゃんに近づいた。
「な、なによ」
涙をぬぐうド派手ドリルちゃんの頭を優しく撫でて、優しい、聖女のように見えるような笑みをにこりと浮かべて、両腕を広げて言った。
「謹んでお受けいたします」
「え、あ、」
あたしの間近な笑顔に当てられて、顔を真っ赤にさせて口をはくはくしているド派手ドリルちゃんの腕を優しく引っ張って、あたしの胸元に引きずり込んだ。そして、優しく頭を撫でながら、抱き留めていると、ド派手ドリルちゃんは泣き止んだ。
(よかった。これで静かになった)
あたしがそう言って、周りを見渡すと、あたしの姿を見てなぜか祈りの姿勢を取っている教会の面々。ぶつぶつと呪詛のようなものをつぶやきながらなにか魔術を開発しているムサルト。頭を抱えたお父様とお母様。あたしの笑顔に当てられてボーっとしているひげ爺さん。え、きも。顔を赤らめて羨ましそうにこっちを見ているメイドチャン……とローズちゃん。ん? うらやましそうに……? メイドチャンとローズちゃんに手招きし、近づいてきた二人を、あたしはまとめて抱き留める。王子サマはなんとも言えない顔をしていた。
「ふぁ……」
口を開いたド派手ドリルちゃんが、あたしのほうを潤んだ瞳で見上げながら言った。
「お、お姉さま……」
「まぁ」(困った顔)
あたしが小首を傾げると、ド派手ドリルちゃんがあたしのことを見上げながら言った。
「お姉さまとお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「よろしくお願いいたします」
あたしが微笑んで受け止めると、ド派手ドリルちゃんの頭をもう一度撫でておいた。
「また、ミシェルお嬢様が女神の微笑みで信者を増やした……敵を減らすためには、この術式を」
ぶつぶつと何か言っているムサルトに、あたしは忠告する。
(ムサルト。信者同士仲良くやってよ? あんたは、あたしの筆頭信者なんでしょ? 他の信者の取りまとめもあんたの仕事じゃない?)
そう微笑めば、ムサルトは嬉しそうに、新規信者たちをあたしから引きはがし、こんこんと信者の心得を説き始めた。え、なんでみんなメモしてんの? キモイ。
(ムサルト。続きは家に帰ってからでいい?)
あたしがそう問うと、ムサルトはすごい勢いであたしのエスコート役を担いにきた。なぜかついてくる気まんまんのローズちゃん。信者の心得を学んだら、魔法の塔に帰るとか言っている。
(じゃ、スターナー伯爵家に帰ろっか)




