正体って……?
「貴方様は……」
ムサルトに向かってそう声をかけたと思ったら、聖教会の面々は膝をつき、手を組んで頭の上に置いた。
「やめろ。今はその立場ではない」
ムサルトが本気で嫌そうにそう言った。
(ムサルト……?)
あたしが不安な気持ちを押し殺してムサルトにそう声をかけると、ムサルトが悲しそうに笑った。
「……聖女様は、我が婚約者だ。聖教会ならびに聖教帝国に伝えよ。これで問題ないだろう」
ムサルトの父であるはずの執事長。いつも表情を変えることのない彼の顔も曇って見える。
お父様を見ても、混乱しているようだ。お母様は相も変わらず淑女の笑みを貼り付けている。
「し、しかし、殿下、」
「母は除籍されている。私は正式には皇族ではないはずだが?」
「……殿下の聖名は、聖教帝国の皇族一覧に載っておりまして」
「は? 母を除籍したにも関わらず、その息子の私が皇族として登録されているということか?」
「はい。今は聖教帝国の皇族の数が減っておりますので……」
ムサルトが心底めんどくさそうに舌打ちをした。それなのに、背中の後ろで隠すようにあたしの手を握るムサルトの手は、相変わらず優しい。
「聖女様を妻にお迎えになられるのでしたら、殿下も一緒に国に戻っていただければ、我々は殿下の施政を指示しますぞ」
嬉しそうにそう言うひげ爺さん。血筋的に問題なくても、それって争いの種にならない?
「聖女様は生まれ故郷である領地にて生活することを望んでいらっしゃる。私もそちらで共に一生を終える予定だ。行ったこともない国で暮らすつもりは一切ない」
ムサルトが言い放つと、ひげ爺さんが慌てたように説得にかかる。
「し、しかし、聖女様は聖教帝国で暮らし、皇族の妃になることは、慣例でして」
「慣例? そんなものよりも、聖女の意思を優先するようにという神託が帝国歴15年に降ろされていることはお忘れか? 世界が滅びかけた第二代聖女の変。あれを覚えていても、そう言えるのか?」
「……さすがは殿下。帝国の歴史にお詳しいようで」
企みが外れたと言わんばかりにあくどい顔をしたひげ爺さんが、ため息を一つ落とした。
「仕方ありません。教会は、聖女様のご意思を尊重し、従うと誓いましょう。ただ、聖女様の聖務であられる結界維持や人々への癒しは、必要に応じて聖教会に来ていただかないと、困りますぞ?」
あたしの意思を尊重してくれるというひげ爺さんに、あたしは礼を言う。教会の面々の中には、それは本当に聖女の意思なのかと騒いでいる者もいるが、あたしにできるのは決められた台詞の中から、状況にふさわしい言葉を選ぶだけだ。ムサルトの手を握ったまま、ムサルトの隣に立つ。ムサルトが何者であろうと、あたしはあんたが一番いい男だと思ってる。
「光栄でございます」
「謹んでお受けいたします」
「ミシェルお嬢様。聖教会にミシェルお嬢様が行くのではなく、来させる方法もありますよ?」
あたしが教会に行くことが嫌そうにムサルトは文句を言う。そんなムサルトにあたしは声をかける。
(ま、仕方なくね? ムサルトも一緒に行ってくれるんしょ? 旅行とか楽しそうでうぇーいぢゃん?)
「ご、ごほ、ごほ、」
教会集団の中で、一番後ろにいたちっさい少年があたしの方を見て目を丸くしたまま、思いっきり噴き出した。ひげ爺さんはひげを撫でながら何かを考えているようだ。
「……ミシェルお嬢様の御意のままに」
ムサルトがそう言うと、教会の面々が不思議そうな顔をして批判の声を上げた。
「聖女様の意思を、聖女様の口から聞いておりません! 聖女様、聖教会に来たいと思っていらっしゃいますよね?」
「申し訳ございませんが、わたくし……」(悲痛な顔)
「お父様。お願いしますわ」
詳しい説明なんてめんどいし、無理無理。お父様にぶん投げよーっと。
「こほん、ミシェルは我が領地で我が家の用意した屋敷でムサルト……殿下? と暮らすことを希望している」
「聖女様を放したくないからそう言っているだけではないのですか?」
お父様の説明に、文句を言っている。え、あたしに説明しろって? まぢめんど。
(ムサルト。まぢめんどい。説明しておいて)
「ごっほ、」
さっきから、あのちびっこがむせてんの気になるんだけど、とりま、放っておこ。
「……ミシェルお嬢様は、お嬢様の尊厳・家の名誉・皆様の命をお守りするため、家の外での言論が統制されております。ですから、」
ムサルトが困ったようにそう説明すると、ずっと文句の声を上げていた赤髪メガネのよくわからん教会の奴が、反論の声を上げた。……ムサルトってそっちの国の皇族なんでしょ? その言葉に被せて反論って不敬とかになるんぢゃねーの?
「言論の統制!? 虐待じゃないですか!」
虐待と言われたお父様があたふたしながら説明し始めた。
「いや、ミシェルは言動ががさつで、高位の方々へ不敬を働きかねないもので、」
「こんな美しくて愛らしく、清らかで神々しい聖女様が、がさつとは、それこそ不敬ではありませんか? それに、聖女様以上に高位の方など、我々の女神様以外に存在しません」
「いや、しかし、聖女とわかったのは最近でして、」
困った様子のお父様をみて、あたしは助け舟を出す。
「まぁ」(困った顔)
「ミシェ、」
慌てた様子のお父様があたしを制止しようと声をかけた。しかし、それよりも早く、あたしの困った顔を見て、赤頭がさらに声を大きくした。
「御覧ください! こんなにも美しい、神に愛された聖女様ですよ!?」
(ごめ、ミスった。お父様、めんごめんご~)
ちびっこは相変わらずあたしを見て目を丸くしている。
(ミシェル! お前はその美しい容姿を意識して、誤解が生じないように行動しろぉ!)
(ま、お父様、ふぁいてぃん!)
絶望した様子のお父様に、お母様がため息を吐いて声を上げた。
「仕方ありません。ミシェル、あなたはどうしたいか、あなたの言葉で教えて差し上げなさい」
(ま? いいの? やばみ)
「あたし、ムサルトと結婚して、適度に弟を可愛がりながら、メイドチャンにお世話されてぇ、だらだら生きたいんだよねぇ」
「な!? わたくしたちのことは放置ですの!?」
ド派手ドリルちゃんがなんか言ってらぁ。




