謁見までの待機時間
「とりあえず、ムサルトといったかな? 君の登城許可は、僕が出したことにしておこうか?」
相変わらずのキラキラ王子様スマイルを浮かべた王子サマに、警戒したような様子でムサルトがあたしを守るように後ろに隠す。
「はは、そんなに警戒しないで……。ただ、父上にお会いするとなると、君の格好は問題になるな」
隠密活動をするためだろうか。上から下まで黒装束のムサルトは、とても王サマに謁見の場に同席できる格好ではない。使用人控室に押し込むにしても、悪目立ちしてしまうだろう。
(お父様、ムサルトに貸せる服なんて持ってないよね?)
(持っているわけないだろう? それに、お父様の服をムサルトに貸したら、体型が違いすぎて、足がパツパツの胴体がぶかぶかになるだろう? ……自分で言ってて悲しくなってきた。ぐすん)
全体的に鍛えられているが、あたしの好みに合わせた細マッチョを実現しているムサルトにお父様の服を貸すと悲しい現象が起こってしまう。心配してムサルトを見ると、ムサルトが笑顔を浮かべて言った。
「ミシェルお嬢様。お任せください」
一瞬空中に飛び上がったと思ったムサルトが、黒い布にくるまれた。そう思って見ていると、着地したムサルトはいつの間にか黒っぽい服でまとめられた執事服へと着替えていた。
(ムサルト! すごい! かっこいいぢゃん!?)
あたしが感動して手を叩いていると、ムサルトはあたしに向かって膝をついた。
「お気に召していただきましたか?」
「……ムサルトの行動が人間離れしすぎてて、お父様はこわい」
「……さすが、スターナー伯爵家……だな?」
若干引いた表情を浮かべてそう言った王子サマは、そのまま眉間に手を当てて目を瞑った。混乱しているご様子だ。
「殿下。陛下が謁見を許すとのことです。ご準備はできていらっしゃいますか?」
「あぁ、今行くよ」
王子サマモードに切り替わった王子サマに、手を差し出された。思わずエスコートを受けそうになったところをムサルトがあたしを抱きかかえる。
「失礼いたしました、ミシェルお嬢様。旦那様の後ろにご案内いたしますね」
満面の笑みであたしをお父様の後ろに運んだムサルトは、割れやすい貴重品を下ろすかのようにそっとあたしを床におろした。
「ありがとうございます」
あたしの笑顔を受けてムサルトの鼻から少し血が垂れた。あたしと結婚して、ムサルトが失血死しないか、今から心配になる。何事もなかったかのようにムサルトは、鼻血を真っ白いハンカチで拭き取ってあたしの斜め後ろに控える。
「ミシェル嬢の婚約者殿は過保護だな」
「恐れ多くも殿下にエスコートしていただくなど……。殿下を慕う方々から、ミシェルお嬢様が嫉妬されてしまいますもので」
王子サマを褒めるふりしてきっぱりと断ったムサルトの頼もしさに、思わずムサルトの手を握ってしまう。あ、また鼻血……。
「……そんなに血を出していて、結婚後の生活が不安だな? 僕にしておいたらどうだ?」
そう言った王子サマにあたしは満面の笑みを向けることにした。
「私は血が多いので、平気です。……そうおっしゃる殿下も、ミシェルお嬢様と会話するだけで、ミシェルお嬢様の愛らしさに失血死なさらないようにお気を付けください」
ムサルトたちの戦いに頭を抱えたお父様。そんな殿方の様子を見て呆れた色を浮かべたお母様が問いかけた。
「皆様、陛下をお待たせしているのではなくて?」
ハッとした様子で切り替えた面々が謁見の間に出発した。最後まであたしをエスコートしようとしたムサルトには、あたしが“待て”を言いつけることで、使用人控室へとしぶしぶと入っていったのだった。……ちらちらとこっちを見ながらだけどね?




