上からこんにちは
「は?」
あたしにあんなにも口うるさいお父様が、あたし以上に不敬そうな態度を見せた。は? は、やばいっしょ。あたしでもちゃんと耐えたのに。
「う、産まれながらでしょうか?」
お母様がおずおずと手を上げて、問いかける。
「そんなわけないですよね。僕は、隣国から送り込まれたスパイのようなものですよ」
にこにこと笑みを浮かべた王子サマ……王子サマなのか? とりま、王子サマは優雅に足を組み替えた。
(王子サマ……じゃなかったってこと!?)
(お父様は、衛兵でも呼べばいい!?)
混乱しているあたしたちに、笑顔を向けた王子サマは、笑みを深めて答えた。
「ミシェル嬢の言う通り、僕はこの国の王子ではない。でも、隣国の末の王子……という立場ではあるかな?」
(末の王子……病弱で表に出ることが一切ないという……)
(病弱!? この王子サマが!?)
「この国の王子に瓜二つだったからね。病弱という設定でいろいろと仕込まれていたんだよ」
お父様が眉間のしわを深めて考える。あたしは隣国に興味ないから、特に覚えてない。お父様もお母様もこんなあたしを他国に出すつもりはなかったから、家庭教師にそこまでの教育を求めなかったんだよね。うちの国の情勢を知るための部分は、ま、多少は覚えているけど……。天才ミシェルちゃんは、教えられていたら覚えちゃうからさ?
「わ、我々にそのようなことを明かした理由は……」
(消すつもりなんじゃね?)
小刻みに震えるお父様の問いに、王子サマが答える前に、あたしがお父様の予想を口にする。
「……君たちはそろそろ答えにたどり着きそうだったからね。こちらも準備というものがあるんだよ」
笑顔を浮かべた王子サマは、ふっと視線を上げて、天井を見る。お父様とあたしが首を傾げると、天井の板が外れて、ムサルトが飛び降りてきた。その手には、黒装束を着た男たちが捕らえられている。
「ムサルト!」
お父様がムサルトをみて、喜びの声を上げる。ま、ムサルトがいたら、助かる気がするのはまぢ同意。
「お待たせいたしました。ミシェルお嬢様。こちら、天井裏のネズミたちを捕らえておきました」
あたしの手に口づけを落とす優雅さと、片手で捕らえた男たちを抑える有能さを兼ね備えた所作に、一瞬顔をひきつらせた王子サマが、拍手する。
「さすがスターナー伯爵家。我が国の影の中でも、最も優秀な二人だよ。他の者は潜入していないはずだから、これで我が国の目はなくなるかな?」
そう笑顔を浮かべた王子サマに、ムサルトが警戒したように殺気を放つ。
「僕は君たちと敵対するつもりはないよ? 聖獣信仰が深いからね」
そう言って、王子サマの視線はジュレちゃんに向かった。影の二人は、猿轡をされて手足も拘束されているが、何を言っているんだという表情を浮かべた。
「せ、聖獣様とは、な、なんのことでしょう?」
小物感を漂わせたお父様が、王子サマにごまかしを図る。
「我が国の王族には、契約でその姿が見えるようになっているんだよ。聖獣様がスターナー伯爵家をお選びになった。それなら、僕はそれに従うだけだ」
そう言って、相変わらず読めない笑みを浮かべた王子サマは、ジュレちゃんに声をかける。
「聖獣様。愚かな二人にそのお姿を見せてやってください」
⦅我……いいのか?⦆
(なにか意味があるかもだし、任せた!)
あたしの言葉を受けて、ジュレちゃんが姿を現した。影の二人は小さく悲鳴を上げ、呆然自失としている。
「我が国に未来はない。それならば、大人しくスターナー伯爵家の軍門に下るほかないよ」
笑顔でそう言った王子サマに、お父様が小声で言った。
「我が家はそんな武闘派の家ではないはずなのだが……」
我に返った影のうち一人の猿轡が外れ、小声でつぶやいた。
「せ、聖獣様を使役している……。我が国でも契約で依頼してやっと実現したのに……やべぇよ」
王子サマが影に近づき、猿轡をはめなおす。すると、ベルを鳴らして、外の護衛を呼んだ。
「曲者が混ざりこんでいたみたいでね。気づいたスターナー伯爵が部下を使って捕らえてくれたよ。手足の拘束や猿轡はそのまま、牢に放り込んでおいてくれるかな? できればもう少し拘束を強めて別の牢に。あぁ、使用許可をだすから、凶悪犯用の牢を使っていいよ」
「は! 殿下をお守りいただきありがとうございます」
慌てたようにそう言った護衛が影たちを受け取り、もう一人が緊急用の魔術具を使って兵を集めた。
ばたばたと部屋から出て行った姿を見送ったところで、王子サマがあたしたちに振り返って笑顔をみせた。
「そういえば、陛下に献上する香水は出来上がった? 僕の本物と話してみたいと思わない? 案内するよ」
ムサルトが胸元から小瓶を取り出すのを確認すると、王子サマは部屋の外で待機していたメイドに謁見許可を求め、すぐに謁見の準備を始めた。




