王子サマから聞き出そう
「……あのメイドは何か変なことを言っていなかったか? 妄想がひどくてね……」
困ったような表情を浮かべ、手で側近たちに退出を促す。呼ぶまで待機するようにと指示を出し、皆が頭を下げて出て行ったのを見計らって、お父様が返答した。
「殿下に寵を受けている、と言っておりました。我々が調べたところ、殿下が寵を与えていたのは、ピンク頭のメイドのようですね」
お父様の言葉に、王子サマが顔をしかめた。
「ミシェル嬢に聞かせたくない話だな。まぁ、僕も男ということだよね」
紳士的な笑顔で最低なことを言う王子サマを、道に落ちている馬のフンを見るような目で見そうになって、慌ててお父様があたしの視線をこちらに向ける。あ、スルメ……。
(やっべぇ。お父様の胸元からスルメが出てこなかったら、あのまま王子サマ見てたわ)
(……殿下まで新たな扉を開いたらどうしようかと、お父様は思ったよ。ミシェル、よく耐えた!!)
お父様に絶賛を受けて満悦の笑みを浮かべたあたし。あたしの笑みを受けてふらっとした王子サマはなんとか耐え切った。
(おおおお)
(意外とやるじゃん!?)
あたしたちが感心してる中、呆れた顔をしたお母様が、話を戻した。
「殿下はあのメイドには寵を与えておらず、ピンク頭のメイドにのみ与えていた、と?」
「まぁそういうことになるかな。だから、僕の元にもピンク頭のメイドが化けて出たし、彼女を養子にしようとしていた大臣の前にも化けて出た。同室のメイドとも仲が良かったから化けて出た。矛盾はないように感じるよ」
そう言ってため息を吐いた王子サマは、あたしを見て笑みを浮かべた。
「ピンク頭のメイドには愛なんて与えてないからね? 僕の心を奪ったのはミシェル嬢、君だけだよ?」
(きも!)
(すまん、お父様も正直無理。鳥肌やばみ)
「まぁ」(困った顔)
キモすぎる気持ちが顔に出ているかもだけど、とりま返答はしておく。
「照れた顔も美しくて麗しいのだな」
満足げに王子サマが頷いているけど、こいつの目、節穴!? 大丈夫? 国政任せて……。不安げな顔でお父様を見ると、必死に首を振っていた。顔に出すぎたらしい。慌てて淑女の笑みを貼り付けなおす。お母様も納得した顔で頷いてくれた。お母様に合格をもらった顔なら、問題ないだろ。
「こほん、殿下。大変いいにくいのですが……」
あたしの顔で場が温まってきたから、お父様が唾を飲み込んで言った。
「殿下の髪色は金髪でいらっしゃいますよね?」
お父様の言葉を聞いて、王子サマの周りの空気が変わった。纏う空気が鋭く、顔つきも別人かと錯覚する。
「ほぅ……。そこまで気づきましたか」
「で、殿下?」
お父様の小物感がましましだ。お母様も淑女の笑みははがさず、身構えている。あたしも肌がピリピリした空気を感じるし、ムサルトのくれたカンザシも赤く輝いている気がする。お父様がてをすりすりして、王子サマの機嫌を取ろうとするが、王子サマの纏う空気は変わらない。
「で、殿下」
「スターナー伯爵は、なぜ僕の髪が気になったのか、教えてもらえますか?」
鋭い空気のまま笑みを浮かべた王子サマに、お父様は言葉を遮られ、口をパクパクしている。こないだ領地の川で捕まえた魚みたいと思っていると、王子サマがあたしをにこりと見た。え、こわ。
「そ、その、殿下の私室に髪染めの薬があると聞きまして……」
「ふぅん。誰にもばれていないと思ったけど、そうでしたか。では、誰に聞いたんですか?」
にこにこと笑みを浮かべる王子サマに、お父様は必死に額の汗をハンカチでぬぐっている。お母様も顔色を悪くして、口が開けない様子だ。
代わりにあたしが答えるか? と思って、決められた台詞を思い出す。
「なぜでしょうか?」
あたしが代わりに口を開いたことで一斉に視線がこちらに向いた。お淑やかな、淑女らしい笑みを浮かべていると、王子サマがため息をついた。
「スターナー伯爵家やミシェル嬢にも、影がいるってことですか?」
そう言って、王子サマがあたしの肩の上を見ている。
(え、ジュレちゃん見えてる?)
(お父様もそう思って確認したが、可視化してないぞ?)
⦅我、そう言われてみると、隣国王族には見える契約したかもしれぬ⦆
(ジュレちゃん!? 聞いてないけど!?)
(いや、殿下は、生粋のこの国の王族で、あれ、血筋的には先代の王女様が隣国に嫁いだから混ざってるけど、え??)
(王サマ! 王サマには見えてなかったことない!??)
「ふっ」
混乱しているあたしたちに、王子サマが噴き出した。
(ずっと、あたし思ってたんだけど、こいつ、あたしの心の声、聞こえてね?)
(いや、そんな、まさか)
お父様と目を合わせていると、王子サマが麗しい笑みを浮かべて言った。
「そこまでバレているのなら、隠しても無駄ですよね? そうです。僕にはミシェル嬢の愛らしい心の声が聞こえていますよ」
(きっもー!!!)
ぞぞぞぞ、と、一気に肌が泡立ったあたしに、お父様が必死に言う。
(ミシェル! 不敬!! 不敬!!!)
(やばたにえん)
「さて、皆さんが気になっている僕の正体ですが」
(気になってない!! 気になってないから!!!)
(お父様も偽物かもとかいろいろ考えたけど、そんな王家の秘密、知りたくない!! 消される!!!)
あたしとお父様の必死の心の叫びは聞かなかったことにされ、勝手自分の正体を明かそうとする王子サマ。え、まじやめてくれん?
(あたし、エロそうな顔でも浮かべる?)
(お父様の中の良心が拮抗している。というか、ミシェルのそんな顔、殿下が死にかねないか? というか、できるのか?)
(……たぶん無理そ)
あたしたちの会話をよそに、王子サマは笑顔で言いきった。
「僕は、この国の王子ではありません」




