ピンク頭のメイドの秘密
「ところで……あなたはピンク頭のメイドがお手付きだということは、認めたわよね?」
お母様が空気を換えるように、問いかけた。ぐ、っと音が出そうなくらい歯ぎしりしたメイドチャンは、小さく頷いた。
「私と間違えて、殿下があの子に声をかけたのでしょう。私の身代わりのくせに、図々しくも、あの子は殿下の寵を得ているかのようにふるまっていました。しかし、殿下が本当に愛しているのは私です」
(なんでそこは思いつくのに、自分が間違えられた図々しくも側だって気が付かないのかな?)
(彼女にとって、殿下の寵を得ていることがその自尊心を満たすことなのだろう)
可哀そうなものを見る目でお父様がメイドチャンを見ている。こんなにもかわいらしい少女なのに、なんでこうなっちゃったんだろう……。
「そんなあの子が、殿下とのやり取りをしていた手紙が残っていたのはご存じかしら?」
「な!? 身代わりのあの子がなんで!?」
驚愕した様子のメイドチャンに、お母様が優しい瞳を向ける。
「その中の一つに、微弱ながら魔力が込められたものがあります」
「は!?」
(え、気づいてた?)
(全然)
あたしとお父様が驚いている中、ムサルトがあたしたちの耳元で言いました。
「……手下三人組が言っておりました。おそらく、旦那様とミシェル様は魔力が多いほうなので……微弱すぎて気が付くことができなかったのでしょう」
(まぢで?)
(ミシェルほどではないが、お父様も魔力の多いほうだからな)
(言えてる)
(ぴえん)
あたしたちが応酬を繰り広げていると、一瞬冷たい視線であたしたちを見たお母様が執事長に耳打ちし、何か箱を準備させた。
「貴女がピンク頭のメイドから盗み取ったそのネックレス、それにも同じ魔力を感じるわ。貸してちょうだい?」
「ぬ、盗んでなんか!!」
焦ったように声を上げたメイドチャンの姿に、その様子を静観するお母様。堂々たるお姿に迫力を感じちゃう……。
「……どうぞ」
諦めたようにネックレスを外し、メイドチャンがお母様に差し出す。
「お借りするわ」
そう言った、お母様が、ネックレスを手紙の上に乗せ、メイドチャンの手を取る。
「魔力を込めて。貴女の魔力が必要なの」
「え、わ、私、魔力なんて……」
そう言いながらも、なされるがままに手をネックレスに当てられたメイドチャン。突然、手紙が淡く光り、文字が浮かび出た。
「うわ……」
驚いた様子のメイドチャンに、お母様が言った。
「古典的な遺言魔法ね。自分が死んだあと、その相続人に授けた宝飾品と書類で遺言を残すことができるのよ。……そう、例えば人に知られたくない内容とかを、ね」
「彼女は、あなたがそのネックレスを盗み取ることがわかっていたのだな。彼女の相続人が明らかになるまで彼女の部屋に保管されることも、それをあなたが盗み出すことも。それがなぜか許可されることも」
そう言って、お父様がメイドチャンを冷めた目で見る。
「彼女の想定外だった点は、貴女に手紙を見つけてもらえなかったことくらいでしょうか?」
「なぜ、そのネックレスを遺したのか、これを読めばわかるだろうな」
そう言って、遺言に視線を向けた。
「同室の貴女へ
久しぶり! 貴女がこの手紙を読めているっていうことは、私が無事に死んだってこと。
それに、あのお方が約束を守ってくれたっていうこと。
本当は、死者の荷物を盗んだら、重罪なのよ?
今回は、私があのお方に頼んでおいたから、許されただけ。
私からの遺品として、貴女が欲したら渡すように、と。
次から気をつけなさい?」
「なんなの……私の身代わりのくせに」
小さくつぶやくメイドチャンに、お母様が問いかけた。
「……ピンク頭のメイドが亡くなってから、殿下に呼ばれることはあったの?」
「……ない。ないけど、それは、友達を亡くした私のことを想ってくれていて」
「普通、好きな女性が苦しんでいたら、傍にいたいと思うものではないのでしょうか?」
ムサルトが、無表情でそう告げる。メイドチャンはぼそぼそと何か言って、黙った。
「だって、でも、だから、あのお方にあの子が恐ろしいものと思うように、こんな騒動を起こしたのに……」
「まずは、本当は、貴女は私の血のつながったかわいい妹よ。
それも、双子の妹。私たちは気が合ったし、顔もそっくりでしょう?
出身地も近かったから、調べたのよ」
「え?」
吃驚した様子のメイドチャン。本当にまったく知らなかったんだ。
お父様が頷き、我が家の調査でも同様の結果が出ている、と伝えた。
「そんな可愛い妹に忠告。貴女の惚れている男は、恐ろしい男よ。
私たちを洗脳して、操って……コマのように使い捨てる男だわ。
私のことが憎いかもしれない。でも、私が死んでいるのなら、間違いないわ。
今すぐ、王宮から逃げなさい。
私も信頼できると思った人に、貴女のことに気が付いてもらえるようにしておくわ。
……信頼できると思う人が現れなかったら、申し訳ないけど。
もしも、私の言葉を少しでも信じられるなら、隣国に行って、王妃様ご愛食の果実を食べなさい。
あのお方は気が付いていないけど、洗脳を解く効果があるわ」
「え……」
呆然とするメイドチャンに、あたしはムサルトに目線で指示を出す。
ムサルトが果実を用意して、メイドチャンに差し出した。まさかこんなことにも使えるなんて……。
「……おいしい。あれ、なんで、」
目から涙をぽろぽろとこぼしながら、メイドチャンは果実を食べきった。さっきまでの狂気が嘘のように収まって、落ち着いたようだ。だが、同時に大切な者を亡くした悲しみに、打ちひしがれている。
「私が祈るのは、貴女の幸せと無事。
例え、私が死ぬことになっても、ね?
私の可愛い妹、貴女は早く逃げなさい。
そして、幸せになって頂戴」
「う、うわぁぁぁぁ!」
最後まで目を通した瞬間、メイドチャンは慟哭を上げた。
「少しの間、そっとしておいてあげましょう」
そう言って、メイドチャンを部屋に残してあたしたちは部屋を出た。
そして、しばらくして様子を見に行った執事長とメイドたちが慌てたように戻ってきた。
「メイドチャンがどこにもいらっしゃいません! 屋敷中探しましたが、どこにも……。今、屋敷の外も捜索の手を伸ばしているところです」
「王宮に連絡を! 入れ違いで戻っていないかの確認で!」
「え、王子サマにバレたらやばくない?」
あたしが心配のあまり、声を漏らすと、困った様子でお父様が言った。
「メイドチャンが行く先はそのくらいしか思いつかないから、仕方ない」
王宮にも戻っておらず、メイドチャンは神隠しに合ったかのように、その日忽然と姿を消したのであった。




