メイドチャンの恋
「殿下はいつも、あの子の名前を呼んで、あたしに話しかけていました。当然ですよね? あたしの身代わりとしてあの子を使っていたのですから」
うっとりとした瞳は魔物に操られているかのような異質さだった。ぶるりと身体を震わせたあたしは、お父様に問いかける。
(ねぇ……もしかしなくても、王子サマってピンク頭のメイドを寵愛していただけで、この子のこと認識していなかったんじゃ……)
(しっ!!)
鋭い視線であたしの思考を封じたお父様は小物感をひしひしと漂わせながら、手を擦り合わせてメイドチャンに話の続きを促す。
「確かに、あなたとピンク頭のメイドの顔はよく似ている。しかし、髪色があんなにも違っていたら、他のものにもバレてしまうのでは?」
「ふふふ、あの子を隠れ蓑にしたと言いましたでしょう? ピンク色の染料を被っていました」
そう言って、毛先を触るメイドチャン。ちょ、まぢでこわいんだけど。
「……貴女と殿下の出会いはいつなのかしら? ピンク頭のメイドよりも先?」
お母様の問いかけに、メイドチャンは笑みを浮かべた。
「聞いてくださいます? 私が湯あみを終え、頭にタオルをかぶせて歩いていたところ、あのお方が私の手を引き、人目につかないところに連れ込んだのです。そして、“今夜、部屋に来い”とおっしゃったのです。私が思わず不思議そうな顔をしたら、“部屋の外にロープを下ろしておく、それを登れば入れるだろう? それとも、部屋に迎えを寄こすことがご希望か?”と。私は思わず首を振ると、満足げな顔をしたあのお方が、私の頭に口づけを落とし、去って行かれました。そのころには、あの子があのお方の寵を得たと噂が流れていたし、夜たまに抜け出しているのも見ておりましたが……あくまで噂に違いありません」
胸を張るメイドチャンにあたしは思わず首を傾げた。
(それって……ピンク頭のメイドがすでにお手付きで、メイドチャンは単に間違えられただけじゃないの?)
(お父様もそう思うが、顔に出すなよ? 彼女は完全に狂っている。顔に出したら、殺されるぞ)
(あいあいさー!)
あたしの軽快な返答に大きくため息を吐いたお父様がごまかすようにメイドチャンに問いかけた。
「部屋には行ったのか?」
「ええ、もちろんです。高貴なあのお方からのお呼び出しを、単なるメイドの私が断ることができるとお思いですか? そこであのお方は私のことを愛してくださいました。そして、自らお茶を淹れてくれたのです。ほのかに甘く、不思議な味のするあのお茶は、あのお方が私に淹れてくれたものでしか味わったことがございません。飲むと、とても幸せな気持ちになるのです」
手を胸元の前で合わせ、うっとりとした様子で語るその姿に、ムサルトも引いているのが若干わかる。お前のあたしへの盲信も似たようなものを感じるけど……。
(……ムゴンの機械で、洗脳作用のある王家秘蔵の堕胎薬の味とか香りってわからないの? あたし的には、そのお茶ってやつがそれな気がするんだけど)
あたしの言葉を聞いたムサルトが静かに部屋を辞す。ムゴンに聞きに行ってくれたのだろう。
「その、殿下自らお茶を淹れてくれたというお茶は大変珍しいものなのだろうな。王家秘蔵のものかもしれぬ。味だけでも想像してみたいものだ。教えてくれないか?」
ゴマすりモードのお父様の口車に乗せられ、メイドチャンは口を軽く語る。
「ほのかな甘さと、少しの鋭い辛み、喉元に残る苦さが癖になる、とてもおいしいお茶です」
(結構不味い薬の服薬後の感想かな!??)
(とてもおいしいと評価できるメイドチャンの舌が馬鹿舌なのだろうか)
「そのお茶はメイドたちが準備するものではなく、殿下自ら淹れるお茶ということは、やはり貴女が寵を受けていたのね。メイドたちにバレずに自らお茶をお入れになるなんて……どうやっているのかしら?」
手を頬に当て、首を傾げるお母様にメイドチャンがひそひそと答えていた。
「……実は、殿下のクローゼットの中に隠してあるものなのですよ。クローゼットの中にお茶が隠してあるだなんて、思わないですよね?」
幼子を可愛がるかのようにメイドチャンがくすくすと笑う。顔色の悪いお母様もそれに合わせて笑っている。
(ムゴンに聞くまでなく、絶対堕胎薬じゃん!? あの盲信具合も、洗脳効果のある堕胎薬って確実になってるじゃん!?)
「旦那様」
音もなく戻ってきたムサルトが、お父様の耳元で何か報告する。ムゴンの機械の結果かな?
(……ミシェル。メイドチャンの飲んだものは、洗脳作用のある王家秘蔵の堕胎薬に間違いないだろう)
(うわぁ。卑劣な男)
(……それに関しては不敬だが、同じ男として否定はできない)
あたしが全力で引いていると、ムサルトがお茶を淹れなおしてくれた。
「ふふ、スターナー伯爵令嬢は、想い人が使用人ですから、いつでもお茶を淹れてもらえますね」
めっちゃ優越感に浸った表情でメイドチャンにそう言われた。貴族への不敬って知っているか?? なぁ?? お前が愛する人から飲まされてたのは、毒にもなる薬なんだよ。
戦闘モードに切り替わりそうになったあたしの前に、ムサルトがお茶菓子を出した。
「な、なんですか、それ……」
「私めがミシェル様のために準備した特製デザートでございます。元となる果実は、王妃様がご愛食だと伺ったことがございますね」
“王子がお前にこんなものを用意したことがあるのか?”と言いたげなムサルトが、氷魔法を使ってお茶菓子を凍らせてくれた。その様子にメイドチャンが目を丸くする。冷たくて、うんま!! あたしが満悦して食べている間に、絶対零度の微笑を浮かべたムサルトがメイドチャンにとどめを刺していた。
「殿下は氷魔法が得意だと聞いたことがありますが……愛する方へこのような氷菓を準備するのは、当然ですよね?」
ムサルト、やめてあげて! 堕胎薬しかもらえなかったメイドチャンの心は折れてしまいそうだよ!!




