改めまして、メイドチャン
「メイドチャン、ついた??」
身分が下の者に会うためだけに王宮に行くわけにもいかず、メイドチャンには我が家に来てもらうこととなった。かわいい花を庭で集め、玄関ホールに飾ったり、普段見せない乙女らしさを見せていたのに、我が家のメイドたちに「お願いだから、大人しくしていてください」と懇願された。なんでだろ?
「ミシェル様、御髪が乱れておいでですので、直しに戻りましょうか?」
「え~またぁ?」
「またでございます。本日はスターナー伯爵家での面会でございますが、いつも通り淑女らしくお過ごしくださいね?」
何度目かわからないお直しに、少し疲れの現れているメイドたち。あたしも疲れたぁ! いつも通り過ごしすぎたようで、ついにムサルトからの注意が入った。……無駄なキラキラ笑顔がちょいこわい。
「はぁい。ムサルト、じゃあ、あたしは何を手伝えばいい?」
「ミシェルお嬢様は、大人しく……こほん、メイドチャンに聞くことをまとめておいてください。大切な役割です」
「え~……」
そう言ってムサルトが差し出してきた筆記具は今まで見たことのない物だった。
「なにこれ……? インクをこのままつければいいの?」
「いえ、ミシェル様。そちらは、仲にインクの入っているペンでございます。そのままお書きください」
そう言って、ムサルトの用意してくれた紙にくるくると書いてみた。
「なにこれ!? 全然書き心地が違う!? え、これならめっちゃ書きやすいぢゃん!? うわぁ……」
あたしが思うままにいろいろと書いているのを、にこにことムサルトが見つめていた。意外と時間が経つのが早くて、思いつくままに書いていたらメイドチャンの到着が知らされた。ムサルトのエスコートで、広間に向かうこととなった。手を取ろうとあたしの手を見たムサルトの目が大きく見開き、「……想定外です」と言われた。手にインクが付いていたらしい。ごわごわした布を濡らして、手のインク汚れを落とすのにちょっと時間がかかったせいで、広間のみんなはあたしの到着待ちになっていた。マナー的にやばかったっけ?
「申し訳ございません」(真剣な顔)
とりあえず、謝罪の気持ちだけ表明して、お父様とお母様の間に着席する。
(ミシェル、お前何やってたんだ?)
(ムサルトすら想定外なことが起こったっぽい)
(ムサルトすらか……お前が来ないから話も始められず、メイドチャンが困り切った顔を浮かべているのだが)
お父様の言葉に、メイドチャンの様子をちらりと確認すると、まぢで困った顔してた。
(え、まぢごめん、メイドチャン。すまないと思ってる!! 次からは気を付けるからさぁ!!)
(デートに遅刻した男か!)
お父様があたしの頭につっこみをいれかけて、手をそっと落とした。その様子を不思議そうにメイドチャンがみている。
「よろしくお願いいたします」
とりま、満面の笑みで挨拶しておいた。
「……う、うへ、え、ぇ……お、お招きいただきまして……」
あたしの笑顔で一瞬変な声が出たメイドチャン。メイドチャンにもこの顔面兵器は有効か。いいことを学んだ。あたしがにやにやしているのを、何か言いたげな目線でムサルトが見てきた。何? と目線を向けると、“ミシェル様は私の婚約者ですからね?”とでも言いそうな目で睨まれた。わーってるって!! そんなあたしとムサルトを交互に見比べたメイドチャンは小さく笑った。
「ふふ……あ、大変申し訳ございません。お二人の仲が大変よろしいなと思いまして」
メイドチャンの言葉に、好機と言わんばかりにお父様が食いついた。
「そうなのだ! 二人は婚約者同士で想い合っている。殿下が阿呆娘の美貌に国益を見出されたのか婚約打診を受けそうになったのだが、正式に打診を受ける前に秘める思いを告白されてな!! 父としても、娘と息子同然にかわいがってきたムサルトの想いを叶えてやりたいと思いだな!!」
止まらないお父様のマシンガントークに圧倒された様子のメイドチャンに、あたしは追い打ちをかけることにした。
「幼い頃から心に決めた方がおりますの」(愛しい人を思い浮かべる顔)
そう言いながら、ムサルトにうっとりとした笑みを向けた。うめき声をあげたムサルトを我が家のメイドたちが心配そうに見つめる。ついでに流し目を向けたら、メイドチャンが鼻血を噴いた。
「も、申し訳!!」
鼻血を受け止めながら、慌てて頭を下げるメイドチャンにお父様もお母様も心配の声をかける。
「大丈夫か?」
「いいのよ。うちのミシェルちゃんが申し訳ないわ。我が家のメイドたちは鼻血の処理に慣れているから安心なさって?」
てきぱきと片付け、血を押さえるメイドたちに、メイドチャンは恐縮し身体を縮こまらせる。
(ミシェル! この大馬鹿者! わざわざ来てくれたメイドチャンに、鼻血を出させる阿呆がいるか!?)
(ここに……)
(そうじゃない! きちんと謝れ!!)
「申し訳ございません」(真剣な顔)
あたしが真剣に謝ると、メイドチャンが両手を顔の前で振りながら言った。
「そんな、スターナー伯爵令嬢に謝っていただく必要なんてありません! 王家の皆さまで美形への耐性があるはずなのですが……さすが神の造り給う史上最高の芸術品と言われるご令嬢です」
メイドチャンの真剣な表情を浮かべた言葉に、あたしたちは混乱の渦に陥った。
(え、あたし、そんなたいそうな名前でよばれているの?)
(初めて聞いたが……王宮の使用人たちの間で呼ばれている可能性は否定できないな。フライアは聞き覚えがあるか?)
お父様に問われたお母様は、静かに首を振って、メイドチャンのフォローに戻った。
「いくら王家の皆さまで慣れているからと言って、ミシェルのあの顔を見て意識を保っていられるのは、大変すごいことです」
真剣に褒めるお母様に、メイドチャンは感銘を受けたかのような表情を浮かべた。なにあれ! あれ、あたしがメイドチャンに向けられたかった表情!!
(お前ができるのは、その美しい顔で失神させることくらいだ、ミシェル!)
(お父様、ひっどーい!)
あたしたちが揉めているうちに、お母様に人心掌握されたメイドチャン。キラキラした目でお母様のことを“フライア様”と呼んでいる。ずるい。
「ところで、貴女はその、殿下とピンク頭のメイドの関係をご存じだったのかしら?」
「はい! あ、いえ、えっと、……同室なのにごまかせるはずありませんから」
思わずといった様子で肯定したメイドチャンは、一瞬ひどく顔をしかめて、あたしを睨んだ……なんで睨まれた? 笑っておけばいい?
(ミシェル! 今度はメイドチャンを失血死させるつもりか!?)
(なんもしていないのに、睨まれたんだもん! 女たるもの、売られた喧嘩はかわなきゃぢゃん?)
(買うな! 淑女たるもの!!)
「まぁ」(困った顔)
仕方ないから、とりま笑っておこう。
「ピンク頭のメイドが殿下の寵を」
「寵なんかじゃありません!!」
お父様が寵と言いかけたところ、メイドチャンが声を上げて立ち上がった。
「……では、どのようなご関係というのでしょう?」
お母様が微笑んで、メイドチャンに着席を促した。「申し訳ございません、つい……」と言いながら、メイドチャンが座りなおした。一口、紅茶に口をつけたと思ったら、ため息を吐いて語り始めた。
「あの子……ピンク頭のメイドと殿下の関係はカモフラージュです。彼が本当に愛していらっしゃるのは、私です!!」
胸を張ってメイドチャンが言った。
「は?」
「え?」
「まぁ」(困った顔)
あたしたちが三者三様の驚きを見せると、メイドチャンはキッとあたしを睨んで言った。
「あなたには横に想い人がいるのですから、あのお方のことは諦めてください!」
「まぁ」(困った顔)
(ねぇ、ぶん殴ってきていい?)
あたしがそうお父様に問いかけると、ムサルトがさっとハンカチを出してくれた。こぶしに巻けって意味かな?
「その、ミシェルは最初から婚約をお受けするつもりはほんの一滴もない」
お父様があたしの機嫌を伺うように、メイドチャンに言い聞かせた。
「わかってます。想い人がいても、あのお方の素晴らしさにくらりときてしまいますよね」
「は?」
あまりの伝わらなさに、お父様が声を漏らす。
その一方で、慌てた様子のお父様とムサルトがあたしを抑え込む。思わず、ふーふーと息を荒げているあたしにメイドチャンは気が付かない。なんなの? あたしとやる気でしょ? いつでも喧嘩は買うよ? 魔法言語での喧嘩もありだけど?
(ミシェル、さっきの表情をもう一度しても良い、やってこい)
「幼い頃から心に決めた方がおりますの」(愛しい人を思い浮かべる顔)
あたしはさっきよりも愛しさを込めた表情を意識した。
あたしの顔を正面から見たムサルトが、一瞬姿勢を崩し、元に戻った。失神しかけたのをこらえたようで、メイドたちが思わずといった様子で声を上げ、拍手喝采を送る。
「あのお方よりも想い人……変わったご趣味なのですね?」
(お前に言われたくねーよ!)
あたしがそう思うと、口に出さなかったことをお父様が褒め讃えてくれる。
(頑張った、すごいぞ、ミシェル!! お前が娘であることを誇りに思う!!)
「殿下と貴女は、愛し合っていたのね」
お母様の声掛けに機嫌を良くした様子のメイドチャンが口を軽くして語り始めるのだった。




